白夜の島

飛行機が滑走路に近づくにつれ、島の輪郭が徐々に大きくなった。

直樹は小さく息を吸い込み、窓の外に広がる淡い青と緑の海景色に目を奪われる。


「わあ……本当に海に囲まれてるんだな」

「ええ、これが私の故郷。小さい頃は、この景色を毎日見てたの」

 ソフィアは少し身を乗り出すようにして窓の外を覗いた。その動きに、直樹は自然と視線を合わせる。


機体が静かに滑走路に着地し、二人は荷物を受け取って空港の出口へ向かった。外に出ると、北欧の初夏の柔らかな光が肌に心地よく当たる。


「うん……空気、違うな」

「そう? でも、これでもまだ夕方の光。白夜が近いから、夜になってもこんな感じよ」

 ソフィアが横目で微笑む。髪の先が風に揺れ、直樹は自然に歩幅を合わせながら彼女の動きに視線を注いだ。


空港前の小さなフェリー乗り場までタクシーで移動する。

港の水面には淡い金色の光が反射し、静かな波が桟橋に寄せては返している。


「直樹くん、あの船がゴトランド島行きよ」

「……小さいけど、安定してそうだな」

 直樹が言うと、ソフィアは少しだけ肩をぶつけて笑った。

「安心して、私も子どもの頃から何度も乗ってるから」


フェリーに乗り込み、甲板に立つ。潮風が顔に当たり、遠くに島影がぼんやりと見える。

「……うわ、海が広いな」

「そうでしょ。風と波の匂いが、昔のままなの」

 ソフィアが微かに笑いながら、手すりに肘をかける。直樹も隣に立ち、少しだけ距離を詰めた。


波の音と潮風の中で、二人は言葉少なに島を目指す。

太陽はまだ沈まず、白夜の光が水面を柔らかく照らす。直樹は心の中で、こんなにも光が続く夜は初めてだと思った。


島に到着すると、小道に並ぶ木々と石畳の路地が、夏の空気に溶け込むように静かに広がっていた。

「直樹くん……見て。ここが私の家の近く」

「へえ……いい場所だな」

 ソフィアは小さく肩をすくめ、微笑む。その仕草に、直樹はまた心を少しだけ揺らされた。


夕食を済ませ、夜になるころ、夏至祭の前夜祭が始まる。村の人々は小さな提灯を手に、静かに集まる。

ソフィアは直樹の手を軽く握り、導くようにして小道を歩いた。

「直樹くん、祭りの前夜って、なんだか少し特別な気分になるの」

「うん……確かに」

 彼女の手の温もりが、北の光に溶けるようにやわらかく、直樹は自然と微笑んだ。


夜風に揺れるソフィアの髪と、青い瞳の輝き。

一晩中沈まない光の下で、二人の夏は静かに、しかし確かに動き出していた。


フェリーが港に着いたころには、空は薄い金色に染まっていた。

 海辺に立つ建物の窓からこぼれる光が、水面をゆるやかに照らしている。どこか懐かしいような静けさ――それが、直樹の胸を満たしていた。


「こっちよ」

 ソフィアが軽く手を振り、石畳の道を歩き出す。

 港から続く小道の両脇には、白い壁の家々と、木製の柵に囲まれた庭。咲き残るチューリップや野草の香りが風に乗って流れてくる。


「ほんとに……絵の中みたいだな」

 直樹が思わず漏らすと、ソフィアは振り返って笑った。

「ね、そうでしょ? 私が子どものころは、毎日この道を通って学校へ行ってたの」


 彼女の声には懐かしさと少しの照れが混じっていた。

 歩くたび、足音が小さく石を叩き、遠くでカモメが鳴いた。


 やがて一軒の家が見えてくる。

 白い壁に赤い屋根。窓辺にはラベンダーの鉢が並び、木のドアには手編みのリースが飾られていた。


「着いたわ。私の家」

 ソフィアはそう言ってドアノブに手をかけ、ふっと息を整えた。

 次の瞬間、扉が開き、年配の女性が顔を出す。


「ソフィア! やっと帰ってきたのね!」

 穏やかな声とともに、ソフィアの母親が両腕を広げた。

 金髪は少し白くなり、頬には皺が刻まれている。それでも目元には娘そっくりの優しさがあった。


「お母さん、ただいま」

 ソフィアが微笑みながら抱きつく。その姿を見て、直樹は胸の奥がじんと温かくなるのを感じた。

 少し遅れて、背の高い男性――父親らしい人物――がリビングから顔を出した。


「やあ、ソフィア。……そして君が、直樹くんだね?」

 父親は穏やかな声でそう言い、手を差し出した。


「はい。初めまして。お世話になります」

 直樹は少し緊張しながらも、まっすぐに頭を下げた。


「遠い国からよく来てくれたね。ソフィアから、学校で仲がいいって聞いているよ」

「はい。ソフィアさんにはいろいろ教えてもらってます」


 そう言うと、ソフィアが隣で小さく笑った。

 父親はその様子を見て、目を細める。

「なるほど。……娘が信頼できる友達を持てて、私たちも嬉しいよ」


 その一言に、玄関の空気がふっと和らいだ。

 直樹の緊張も少しずつほどけていった。


 玄関を上がると、木の床の香りと焼きたてのパンの匂いが漂ってきた。

「夕食、もうすぐできるの。直樹くん、旅の疲れが取れるように温かいスープを用意したわ」

 母親が言うと、ソフィアが嬉しそうに頷く。

「ね、お母さんのスープ、世界一なの」


 テーブルには蝋燭が灯り、外の白夜の光がカーテンの隙間から優しく差し込んでいた。

 初めての国、初めての家。それでも、不思議なほど居心地のよさがあった。


 食卓を囲みながら、ソフィアの両親は穏やかに笑い、時折互いに冗談を交わす。

 その雰囲気があまりに温かくて、直樹は言葉を失い、ただ静かにその光景を胸に刻んでいた。


 食後、外に出ると夜風が少しひんやりしていた。

 空は沈まない夕焼けのように薄橙色を保ち、遠くの海がその光を映している。


「明日は夏至祭よ」

 ソフィアが横に並び、指先で遠くの森を示した。

「あそこで、みんなで火を囲んで踊るの。きっと気に入ると思う」


「うん……楽しみにしてる」

 直樹が答えると、ソフィアはふっと笑い、風の中で髪をかき上げた。

 その仕草があまりに自然で、まるでこの島の風景そのもののようだった。

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白夜の国とオーロラの姫君~留学生の彼女と行く白夜の国、彼女が伝説の姫君でした~ シルヴィア @dasdbbjhb

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