冬
尾崎硝
冬
大学から帰ると、近所に住んでいる引きこもりの後輩がサンダルのまま玄関の前で座り込んでいた。雪の中何時間待ったのか、足の指は完全に霜焼けになって赤くなっていた。
「どうしたの・・?」
「寒いから・・・・」
彼女は卑屈そうに口の端を上げた。
「寒いからって・・・・ここ外だよ。しかも部屋着で・・・・」
私は玄関扉に手をかけた。
「とりあえず入る?」
後輩は黙って頷いた。
「とにかくおこたに入らなきゃ。足の感覚なくなってるんじゃないの」
「わかんないです・・・・」
私は自分の部屋の炬燵に電源を入れて、彼女を毛布の中に入れた。しばらく黙って二人でこたつの中にいた。
「大学受験は結局したの・・?」
「・・・・推薦で入れるところに・・・・。面接したら、もうほぼ合格だって・・・・」
「学部は・・?」
「言語聴覚士っていう・・・・失語症とか言葉の発達の支援をする専門で・・・・調べた時に・・・・なんとなく大人になったらこの仕事するんだろうなって・・・・」
「そうなの。面白そうだね」
私はキッチンに行って、お菓子とお茶を用意した。
「これ、前に友達と北海道に行った時のお土産」
「・・・・楽しそうですね・・・・」
盆からお茶を取って炬燵に置く、温かい湯気が後輩の頬を掠めた。
「・・・・何かあったの・・?」
恐る恐る本題に入った。
「いや・・・・もう、解決しました・・・・」
彼女は意外にも光のこもった目をしていた。
「さっき、外で待ってたら・・・・だんだん・・・・目が覚めてきて・・・・寒くて寒くて仕方なかったし・・・・足も頬も痛かったんですけど・・・・」
お茶を一口飲んだ。
「ああ・・・・やっぱり沁みる」
「あったかいもんね」
「いいや、胃に感覚が戻った感じが・・・・沁みます・・・・」
私は少し首を傾げた。
「私、いろいろありましたよね」
「・・・・そうだね」
「でも結局、先輩が助けてくれて・・・・どうにかなりましたね」
「よかったよ。無事に済んで」
私もお茶を一口含んだ。
「私・・・・家族のことずっと恨んでたんですよ・・・・」
「うん」
「でも、父親に、大学の学費を出してほしいって頭を下げたら・・・・出してやりたいけど〜って言ってたんですよ・・・・出してやりたいとは思ってたんだって・・・・。そしたらなんか・・・・自分が馬鹿みたいに思えて・・・・」
「うん」
「もう直ぐ面接があるんですけど・・・・基本的には合格するんですけど・・・・なんだか不安になっちゃって・・・・」
「それはわかる」
「でもそんなことよりも・・・・何もかも自分の人生って、他人都合だなって・・・・虚しくなっちゃって・・・・急に全てがつまらなく思えて・・・・」
「うん」
「さっきね・・・・先輩の家に来る前に・・・・スマホ用の肩掛け紐をドアノブに引っ掛けて・・・・」
私は後輩の方を見た。彼女は俯いたまま、なんだか茶化すようににやにやしていた。
「・・・・でも・・・・このままじゃ駄目だって思って・・・・一回先輩と話してから考えようって思って・・・・待ってたんです・・・・」
「・・・・間に合ってよかったよ」
私は炬燵の中で後輩の手を握った。
「でも・・・・先輩が来るまでに考えていたんですよ・・・・なんでずっと幸せになれないんだって・・・・。ずっとずっと・・・・気分が低いまま・・・・動かずに流れているって・・・・そんなので生きてる意味なんてあるのかって・・・・でも・・・・開き直ったら・・・・なぜか逆に死にたくなったんですよ・・・・。どうせいつかは死んでしまうんだから、今の不幸を気にする暇はないなんて馬鹿なこと考えてたら・・・・じゃあ今死ねばいいじゃんって・・・・。でも・・・・違かったんですね・・・・悲しいことって・・・・悪いことじゃないんですね・・・・」
彼女は顔を上げて、全く正気そうな表情で続けた。
「私ずっと・・・・悲しいことは避けるべきことだと思ってました・・・・。でも・・・・悲しむことをやめると・・・・心がなくなるんだって、さっき気づきましたよ・・・・。多分・・・・感情って・・・・悲しみから生まれるんだと思うんです・・・・。きっと・・・・人がお墓を作るのは・・・・悲しみを誤魔化すためじゃなくて・・・・悲しみと真正面から向き合うためだと思うんです・・・・。それと同時に・・・・喜びは・・・・悲しみを通らないと生まれないんじゃないかって・・・・。そしたら・・・・なんだか全てが素晴らしいような気がして・・・・」
彼女の表情は穏やかなものだった。
「私が生きてるのはきっと・・・・不幸のためなんかじゃなくて・・・・私の心は最初っから喜びの種で溢れていたんだって・・・・私嬉しいんですよ・・・・。こうして導かれて・・・・。先輩にも会えたし・・・・。病気にもなったし・・・・。あの家族に生まれて・・・・」
私はただ頷くことしかできなかった。
「だから先輩、今日はただお礼を伝えたかったんです。あの時、一度だけでも家族から私を離してくれてありがとうって。私に勇気をくれてありがとうって・・・・。先輩は命の恩人です」
「あなたが賢かったからだよ」
私は目を細めた。
「ほら、これ賞味期限近いから全部食べて」
お土産のパッケージを開いた。
「美味しそうですね。いただきます」
白い恋人を一口頬張って、美味しそうに笑ってみせた。
「大学頑張ってね」
「はい、もちろんです」
冬 尾崎硝 @Thessaloniki_304
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