第4話 笛の音に導かれて part1

 晴也は屋敷へと向かうシャボン玉の中にいた。どんどん屋敷へと降下していく。近づいていくと屋敷の屋根の上に人が座っているのが見えた。だが、こちらに気付いてはいないようだった。さらに近づくにつれて何か音が聞こえてきた。リコーダー?のような笛の音色が屋敷の方から聞こえているのだ。晴也は屋敷の方を目を細めて凝視すると、屋根の上の何者かが口元に楽器をあてて演奏していたのである。はっきりとその音が耳に入るようになると、想像以上に美しい音色であり、聞きほれてしまった。

その歌にうっとりしているうちにもう屋敷に到着しようとしていた。シャボン玉は地面に触れるとパチンと音を立てて割れ、晴也は湿った草むらに立ち上がった。もうこの時には笛の音色は聞こえなくなっていた。前を見ると、大きな屋敷の門があった。ゆっくりと門に近づき、晴也は周りに誰もいないことを確認してノックした。3回コンコンと叩いたが、中からの返事はなかった。「気づかれなかったのかな」ともう一度叩こうとすると、晴也の頭上から何者かが話しかけてきた。

「お、お客さんかな、珍しいなあ。それとも鬼かな?こんな時間に外を出歩くお馬鹿ちゃんはだれかな~?」

 その者は、そう言いながら晴也の背後に突然現れた。振り返ると、晴也よりも頭1つ大きな男が顔を覗き込んでいた。白い衣を身にまとい、腰には帯刀。そして、顔の横には祭りの時に見た狐面をつけていた。まちがいない。ここのお屋敷はさっき見た狐面の隠れ家なんだと晴也は確信した。

「そ、その狐面、さっきの祭りでも見たぞっ。こ、あなた方は一体何者なんですか?」

 晴也はおそるおそる尋ねる。学校ではやんちゃをしてきた晴也だったが、自分よりも高身長(しかもイケメン)に上からにらみつけられると流石に足がすくんでしまう。

「ほお、僕たちは何者かって?それは今ここでは言えないなあ」

「な、何でですか?」

 「教えてあげよう。それは君が鬼の可能性もあるからだ。君は知らないと思うが、鬼はとっても変装が上手いからだ。人間でも動物でもなりたいものがあったらすぐに変身できる。それが鬼の持つ特殊なものでね。だから、今僕の目の前にいる君が本当にただ迷っただけの人間とは限らないからね。だからこのお屋敷にも入れてあげられないんだ。もし仮に君が鬼だったらここで木端微塵にしてあげないといけないからね」

「そ、そんなっ」

 さらに、男は一歩下がると刀を引き抜いて晴也の顔に突き付けた。

「しかもお前は鬼の匂いがするんだよな。だから疑っているんだ。しかもかなり濃い臭い。こんな臭いは普段から鬼と一緒にいるのかといわんばかりだ。君はさっきまで何をしていたのか教えてくれるかな」

「さっきまでは、森の中で鬼に抱えられてどこかに連れ去られそうになっていました」

「ほお、それで?」

「彼女に「お前は逃げろ!」と言われて俺だけ逃げ出して来たんだけど、その時に臭いが付いたのかもです…」

「ふうん、君、彼女と来てたんだ。なるほどね。それで、どうやってここまで来たの?さっきまで鬼の出る山奥にいたのにここに瞬間移動してきたのはどうして?」

「そ、それは、シャボン玉みたいなものに連れてこられて、」

「?なんだそれは?やっぱり君が言ってること分からないねえ。支離滅裂じゃないか。やっぱり鬼だね、殺すしかないねえ」

「ほ、本当に違います!やめてください!命だけは!」

 そして、男は刀を構え、すぐに晴也に振り下ろそうとした。いきなりお屋敷に飛ばされたと思ったら、突然殺されそうになり、とても焦る。しかし、男の目は完全に「鬼」を狩る目をしていた。晴也はその気迫に押しつぶされ、尻もちをついてしまったが、なんとかその場を離れようと後ろに下がる。目の前の地面に刀が突き刺さる。泥水が跳ね、土のしぶきが口の中に入った。じゃりじゃりとした苦い感覚が口の中を襲う。

「ああ、君、死んだと思った?ははははは、鬼はこうして拷問をしてやるんだよ!人間たちを襲い、散々迷惑をかけたんだ。自分がいつ殺されるかわからない地獄を味わえ!」

 刀がまた晴也の顔の前をかすめる。切れ味のよさそうな日本刀である。軽く当たるだけでも体の組織がたちまち切断されてしまうだろう。尻もちをついたまま何とか後ろに這うが、男もそれに対して歩みを進めてくる。着々と「死」が自分に近づいていると悟った。何とか自分が鬼ではないと示さなくてはならないが、この男にそんな話を聞き入れてくれる余裕なんてない。恐怖で声も喉を通らず、本格的に死を待つだけになってしまいそうである。晴也は、神に祈るしかなかった。この危機的状況をどうにかして切り抜けていくにはもう「運」しか道は残されていない。

「なんだ、顔に涙がに滲んでいるじゃないか。はあ、もうそろそろ殺されそうだと思って怯えているのか。まあいい、最後に君には優しくしてあげよう。今からこのひと振りで殺してやる。今から楽にしてあげよう」

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保魂の賢者  @WataameMelon

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