第2話 逃走
大きな足の裏で、月の明かりが遮られ、真っ暗になっていく、「踏まれる」と晴也はそう確信した、が、足が落ちてくることはなかった。振り返ると、見覚えのある着物を着た人が鬼の足首から下を切り落としていた。それは、川の中に落ち、高い水しぶきが起こった。
「やっぱり今日でしたか。潜んでいて正解でした」
ぐわぁぁと鬼の声が聞こえた後、ぐらりとバランスを崩し、橋の上にバタリと倒れた。唖然としていた二人に、先ほどいた狐面の着物の女性が日本刀を刀剣袋になおし、二人に近づいてきた。
「お二人、お怪我はございませんか?」
女性は近づきながら狐面を外した。仮面の下は顔の整った綺麗な若い女性だった。鼻が高く、真っ白な肌。着物が似合う和風の美人だった。
「ここは私が食い止めます。ですから、ここをすぐに離れてください!今すぐに!」
片足を切られた状態の鬼が、橋の真ん中に座り、雄たけびをあげた。その大声に驚いたのか、夏美はその場から動けなくなってしまった。
「お、おい、何をやってるんだよ!早く逃げるぞ!」
「まって、うごかない、うごかないよぉ…」
「くそっ、は、早く俺の背中に乗れ!死にたいか!?」
晴也はそう言うと、すぐに夏美を背中に乗せて橋を下りた。
「あ、ありがとう、ありがとう…」
夏美は涙を晴也の背中で拭いた。夏美は背中の中でどこか、勝ちを確信していた。だが、そんな二人が通ってきた道を戻ろうとしたとき、その自信が溶け切ってしまった。目の前には、先ほどまで銅像として道に並んでいた鬼たちが、命を芽吹いたかのように動き出し、そのまま逃げゆく人々を殺し、食い尽くしていたのだ。生々しい異臭が漂っている中、一匹の鬼が後ろを向くと、にやりと口角をあげて仲間たちと目を合わせた。そして、全員で二人の方を目をカッと開いて見つめてきた。
「く、来るっ…」
晴也がそう思った瞬間、鬼が一目散に飛びかかってきた。それは獲物を見る目そのものだった。
「いやだぁぁぁっ!」
晴也は、夏美をおぶったまま、なんとか鬼のいない方向へ走り出した。しかし、鬼たちはよだれを垂らしながら追いかけてくる。それはまさに獲物を追う肉食獣そのもので、みるみるうちに距離が縮まっていった。
「だ、だめだ!追いつかれる!」
泣きながら背中にしがみつく夏美をここで見捨てることで、自分だけ生きることができるのでは?と、そんなことが脳裏によぎるほどに追い詰められていた。追いつかれてしまえば、こいつらの餌になってしまう。その恐怖と緊張が、晴也をさらに苦しめる。晴也はちらりと後ろを向いた。すると、およそ100体ほどの鬼がすぐそばまで来ていた。鬼は手を伸ばしてつかもうとしていた。晴也は死を確信した。
「死ぬぅっ」
そううめき声を漏らした瞬間、「ぐるぁぁ!」という声とともに、鬼が一斉に倒れていった。バタバタとドミノ倒しのように後ろの鬼も流れるように倒れていく。何が起きたのかと、周りを見回すと、鬼が倒れた先に、見覚えのある坊主姿があった。鬼が目覚める前に出会った狐面の男性だった。両手を合わせて念力を唱えているようだった。「はあ!」と気を込めながら鬼の体を溶かしていた。
「やはり、今日だったか。あの女のやることなんてこちらは全部お見通しなのだ」
鬼を全て倒し終えた後、坊主は二人の元へゆっくりと歩いてきた。
「お主、怪我はないか?」
坊主は、優しい口調で話しかけてくるが、なにせあれだけ暴言を言ったのだ。申し訳なさで腰が低くなる。
「あ、いや、大丈夫です…。なんというか、助けてくれてありがとうございます」
「そうか、それなら良かった。それなら早くここから離れろ。もうこの町は鬼の巣窟だ。残ってたら食われちまうぞ」
「わ、わかりました!」
晴也はその言葉の通りにすぐに逃げだした。幸いなことに、まだ、反対側に逃げた先では、鬼の姿はなかった。晴也は、ただひたすらに走り続けた。
どのくらい走っただろうか、例の橋から、鬼のいない大通りを駆け抜け、狭い路地を抜け、その先には、ある程度文明が発展した車道が現れた。24時間のパチンコのネオン管が淡く道を照らし、ぼんやりと写っている。晴也はここで一息ついた。周りを見回しても誰もいないことは、違和感があったが、近くに鬼がいないことに安心してしまった。「もう大丈夫か」そう思ったとき、さらなる悲劇が晴也を襲った。大きな影がそれらの光を二人から奪い取ってしまった。
「い、嫌あ!助けて、ハルヤー!」
おんぶしていた夏美が何者かによって引きはがされるのを感じた。振り返ると、先ほどよりも、20mほど大きな巨大の鬼が夏美を指でつまみ、引っ張っていたのだ。晴也は必死に夏美に抱き着き、止めようとするが、二人とも宙に浮いてしまった。鬼は、先ほどのものとは違う個体で、青い額がごつごつとした肉で膨れ上がっていた。そして、鬼は二人を捕まえたことに満足したのか、嬉しそうにどこかへと歩き出した。夏美は指で強く締め付けられ、苦しんでいるが、ここで仮に鬼が手を離したところで、落ちると即死してしまう高さだ。安易に体を強く揺さぶることはできず、硬直している。さらに、晴也も、ここで手を放してしまうと落ちて死んでしまう。一回一回の鬼の歩く振動を耐えながら叫んでいた。
「怖い、死にたくねえよ!、死にたくねえよ!」
その声が届くはずもなく、鬼は歩みを止めない。そのまま暗闇の中を進み続ける。そして鬼は、山奥を切り抜けるように進みだす。木々をかいくぐり鬼はずんずんと歩く。ここで、打開策として晴也は1つの案を思いついた。
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