第3話 約束

「なあ、よく聞け夏美。俺はここで木の枝に捕まってこの場から逃げる。絶対に助けに行くから俺を信じてくれ。このままだと、両方とも確実に死んじまう。それだったら、俺があの狐面たちを呼んでくるのに賭けたほうがいい。一か八か、助けてやるからな、夏美」

 夏美は終始泣いていたが、渋々こくりと頷いた。すると、晴也は夏美の頬に別れのキスをして、木を選び、そのまま木の枝に飛び移った。鬼は変わらぬスピードで夏美を連れて山奥へと進んでいった。そしてとうとう見えなくなってしまった。「よし、狐面を探しに行くぞ!」と意気込み、山の中から抜け出すように鬼の来た道を戻り始めた。守ることができなかった悔しさから不思議と力がみなぎってきた。鬼の足跡をたどりながら森の出口を探した。しかし、ここでさらなる不幸が晴也を襲った。いきなり雨が降り出し、視界が急に悪くなってしまった。暗い雨雲が空を覆い、かすかな光も刺さなくなってしまった。風が木々をざわざわとかき分ける。なんとか足跡を辿って森の出口を探していたが、足跡に水がたまり、穴と判別がつかなくなってしまった。晴也の脳裏に鎌を持った死神が近づいてきているのを感じた。ここにいると「死」が歩み寄っている。早く森から出なければならないが、道がわからない。真っ暗な中に、ここで生死を賭けた博打をするしかないのか、と思った。360度見回してみる。どこに進むか悩んでいるところ、雷が鳴り始め、タイムリミットがきていると悟った。晴也は、出口を目指し再び走り出した。地盤が緩くなり、足が滑ってしまう。それでも走り続けた。10分ほど走っただろうか、そろそろ出口が見える頃だが、その様な気配は全くない。ただ木が連なっているだけなのだ。「もう出口なんて見つけられないのかもしれない」そう思い、立ち止まった。雨音がザーザーと耳にささやく中、遠くから何かが来ているというものを感じた。地震のような小刻みな揺れがどんどんとこちらに近づいてきている。晴也は怯えながら、木々の間から近づいている何かを確認しようとひっそりと覗いた。奥のほうから小さな影の大群がどんどん大きくなっていく。

「鬼の大群だ、まずい,,,!」

 大勢の鬼が晴也のへ向かって走ってきていたのである。このままでは見つかると思ったが、周りを見ても隠れるところはない。だが、鬼はどんどんと近づいてくる。タイムリミットはあと30秒ほどだ。なんとか草むらに逃げ込んだが、体全体を隠すことはできない。たまたまバレないことを祈るしかない。来る、来る、!目の前に鬼の集団が現れた。数匹ではない。100匹ほどの大群であった。前列の鬼は奇跡的に晴也には気づかなかった。しかし、ある一匹の鬼と目が合ってしまった。その鬼は列を乱して晴也のほうへとゆっくりと歩んできた。「お、終わった」目の前が真っ白になった。俺はここが墓場になるのか。夏美を助けることはできなかった。最後に見る顔が愛している人ではなく、歪な顔をした鬼なのか、そう思うと自然と涙がこぼれた。目の前の鬼が口を大きく開けている。恐怖と心残りから、その涙がこぼれた瞬間、その水滴がシャボン玉のように七色の大きな球体となったのだ。その球体は晴也の体を包みこみ、鬼から身を守った。そのまま晴也を乗せたまま球体は宙へと浮き、森の中から脱出した。一体何が起きたんだと晴也は困惑していたが、ひとまず助かったことに安堵し、どこに向かっているかわからない乗り物で空の旅をちょっと楽しんでいた。ふわふわと夜空に浮いているのは少し奇妙だった。下を見ると、ほとんどの場所は明かりが消え、静まり返っていたが、一軒だけ怪しく光る木造のお屋敷が見えた。「あれは何の家だろう」とぼんやり考えていると、その屋敷に向かって降下し始めた。この普通では起こりえない不思議な状況のカギはここで得られるのかもしれない。そう期待しながら屋敷へと向かった。

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