保魂の賢者 

@WataameMelon

第1話 鬼の宴

 真夏の太陽が照っている中、神輿が大勢の人に囲まれながら道を突き抜けていく。その神輿には大きな鬼が座っている。その周りの通りを見回すと鬼の銅像が立ち並んでいた。その鬼は通りを歩く人を睨みつけるように猫背で下を向いていた。金棒を持っている鬼や、刀を持っている鬼、さらには縄を持っている鬼までとなかなかバリエーションが多かった。道行く人たちは、多様性に配慮した様々な鬼がいるようにしか考えていないだろう。この町、鬼蘭町で行われている祭り「鬼面祭」には多くの客が訪れる。しかし、誰もこの中にこの祭りの本当の意味は知らなかった。


「いやまじでここが噂のとこ?」

 尾上晴也おのうえはるやは、ギャルの彼女、高井夏美たかいなつみの肩を持ちながら歩いていた。鬼の銅像に睨まれながら通るのは気味が悪かった。しかし、通りには屋台も出ており、たくさんの人がいるのもあり、賑わっていた。イカ焼きや射的、型抜きやチョコバナナなど魅力的な屋台がその不気味さを中和していた。

「へー、田舎の祭りと思っていたけどなかなか人多いじゃーん」

 SNSで見つけて遊びに来た二人だったが、正直田舎というのもあり、期待していなかった。が、その想像をはるかに超えてくれるくらい賑わっていた。

「なんか、鬼の銅像がいっぱい立ってる~。こっち見てきてこ~わ~い~。ねえ~、晴也~」

 夏美は晴也のTシャツを引っ張りながら上目遣いで言う。かまちょ全開である。それに対し、晴也は夏美の腰に手を回すし、耳元で話す。

 「何かあったら俺が守ってやるから安心しな、夏美」

 首から下げたネックレスがきらりと揺れる。夏美から誕生日プレゼントとしてもらったものだ。金色の割と太めのもの。

 「ねえ、今日の夜~、あそこの広場で「何か」が起こるらしいよ、後で言ってみようよー」

 夏美はスマホを見せながらはにかむ。その画面上にはこの先の橋の向こう側のにある大きな広場で、大勢の人が何かを囲んでいる写真が載せられていた。去年の写真だろうか、それにしては画像が荒い気がすると晴也は思った。 みんなが囲んでいる広場の中心からは、何か煙?のようなものがでており、それに違和感を持った晴也は、すぐに夏美に問う。

 「な、なあ、これは何をしているところなんだ?」

 「さあ?画像が貼り付けられてるだけで、他には何も書いてないよ。まあ、これコラ画像かもしれないし、ホントは大したことないんじゃない?」

 軽く流されてしまった晴也だが、すんなりとそのことを飲み込むことはできなかった。今の時刻は18時。まだ太陽が出ている時間帯だ。これからもっと人も増えていくだろう。盛り上がった後にはたして何が起こるんだろうか。

 「まあ、この写真、真っ暗だから、もうちょい時間あるんじゃない?もう少し楽しんでいこうよ」

 こうして、夏美に引っ張られながら屋台の並ぶ道を散策し始めた。浴衣姿の人々をかき分けながらずんずんと進んでいく。祭り特有のものか、お面をつけた人たちもいた。

 「ねえ、私もお面ほーしーいー。周りのみんな被ってるじゃん。あの狐のお面」

 そういいながら、右隣にいる狐面を付けた人を指さす。その人は、綺麗な着物を着ており、お面で完全に顔が隠れていたが、ロングヘアで長い髪を垂らしていた女性だった。

 「みんなとか言っちゃって、よく周りを見てみろ、ほとんどの人はお面なんてつけてないよ」

 「ちぇっ、買ってくれると思ったのにー!まあいいや、後でお店見つけたら自分で買うもーん」

 夏美は頬を膨らませ、そっぽを向いたまま、すぐに歩き出した。それから、かなりの時間を歩いたが、狐のお面を売っている店を見つけることはできなかった。太陽が傾き、次第に暗くなり始めていた。

 「なあ、俺もう腹が減ってきたんだけど、こんなに歩いたんだから、そろそろ飯食べさしてくれよ」

 「えー、まあいいけど。てか、あんまりお目当ての出店なかったなあ。ま、田舎だし、こんなもんか」

 二人はそれから、屋台で焼きそばを買い、食べ歩きながら例の広場へと向かうことにした。大盛の焼きそばを持ちながら、大人数の間を縫う。昼よりも人数が増えてきていることは、明らかだった。一気に人口密度は大都会並みに変貌したのである。目的地を目指し歩いている途中、例の広場が橋の向こう側に見えた。そう、先ほど夏美に見せられた写真と同じ場所に今、立っているのだ。俯瞰して見てみると、もうすでに広場の周りには大勢の人が集っていた。

 「ああ、これじゃあ今から近くに行っても全然見えないじゃん。もうちょっと早く来ればよかったのに」

 「しょうがないじゃないか。まだ19時半なのに」

 「ねえ、どこから見るの?なるべく見えやすいところで見たいよ」

 地団駄を踏みながら、横で駄々をこねる夏美を横目に晴也は答えた。

 「橋の上からでいいじゃん。橋の真ん中のところ少し盛り上がっているから、見やすいんじゃね?」

 橋は、写真で見た時よりも数倍は大きく、車も交通規制が入っており、歩行者天国となっているのでここから見るのにはちょうどいいだろうと晴也は考えた。幸いなことに、橋の上には人も少なく、すんなりと良いポジションに立つことができた。

 「ホントだ。ここから見るとなかなかいいじゃーん」

 そう言いながら、二人は焼きそばを口の中に掻き込む。そうして、食事をしていると、刻刻と時が過ぎていった。周りには、先ほどまでよりも多くの人たちが集まりおしくらまんじゅう状態になった。

 「おお、人が増えてきたね。やっぱみんなこれを見に来ているんじゃん」

 四方を見ても、「何が起こるんだろう」とざわざわし始めた。時計を見ると、20時を回っていた。そろそろ始まる時刻だろう、そう思ったとき、人がごった返す中、二人の隣に狐面を被った者が隣に来た。晴也がまじまじと見つめると、先ほど見かけた女性と同じ柄の浴衣を着ていた。ただ、その者の頭は坊主だった。何かの宗教団体が同じ服装でこの祭りに赴いているだけかもしれないと、思ったが、なかなか奇妙なものである。狐面がその怪奇を増大させる。晴也はすぐに夏美に囁いた。

「となり、何か怪しくない?さっきから狐面のヤバそうな奴らが多くないか?みんな同じ着物を着て、気味が悪いな」

 夏美は口元にソースをべったりつけて振り返る。

「は?何のこと?ああ、あのハゲのこと?」

 そう言いながら隣の狐面を指さした。

「ば、バカ!やめとけってー!聞こえてたら大変だろ」

「大丈夫だって~、聞こえるわけないじゃん」

 そう笑顔で語る夏美を横にして、晴也も口角を上げたが、次の瞬間、晴也の真横に狐面が現れた。そして、イチャつく二人の顔を覗き込んできた。

「呼びましたか?」

 低く、渋い声に、貫禄のある大きなガタイの男が面越しに言う。身の危険を感じた晴也が彼女の前に腕を伸ばし、守りの態勢に入る。

「な、何も言ってねえよ、おっさん。あんたの勘違いだよ」

 普段の荒い口調のままそういい放った。

「そうですか、呼んでいませんか、なら良かった。申し訳なかったね。でもどうしてこんな田舎に来てしまったのですか。悪いことは言わないから今すぐに帰った方がいいと思いますけどね」

 狐面はそう淡々と吐き捨てた。

「うるせえな、ハゲ!なんでお前なんかに指図されなきゃいけないんだよ!お前こそどっかにいけばいいじゃねえか!」

 カッとなったのか、夏美がすぐに言い返した。そのままつかみかかりそうな勢いだったため、すぐに晴也が静止させる。

「まあ、落ち着け、でもお前、なんでそんなこと言うんだよ?」

「んー?まあ、いずれ分かるますよ。その時にまた会えたらいいですね?それでは私はこのへんで」

 二人に睨みつけられながら、狐面の男はその場から立ち去ってしまった。不自然なことに、大勢の人に揉まれているのに、避けるしぐさもなく、煙のように消えていった。

「何だったんだ、あの人」

「いいじゃない?きっと薬物かなにかの病気を持ってるんだよきっと、てか、そろそろ始まるんじゃない?」

 二人は、広場が先ほどよりも盛り上がっているのに目をやった。すると、大勢が輪になって「何か」を囲んでいた。夏美が前に見せた写真と同じ構図である。

「クソ、何が囲まれているか全く見えないじゃねえか、何かいい方法はないのかよ」

 晴也は背伸びをして見ようとするが、見えそうで見えない。ただ、「何か」の近くに真っ赤な着物を着た女性が高く両手を掲げている様子が目に入った。それどころか、囲んでいる人たちはその女性を除き皆同じ服を着ていた。

「気持ち悪い動きだなあ、なんだありゃ」

 そうしている間にも、夏美はスマホで「何か」を調べていた。そして、「何か」がある場所にマップで検索を押すと、一件の写真がHITした。

「ねえ、調べてみたよ!あれ」

 晴也の服を引っ張り、スマホに写った写真を見せた。そこには、石で作られた小さな鬼の像がちょこんと広場に設置されていた。

「なんだ、ただの鬼の像?」

「なんか、思ったよりもつまんなかったねー、てか、さっきのハゲはこのことを知ってたんじゃない?だから「しょうもないから帰れ」って言ってただけなんじゃ、、、」

 夏美が話し終わる前に地面がズドンと揺れ、広場から円状に強烈な空気の波動が広がった。一瞬目をつぶってしまった二人だったが、目を開くと、驚きの光景が広がっていた。

「う、嘘だろ」

 そして、輪の真ん中から煙が立ち上がった。遠くから、大声が響き渡る。

「今こそ、我らの王の復活だあ!」

 その声と同時に広場では歓声が沸き上がった。すると、煙が弱まった後、すぐに、大きな物が暗闇の中に膨らんでいった。それは、暗闇の中に立ち上がった。周りの者はその様子を見て騒ぎ出した。

「な、なんだあれ?」

「お、鬼だあああ!!!!1逃げろーーーーー!!!!」

 月に照らされ、大きな鬼の顔が夜空に浮かび上がった。その大きさは、50mほどだろうか。角を一本生やした鬼が、雄たけびを上げ、ドスドスと動き出した。像のめっきがビリビリと剥がれ、体の内側の黒色がむき出しになっていった。周りにいた者たちは踏みつけられ、「ぐわぁ」といった、うめき声が聞こえてくる。そして、晴也のいる橋の方向に歩きだしてきた。

「くそ、こっちに来るぞ、に、逃げるぞ夏美」

 夏美の腕をつかみ、走りだそうとするが、夏美は逃げようとしなかった。

「ちょっと待ってよ、今写真撮ってるところなんだから。こんなバズるチャンスめったにないんだから撮らせてよ」

「バカ言ってんじゃねえよ!早く逃げねえと踏みつぶされちまうぞ!そんなことしている場合じゃないって!」

 晴也は急かそうとするが、夏美は全く聞かずにSNSに投稿していて、全く逃げる気がない。こうもしている間に鬼が近づいてきていた。鬼が通ってきた道には大量の血が滲んでいて、多くの人間が下敷きになっていた。

「ホントに、このままじゃ踏まれちまう!」

 鬼が橋の目の前まで来たとき、晴也は耐えられなくなり、本気で夏美の腕を引っ張り、引きずりながら反対側へと走り出した。

「走れ!死にてえのか!」

 先ほどまで大勢の人が橋の上にいたが、気づくと、ほとんど皆既に逃げており、二人しかいなかった。そのことにやっと危機感を覚えたのか、夏美も走り出した。何とかダッシュして鬼から離れようとするが、鬼にロックオンされてしまい、二人をめがけて走り出してきた。

「まずい、このままじゃ絶対に追いつかれる」

 後ろを振り返ると、鬼はすぐ近くに来ていた。そして、手をつないで走る二人を大きな足で踏みつけようとした。

「死ぬううううう!」

「嫌だああ、死にたくないいいいいい!」

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