『遅れてきた死者』
志乃原七海
第1話「皆さん……悲しい、お知らせがあります」
---
### 『遅れてきた死者』
月曜の朝。どんよりと曇った空気が、3年B組の教室にも流れ込んでいるようだった。
いつもは騒がしい生徒たちも、今日は静まり返っている。教壇に立つ担任の山岸先生が、絞り出すような声で口を開いたからだ。
「皆さん……悲しい、お知らせがあります」
山岸は眼鏡の奥の瞳を潤ませ、唇を震わせた。
「皆さんのお友達、伊藤邦明くんが……昨日、不慮の事故で、亡くなりました」
え、という小さな声がいくつか漏れた。昨日、ゲームでオンライン対戦したはずだ、なんて呟きも聞こえる。だが、山岸のあまりに悲痛な表情に、誰もが言葉を失った。
「先生は……いまでも信じられないんだ。だって、先生には……見える気がするんだよ!」
山岸は震える指で、教室の中程にある一つの空席を指さした。伊藤邦明の席だ。
「そこに、伊藤くんが座って、はにかんで笑っているのが……先生には、見えるんだ!」
その言葉が、まるで合図だったかのように。
ガラッ、と勢いよく教室の後ろの扉が開いた。
そこに立っていたのは、テレビで見ない日はない超有名スピリチュアルカウンセラー、天空院ジョージその人だった。純白のスーツがやけに眩しい。彼の後ろからは、大きなカメラを担いだスタッフたちがなだれ込んできた。
「先生!」
天空院は、芝居がかった仕草で胸に手を当て、慈愛に満ちた(ように見える)瞳で山岸を見つめた。
「あなたの純粋な想いが、彼の魂をこの教室に呼び寄せたのですよ……素晴らしい!」
天空院はすたすたと教室内を歩き、伊藤の空席の横に立つ。そして、何もない空間に向かって、優しく語りかけた。
「ほら、そこに伊藤くんがいますよ!少し照れくさそうに、でも、みんなに会えて嬉しいって言ってます!さあ皆さん、彼に手を振ってあげましょう!」
しーん。
生徒たちは顔を見合わせるだけだ。
「え?見えないんだけど?」「どこどこ?」「っていうか、なんでテレビ?」
教室は、感動ではなく困惑のざわめきに包まれた。
その瞬間、教室の隅にいたADらしき男が、すかさず巨大なカンペを掲げた。
そこには、震える文字でこう書かれていた。
**【!生徒の皆さん!伊藤くんがいるように振る舞ってください!悲しみと感動の再会シーンです!ご協力お願いします!】**
「……なんだよ、やらせかよ」
誰かがボソッと呟いた。その声は、他の生徒たちの心の声でもあった。
しかし、ギラリと光るテレビカメラが自分たちに向けられていることに気づくと、生徒たちは瞬時に空気を読んだ。プロの役者もかくや、という変わり身の速さだった。
「あ、ほんとだね!?伊藤くんがいるように見えるね!」
「邦明!見えるよ!お前の席、ちゃんとあるぞー!(涙)」
「昨日貸した漫画、天国に持っていくなよなー!(号泣)」
教室は、にわか仕込みの感動の渦に包まれた。山岸先生は本気で涙ぐみ、天空院は「ええ、ええ、素晴らしい交信です!」と恍惚の表情を浮かべている。
カオスと感動が最高潮に達した、その時だった。
「ちわーす。なんか、俺の席の周りで盛り上がってるけど……どうしたの?」
ひょっこりと、教室の前の扉から顔を出したのは、寝癖をつけたジャージ姿の伊藤邦明本人だった。手にはコンビニのパンの袋が揺れている。
「……え?」
生徒たちの名演技が、ピタリと止まった。
山岸先生の涙が、ピタリと止まった。
カメラマンの手が、ピタリと止まった。
全員の視線が、遅刻してきた本物の伊藤邦明と、天空院ジョージが指し示している「霊体の伊藤邦明」との間を、激しく往復する。
この世でただ一人、状況を理解していない天空院ジョージは、生身の伊藤邦明と、自分が霊視しているはずの「空席の伊藤邦明」を交互に見比べた。
「な……な……邦明くんが、二人……?私の霊視が、ついに時空の歪みを捉えたというのか!?これは……これは、高次元宇宙とのコンタクト……!?あ、私の第三の目が……開……」
彼の脳は、この単純な勘違いという名の超常現象を処理しきれなかった。
「あ……」
天空院ジョージは、カクンと膝を折り、白目を剥いてゆっくりと後ろに倒れた。純白のスーツが、チョークの粉で白く汚れる。
「て、先生!天空院先生が!え、息してないです!誰か救急車!」
ADの絶叫が響き渡る中、遅刻してきただけの伊藤邦明は、目の前で人が倒れるという悲劇(?)を前に、ポツリと呟いた。
「え……俺のせい?」
『遅れてきた死者』 志乃原七海 @09093495732p
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。『遅れてきた死者』の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます