不定期放送人気ホラーラジオを調査せよ

踊川 虻

第1話

「さぁ、今回も始まりました、食い繋ぐラジオ、略してつぐラジオのお時間です〜! メインパーソナリティはいつものワタクシ、那波誠司なはせいじが努めてまいります! よろしくお願いします〜!」


 軽快なラッパが特徴のオープニングミュージックが鳴り終わると共に、低い声質からは想像できない高いテンションのトークが繰り広げられる。背の高い男性が、身振り手振りを大きく使って盛り上げる男性の姿が目に浮かぶ。映像は公開されていないため、実際には見えないが。


「さぁ、本日のゲストはこの方、美好さんにお越しいただいております! 美好さん、よろしくお願いします!」

「……よろしくお願いします」


 メインパーソナリティの那波とは正反対の、落ち着いた雰囲気の女性がゲストだ。この美好、という名前の芸能人をインターネットで調べてもヒットする事はない。このラジオでは、出演者は揃って偽名を使い出演しているのだ。コアなファンは声で判断して、出演芸能人を予測しているという。

 ちなみに、ラジオパーソナリティを務める那波という男性についても同じ事がいえる。ラジオを通じて固定ファンが多くいるようだが、その正体を掴めた者は誰一人としていない。現状、有力なのは人気演技派俳優が演じているのではないだろうか、という説だ。


 この番組は毎回不定期に開催され、いつ、どこで、だれが録画をして放送しているのか。業界の人間でも知る人は少ないと言う。このラジオの放送権を持つ放送局に直接聞き込みに行った人間によると、「お答えする事はできない」と突き返されてしまったようだ。

 聞きに行った人間も、別のラジオ番組を持つ芸能人だったのだが、簡単には情報を教えてくれないと自身のラジオ番組で漏らした事により、今話題沸騰中の不定期放送ホラーラジオ番組と化している。


「ちょっとちょっと! 暗いよ〜! 気分上げていこう! せっかく来てもらったんだから! 軽く自己紹介、お願いします!」

「……はい、私は美好と申します。歳は、二十三になります。このラジオ番組のファンでして、出演のお話を頂いた時は本当に嬉しかったです。よろしくお願いします」


 女性が言葉を伝え終えた途端に、喧しく分かりやすいチープなSEが鳴る。完全クローズドの収録だと公言しているのに、子どもや男女の黄色い声援のSEを選ぶあたり盛り上がりさえすれば音の種類は関係ないのだろう。

 少しの静寂のおかげで、BGMとして軽快な音楽が流れている事に気がつく。ホラーラジオだというのに、なんとも不相応な音楽を選ぶことすら意図があるのでは無いか、とファンの間では考察されている。


「美好ちゃんね! いや〜! 僕のラジオの大ファンという事で、なかなか熱烈なファンレターを頂いちゃって! よろしければ今ここで読み上げましょうか?」

「なっ、やめてください! 恥ずかしいですよ」


 ようやく、女性がケラケラと笑う声が聞こえてきた。緊張は解れたようで、すっかり那波の会話のリズムに呑まれている。


「では、早速ですがメインコーナーに参りましょう! 三十分しか枠が無いのでね!」


 そしてまた、那波か、ラジオ収録のアシスタントがチープなお化け屋敷で流れていそうなジングルを流す。五秒ほどの長さであったが、これから怖い話が始まるのであろう事は、初めてこのラジオを聞く人間にも伝わる分かりやすい効果があった。


「ドキドキ、恐怖体験コーナー! このコーナーでは、ゲストが体験した恐ろしい体験を話していただくというコーナーで、あります。心霊体験から危なかった話まで、怖い! と感じればなんでもオーケーですのでね! さ、美好さん、早速ですがお願いします」

「はい、ええと。これは私が十歳の時の話なのですが……」




――――――――――





 暑い夏の日でした。歴史的猛暑を毎年塗り替え続けて、来年には夏が続きすぎて冬が来ないんじゃないか、なんて言われてたりして。

 十歳の少女だった私は毎日のように、小学生ながらに気の置ける友人たち三人と公園で遊んでいました。当時はゲーム機やスマートフォンを子どもが持つのは教育に良くないとされており、友人らも私と同じように連絡手段も持たず、家の者に報告だけして近所の公園に集まっていました。


 ふと、異変が訪れたんです。普段ならば家で済ませて来るのですが、その日に限って時間がなくて遊んでいる途中にトイレに行きたくなってしまったのです。母親から、公園でトイレに行く時は近くの女の大人の人に着いて来てもらいなさい、と口酸っぱく言われていましたが、その日は私と友人ら以外に人は居ませんでした。


 トイレに着いてきて欲しい、と声をかけようかと思いましたが、私が一抜けしたゲームのビリを決める戦いが白熱しているようで、水は差せませんでした。トイレに行ってくる、と伝えると、歓声の合間にいいかげんな返事が返ってきました。膀胱も限界を迎えつつあったので、急いで公衆トイレへと駆け込んだんです。


 誰も居ない公衆トイレに安心しながら、備え付けのトイレットペーパーが満足にある事を確認して個室に入りました。

 間に合った安心感で、ふぅ、と一息ついて床を見れば、ポタリ、ポタリ、と何かしらの液体が上から降ってきていたんです。古い公衆トイレでしたから、雨漏りでもしているのかな、と上を見てみようと思ったんですが、その時に気付いてしまったんです。


 垂れている液体が、時間が経った血のようにドス黒い赤である事に。


 とはいえ、当時の私はまだ幼かったので、最悪のケースなんて想定できませんでしたし、人の死なんて夢の話だと思っていました。怪我をしている人がいるんだ、と思って上を見上げましたが、そこには誰も居ませんでしたし、何もありませんでした。


 そう、何もなかったんです。


 天井から滴る血溜まりもなければ、天井の色すら変わっていませんでした。思わず床に落ちてきていたはずの箇所をもう一度見れば、確かに赤い血溜まりが存在していました。

 幼い私でも不可解な現象が起きたというのは、理解できたので、急いで下ろしていたズボンを上げてトイレの蓋を閉じ、水洗のレバーを捻って個室から出ました。

 しかし、そこからの記憶が曖昧でして……気が付けば母に抱きしめられていたんです。母は泣きながら何度も謝っていました。怖い目に遭わせてごめんね、と。

 今思い返しても、あの血溜まりの正体がなんだったのか分かりません。




――――――――――――





「いやぁ〜! 怖い上にミステリー! 鳥肌モノですね〜!!」


 MCの那波の声が聞こえると共に、どこかで聴いたことがある軽快な著作権フリーのBGMが流れ始める。先ほどまでの張り詰めた空気はどこへやら、ただのエピソードトークを聞いた時のようにスタジオを盛り上げ始めた。


「十歳でそんな経験しちゃったら、もう公園とか近づけないんじゃないの?」

「えぇ、そうですね。完全にトラウマになってしまって、自宅以外のお手洗いは余程の事が無い限り利用しませんね」

「やっぱり〜!」


 どこかズレた返答をしてペラペラと紙を捲る音が聞こえた後、ラジオの残り放送時間が十分を切ったタイミングで最後のコーナーの始まりを告げるジングルが流れた。キャッチーなリズムのそれが流れた後、那波の愉快な声が入る。


「では、最後のコーナーになります! 早いね〜! あっという間だね! 最後のこのコーナーはもし、あの時に戻れたなら! ですね。さぁ、美好さん、もしあなたが今話してくれた時間に戻れたとするなら、怖い思いをさせてきた人間に何を望みますか?」

「……そう、ですね。同じ目に遭って欲しいです。私はそのせいで、大変なんですから。同じ恐怖を味わってもらわないと気が済まない」

「わぁーお! 思ったよりもじっとり根に持ってるね! いいね! それでこそ、このラジオのゲストだ! もしも、ね! あの時のキミがこのラジオを聞いていたら、同じ目に遭って欲しいってさ!」


 那波の明るすぎる進行とは真逆の、放送事故とも取れる重たい空気が場を占める。こういった時にSEを流さないのは、何か考えがあるからなのだろうか? またインターネットの考察掲示板が盛り上がる事だろう。

 残り放送時間が一分を切った時、オルゴール調のエンディングテーマが流れ始める。


「あぁ、もうこんな時間。今週も早かったね! ゲストは美好さんでした! つぐラジでは皆様からのアツいお便りをお待ちしております! それでは皆様、また次回」

「さようなら」


 美好さんのひとことで、プツンとラジオのリンクは無効になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不定期放送人気ホラーラジオを調査せよ 踊川 虻 @TanaKataNakata55

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ