デッド・カウント・ゼロ ~外付けの記憶~
海月くらげ
デッド・カウント・ゼロ ~外付けの記憶~
コフィン・グロリアのコックピットからは星空しか見えない。
ゼロはコンソールパネルに両脚を投げ出す。
ジャンプスーツの腹の上で両手を組む。
眠っているのか。
死んでいるのか。
ソフィがパイロットシートのうしろから、もたれかかってくる。
インターフェースが新しい。
フェミニンな香りがゼロの目をこじ開ける。
首にまわされたソフィの腕の向こうで見覚えのある顔が見つめる。
「はぁ……、おいおい」
「ふふふ」
うっすらとした笑顔が近づく。
「落ちこんでいるようなので、こうしてみました」
「なにかの嫌がらせか?」
「ふふふ、各種センサーが、気分の落ちこみを示していますよ。ゼロ」
「じゃあ、取り替えたほうがいいぜ、そのポンコツ」
「ついこの間、コルニーザ星系の市場で仕入れたばかりのエッジ・プロンプトです」
「あの星に降りなきゃよかったと思ってたとこさ」
「戻りますか? ジャンプすれば、すぐです」
ソフィはシートの手もたれに軽く腰をおき、ゼロにもたれかかる。
「わかって言ってるだろう、ソフィ」
ソフィが誘うような笑みをゼロにむける。
「いいか、ジャンプってのは死ぬってのとイコールだ」
「ふふ、レコードすれば大丈夫ですよ」
「いーや、ないな。ジャンプの手順を、よーく、考えてみるんだ。わかるだろう」
「じゃあ安全ですね、ふふふ」
「まず、こっち側をコピーする。次にこっち側をデリートする。そして、向こう側にコピーしたデータを送る。最後に向こう側に生成するんだ」
「ふふふ。安全でしょう?」
「いーか、つまり、俺はデリートしたときに死んじまうってことだ。死の痛みを感じても、だれも肩代わりできない。そのまま消えていくんだ」
「考えすぎですよ、ゼロ」
「いや、ないな。向こう側にジェネレイトされるのは、オレじゃない。別の誰かだ」
「ゼロです」
ゼロの首に両腕をまわして、すがりつく。
うっすらと微笑む。
「連続してないってのは、死んでるってことだ」
「向こうのゼロも、ゼロのように考え、ゼロのように行動しますよ。それが連続の意味です」
「そして、こっち側のオレは、もう、死んで消滅しちまってるってことさ。ジャンプってのは、そういうことだ」
コンソールのウェーブビューが波形を登録済みのパターンに変える。
「久々のお出ましだ」
「アセプト。ジェネレイトします」
ソフィがコックピットの中央にジャンプゲートを展開させる。
半分機械、半分鳥類のいびつなハイブリッドの人影がジェネレイトされる。
制服の階級はこの前に会ったときと変わっていない。
ゼロはパイロットシートを百八十度回転させてジャンプしてきた人物と向きあう。
ソフィは改めてシートに腰をもたれさせる。
ゆるい曲線を描く腰がゼロにうなだれかかる。
「やあ、これはこれは、
「やあ、ゼロ。ソフィアもごきげんよう」
「お久しぶりです、提督」
「ていうか、なんです、その格好?」
「君は、相変わらず、オリジン原理主義かね」
提督は背筋を伸ばす。
「たまにはリフレッシュしたらどうだい。これはフリゲイティアの最新モードだよ」
「ふふふ、すばらしいです。提督」
「うむうむ。今日のインターフェースもすばらしいね」
「ふふふ」
「やれやれ。で?」
ゼロはシートに座りなおす。
肩をすくめる。
「うむ。実は、近くの星系の惑星でエッジランナーの事故が頻発しとる」
「
「うむ、つい最近まで帝国領でなかった宙域だ」
「じゃあ、問題ないのでは? よくある辺境のキケンってヤツでしょう、提督」
「いいや、問題があるのだよ」
「なんです?」
「君は、狂気というのを知っているかね?」
「はぁ? キョウキ……、ですか?」
「うむ、論理的な行動ができなくなる病気とのことだ」
「ふふふ、ゼロのジャンプ嫌いも狂気ですね」
「冗談」
「ソフィア、君のデータベースでは、どうなっとるね?」
「人類が、オリジン・スフィアにとどまっていたころの行動様式に、そのような記録がありますね。古いです。多数の望む行動とは違った行動をとること。行動予測不可能性。超古代の行動様式でしょうか? 専門の治療者もいたようです。人類の初期の初期、最初期にみられた行動パターンですね。真理科学により根絶されています」
「だったら考古学者に話を持っていっては?」
軽く腕をふる。
「超古代の治療法で治してくれますぜ」
「とがった物で自分の足を刺すそうですよ、ゼロ」
「野蛮だと思わんかね。帝国のために働く者にする仕打ちではないね」
「ふぅん、わからなくもないな。痛みは自分だけのものだ。他人と共有できる知識で満足してる連中の目をシャッキリ
「その知識に開眼した聡明な者たちを、その惑星に、もう何人も送りこんだ。神学者、真理技術者、エッジランナー、惑星工作者、いろいろだ」
「それの、どこが問題で?」
「全員、狂気病にかかり、再ジェネレイトされた」
ゼロは片眉をはねあげる。
組んでいた脚をほどく。
提督は羽根のような羽毛ウロコの生えた腕を後ろ手に組む。
色鮮やかな羽毛ウロコが光を反射してきらびやかに色を変える。
「その狂気病ってのは?」
「うむ、先ほど、ソフィアの言ったとおりだな。彼らの全員が、われわれの望む行動がとれないばかりか、すべての者たちの生活行動が常軌を逸したものになった。全員の症状は、まちまちだ。だが、共通しているのが、惑星調査以降のすべての行動がおかしくなってしまったということだな」
提督が羽ばたく。
「全員、惑星ジャンプ前のレコードで再ジェネレイトだよ」
ゼロは両のひざに肘をおいて屈みこむ。
両手を握りしめる。
あごをのせる。
「全員、死んじまったんですね」
「君がいう死ぬというのは存在消滅のことかね? 帝国はその死とやらを克服したのだよ、ゼロ。しかし、まあ、一時的とはいえレコード以降の記憶がないというのは不便だろうな」
「それ、死んでるんですぜ、提督」
「ふふふ、ちゃんとレコードしますよ、ゼロ」
「オレには必要ない。オレは、まだ一度も死んだことがないんだ。これからもな」
「というわけで君のところに回ってきたわけさ。どうだね?」
「なんとか、なるでしょう」
ゼロはパイロットシートの上で
肩をすくめる。
「うむ、この宇宙のすべては帝国によって解き明かされた。もはや宇宙には解明すべき未知の現象は起こらない。これが帝国真理科学の何に当たるのかを調査することだけが、われわれ、栄光ある帝国の聖なる責務なのだ。頼んだぞ、ゼロ」
ゼロはコフィン・グロリアの左翼側ハッチを開けて惑星を見下ろす。
白い雲と赤い大地。
岩くれだけが、えんえんと続く。
酸化鉄の堆積岩。
アルカリ性の花こう岩。
赤い岩くれの殺風景が恒星の光にてらされ、球形の緩やかなカーブで夜の闇に消えていく。
夜の部分では、ときおり稲妻がはしる。
ゼロの真下は晴れわたり、ちぎれた雲が真綿のように浮かんでいる。
赤い岩石の上を、ただ風だけが吹きぬけていく。
[ハビタブルゾーンの最外縁の典型的な惑星ですね。降下ポイントの大気は安定していますよ、ゼロ]
「生物は?」
[反応はありません]
「見渡す限りの荒野か……」
ゼロは肩にのせたトリガー・ロッドを担ぎなおす。
コフィン・グロリア内の空気組成をグリッド・チェイサーで自身の周りに二メールだけ固定する。
ひょいと、惑星にダイブする。
大気層に入る。
ポンチョがバタバタとはためく。
コルニーザの
地元種族の伝統柄だ。
網目模様が布の周囲に細かく織りこまれる。
ゼロのベルトに差しこんだグリッド・チェイサーが格子場を転換する。
大気層突入の熱がゼロの体温マイナス十五度の温度に変換される。
気温二十一度の快適な球形空間だ。
格子場デバイスの半径二メールの周囲が赤みをおびる。
チリや水蒸気が焼けるにおいをゼロに運んでくる。
ゼロが灼熱のスフィアに包まれる。
もの凄い落下速度で雲の層を突破する。
赤い荒野が一気にゼロの視界に飛びこんでくる。
赤い
渓谷だ。
大昔に何かの流体物で削られたのか。
渓谷が、並行に、また、枝分かれして、大地いっぱいに続いている。
しわのような大地。
赤い。
絶景だ。
ゼロは目をすがめる。
「本当に何もないな」
[地表まで二千]
ゼロは両手でトリガー・ロッドをつかむ。
頭の上にかかげる。
とたんに落下スピードが減じる。
トリガー・ロッドにぶら下がる。
ブーツの底が惑星セレブルームの赤い大地を軽くコンとたたく。
「さて……、ソフィ、どうだ?」
[なにもありません]
「ふーん、その狂気病のウィルスとかは?」
[生命の反応はないですよ、ゼロ。原生生物なし。ウィルスなし。周囲の隕石が運んでくる細かいアミノ酸レベルの反応しかありません。大気の成分中に、それと思われる反応はありません]
「じゃあ、なにが原因だ。波動関係はどうだ?」
[低周波から、音波、赤外線、可視光線、紫外線、X線、ガンマ線……、格子場の放射線関係の波長におかしなところはありませんよ、ゼロ]
ゼロは降下ポイントから方向も決めずに歩き出す。
周囲を見まわす。
赤い岩石の上を風だけが吹き抜けていく。
コルニーザ産のポンチョが、はたはたとはためく。
手に持ったトリガー・ロッドで周囲に向けてスキャンする。
見た目通りの反応しかない。
不意に、ゼロの視界のはしに動くものがチラと映る。
反射的にトリガー・ロッドを構える。
岩陰に標準を合わせる。
「ソフィ、あの岩陰だ」
[何もありません]
「いま何か動いた」
[ありません]
「な、はずはない」
[スキャン済みです。地表に生体反応はありません]
ゆっくりと岩に近づく。
一気に動く。
岩陰にトリガー・ロッドを向ける。
ひとの背の高さほどの大岩だ。
裏には赤い小石やガレキが転がっているだけだ。
ゼロは青い空を仰ぐ。
遙か上空の軌道上のコフィン・グロリアで探索をモニターしているソフィにたずねる。
「オレの周囲百メール」
[何もありません]
「千メール」
[誰もいません]
「一万」
[地表の生体反応はあなただけですよ、ゼロ]
不意に、背後で砂利を踏む音がひびく。
跳びすさる。
トリガー・ロッドを向ける。
空っぽの赤い大地に風だけが吹いている。
ゼロは周囲に何者かの気配を感じる。
眉間にしわを寄せる。
「光学メソッドを使ってるヤツがいるはずだ」
[周囲千キロメール、ありません]
「そんなはずはない」
人影が右側にある岩陰に飛びこむ。
ゼロは、今度は、ハッキリと目で捉える。
女のうしろ姿。
身体にピッタリとした黒いガムレオタード。
この前のコルニーザでよく見かけた民族衣装のような柄の巻き布。
「動くな!」
風の音。
風が岩の間を吹き抜ける。
ポンチョのはためく音。
右の大岩にトリガー・ロッドを向ける。
ピクリともせず固まる。
長い長い瞬間が過ぎる。
[なにもありませんよ、ゼロ]
「ちゃんと見えた……、どういうことだ?」
[それが狂気なのですか、ゼロ?]
「オレは狂っちゃあいない」
大岩に
じゃりじゃりと靴音がひびく。
岩陰には誰もいない。
トリガー・ロッドを肩にかつぐ。
顔を空にむける。
横目で周囲を探る。
「ジャンプゲートの反応は?」
[ありません]
「じゃあ、スワップ反応?」
[それも、ありません]
だれかが周囲にいるという感覚は、さらに強くゼロをとらえ締めつける。
圧倒的な臨在感。
そこかしこに、ひとの気配がする。
[各感覚センサーがフロー状態を示し始めていますよ、ゼロ]
「ああ、それは自覚してる。今なら一ミクロンの標的でも撃ち抜けそうだ。完全臨戦態勢だぜ」
[周囲には誰もいません]
「どういうことだ」
「これを買ってください……」
ふいに、ゼロは背後から声をかけられる。
瞬時に跳びすさる。
トリガー・ロッドを向ける。
目を大きく見張る。
「――くっ! ソフィ! 今、どこにいる!?」
[コフィン・グロリア、コンソールパネル前です。大まかな位置は軌道上静止ポイントから動いていません]
「違う! 今のお前の位置だ!」
[軌道上静止ポイン……]
「違う! 俺の前方、十五メール!」
[なにもありませんよ、ゼロ]
大きくくびれた崖のふちに少女が立っている。
黒く長い髪。
あどけなくも美しい顔立ち。
細くスレンダーな身体。
ピッタリとした黒いガムレオタードが周囲の赤い岩石から幼さをのこしたオリジンの身体の曲線を浮かびあがらせる。
腰に巻いた網目柄の民族衣装が、はたはた、はためく。
「もう一度、聞く……、俺の前方、十五メール。崖のふちあたりだ」
[反応ありません]
「じゃあ、オレの見ているのはなんだ……?」
[視覚センサーには反応はありませんよ、ゼロ]
先ほどまでコフィン・グロリアのパイロットシートにもたれかかってきていたソフィのインターフェース――コルニーザ星の市場で出会った売り子の少女――がそこに立っている。
「わたし、外に行きたいんです。だから買ってください」
「――っ! おいっ!」
少女のサンダルは崖のふちを蹴る。
宙に舞った少女の姿は崖の向こうに消えた。
ゼロは瞬時に崖に駆け寄る。
しかし下に落ちた少女の姿を見失う。
ぎりぎりで踏みとどまったゼロのブーツのつま先から、赤い石くれが、カラリと下へと落ちていく。
[ゼロ、その先は崖です。岩盤の崩落の可能性も考えましょう]
「それより先にオレのアタマのほうが崩れ落ちそうだぜ。だんだん、狂気ってのが、どういうものか、わかってきた」
[各感覚センサーが極度のフロー状態を示しています。戻りますか、ゼロ?]
「ソフィ! この星の事を徹底的に調べ上げろ、なんでもいい。どんな細かいことでもいい」
[現在、スキャン中ですよ、ゼロ]
ゼロは崖ぎわから振り返る。
左の大岩の陰に人影を見る。
アタマの上にカゴを乗せている。
市場の少女だ。
「ゴーリアトさんのお店で買い物をしたんですよね? だったら、お金持ちですよね? わたしも外に行くお金が欲しいんです」
「ここら辺じゃあ、あそこしか帝国の品物は取り扱ってないからな……」
「……この服はいりませんか? おばあちゃんが編んでるんです」
「そうかい」
「だれかが、わたしを連れ出してくれれば……」
「ここも、もうじき帝国領域になる。そうなれば帝都へのジャンプパスも通じるだろうさ」
「それまで待っていたら、わたしがおばあちゃんになってしまいます。この星には外からくる人は滅多にいないんです」
「帝国の真理科学は、不老不死を実現している。大丈夫だろう」
赤い大岩の陰から、もうひとり、売り子の少女がゆっくりと歩き出てくる。
さらに、ゼロの右の岩陰にも人影が見える。
ひとの気配。
ひとりやふたりどころではない。
ざわめくようなひとの気配。
市場のような臨在感。
「オーケー……、そうだと思ったよ」
[ゼロ、先ほどから言語センサーが活動を拾っています。だれと話しているのですか?]
「ソフィ! 周囲をスキャン!」
[だれもいません]
「なんでもいい! どんな些細なことでもいい! 周辺の異常を報告しろ!」
[惑星セレブルームの真理データ領域への再帰循環マイニング、進行過程九十三%]
「現時点で判っていることは!?」
[典型的な荒野惑星です]
「そんなことは分かってる。それ以外のことだ。なんでもいい!」
[大気成分中の組成は、グリッド・チェイサーの変換により安全です。星の大半を占める岩石組成は、大きく分けて3種類です。ひとつ目は、鉄。これは地表ではなく、中心核を構成する中核物質です。ふたつ目は、地表の大部分をおおっている赤い岩石。みっつ目は、細かい砂のような形状の白い岩石の結晶体です]
「そんなのは見ればわかる。もっとないのか!」
崖ぎわに立つゼロの前には、岩陰から、さらに向こうの斜面から、ぞろぞろと人影が姿をあらわす。
すべて少女。
同じ格好。
同じ顔。
ゼロに懇願してきた市場の少女だ。
「オーケー、オーケー……、こっちは後ろがないんだ。こっちに来てくれるなよ。いたいけなオリジンの少女をいたぶる趣味はないんでね」
「……この服を買ってくれませんか」
「……外に行きたいんです」
「……だれかが連れ出してくれれば」
ひとりの少女による市場の雑踏のようなざわめき。
少女たちの集団が、ゆっくりとゼロのいる崖ぎわに、あらゆる方向から近づいてくる。
[感覚センサーが非常時の警告を出しています。フロー状態が解除されていません。長時間のフロー状態は危険です。今すぐ、帰還しますか、ゼロ]
「いーや、まだだ」
[危険です]
「さてどうする?」
[そちらに行きましょうか、ゼロ?]
「ダメだ! 来るな!」
[行動のパターンに極度の緊張と予測不可能性の兆候があらわれていますよ、ゼロ。助けが必要ではないのですか?]
「大丈夫だ、オレはまだ一度も死んだことがないんだ」
[予測不可能性の割合には存在消滅も含まれますよ、ゼロ]
「いーや……、オレは死なない。これまでも、これからもだ」
ゼロの瞳が鈍い光をたたえる。
[惑星の全スキャン完了。真理データ領域に保存します]
「結果は!」
[典型的な荒野惑星です]
「それ以外だ。なんでもいい!」
[推測レベルまで拡張した結果も必要ですか、ゼロ]
「そうだ」
[地表をおおう赤い岩石は、半導体と同じような性質があるようです]
「なに?」
[赤い岩石は通常は格子場エネルギーを伝えませんが、白い粉状の結晶に触れたときに、隣り合った岩石に格子場エネルギーを伝達します]
「それで……!」
[赤い岩石は、白い結晶を通じて、つぎつぎに隣の岩石に格子場エネルギーを伝達していきます。このエネルギー伝達は惑星規模に及んでいます]
「地震みたいなものか」
[振動ではなく一方方向のエネルギー伝達になります。これに一番近い機能を持った構築物は、生命体の脳や神経組織です]
「脳……、惑星……」
ゼロの脳裏に落下中の光景がよみがえる。
赤い大地。
畝のように渓谷がつづく。
売り子の少女たちが近づいてくる。
ゼロの眼は確信に満ちた光をたたえる。
「オーケー、それだ!」
カゴを持った少女がゼロの眼の前までやってくる。
風の音が止む。
雑踏のざわめきが周囲をみたす。
「この服を買ってくれませんか」
「その穴の空いた布切れかい? 頭からかぶるのかい?」
先頭の少女の手を取る。
暖かいぬくもり。
すべらかな絹のような肌の感触。
ざらついた布の感触。
そして、赤い岩肌の地面。
「わたしを連れ出してくれる人を待っているんです」
「どこへ行く?」
「この星にいても、なにもないんです。本当になにも」
「もうすぐ、ここも帝国領になる。そうなれば、どこにでも行けるさ。ここだって様変わりするだろう」
「でも、わたしは、しわくちゃのおばあちゃんになってしまいます」
「そんなことはない」
「わたし、ここから抜け出したいんです」
「どこでも、同じさ」
「帝国の人に連れて行ってもらえば、ここを抜け出せると聞きました」
「わかるか? ジャンプしたら、死んじまうんだ。そいつが連れて行くのは、きみ自身じゃない、ほかの誰かだ」
「……でも、外に行きたいんです」
「死んでまで、行くところなんて、この宇宙には、ありゃあしないさ」
「……でも」
「みてな」
ゼロは、おもむろにトリガー・ロッドをかまえる。
肩にかついでいたトリガー・ロッドの砲身が自分の右足の甲に向く。
もう一方の手は少女の手を握る。
ゼロは、なんのためらいもなくトリガー・ロッドの出力を振り絞った。
白い光の球体が一瞬だけまたたく。
灼熱が爆発する感覚がゼロの神経線維を下から上に一気に駆け上る。
「がああぁぁぁっ!」
視界がホワイトアウトする。
灼熱の痛みがゼロの身体を赤い地面に叩きつける。
吹き飛んだゼロの足首から地面と同じような色の液体が流れでる。
赤い地面に顔面をこすりつける。
眉間に深いしわを刻む。
周囲を仰ぎ見る。
誰もいない。
風だけだ。
「……だろうな」
[ゼロ、狂気の治療に失敗しましたか?]
「いーや、勝利の号砲さ」
顔をしかめる。
「ぐ……ミッション、コンプリートだ。それより、早く、メディに寝か……せて欲しいんだがな、ソフィ……、ぐぁ……」
コフィン・グロリアは、再び、軌道上を速度を上げて回り始める。
惑星の重力圏の離脱に十分なスピードを得られるまで、落下に次ぐ落下をおこなう。
コンテナ・ブロックに隣接した医療ブロックに白いコットが浮かぶ。
ゼロが右片足をうしなった状態でコットに横たわる。
ソフィの作業を目で追う。
ソフィがコンテナ・ブロックで作業をおこなう。
惑星から採取した赤岩石と白結晶の標本をジャンプ・コンテナに積みこむ。
コンテナ前面の空間にジャンプ・パスがホロ表示される。
帝国艦隊を経由して帝都に搬送される。
ちぎれた足首が格子場医療機器の麻酔エフェクト・フィールドに包まれている。
痛みは遮断され脳まで届かない。
「あの激痛の挙句のお宝が、そんなちっぽけな標本コンテナだとはな」
「論理的に意味のない損傷でしたよ、ゼロ」
「意味はあったさ。人間の誇りを守ったんだ」
「それが狂気ですね。わたしの期待に応えていません、ゼロ」
ソフィは医療ブロックに入る。
部屋の中央に球形のフィールドが展開する。
天井の四隅と床の四隅に設置された格子場機器が、人体の組成と形態のデータをなぞる。
直径二メールほどの再生エフェクト場が展開する。
ゼロを乗せたコットはゆっくりと移動する。
足首の失われた右脚を球形のエフェクト場に差しこんでいく。
無事なほうの左足はコットからだらりとぶら下がっている。
ゼロが腹の上で両手を組む。
再生のかゆみとも熱とも氷ともつかぬ感覚が、ゼロの眉間にしわを刻む。
痛みに耐えているようでもあり。
快感にもだえているようでもある。
ゼロの右足首の骨細胞が再生する。
神経細胞が再生する。
筋肉の筋がもりあがる。
脂肪が、皮膚が、爪が、再生される。
「ふぅ、こたえるね」
「顔のキズも修復しますよ、ゼロ」
「これは今回の勲章だ。このままにしておくさ」
「やはり非論理的です」
「このキズがあるうちは憶えておきたいのさ」
「しかし、提督への報告は、これでよいのですか? 非論理的です。真理をあらわしていませんよ、ゼロ」
「いいや、これが真理で真実さ」
「あなたの記憶にある少女を見たのは、やはり、あなただけです、ゼロ」
「そうだ。オレの記憶なんだからな」
「しかし、あなたと惑星の岩石は、直接つながってはいませんでした」
「そう、しかし、なにかの方法で、オレの脳と、あの惑星の地表がつながっていたんだ」
「非論理的です」
「でなければ、あの惑星の大地がオレの記憶を、保存して、拡散して、再生産して、そして、オレにフィードバックしてくることはできなかったろう」
「あの惑星が人間の脳と同じように、記憶して、考えたというのですか?」
「そうさ、再ジェネレイトされた連中もそうだ。脳の機能が拡張されたんだ。惑星規模でな」
「やはり、非論理的です」
「いつも言っているだろう、ソフィ。この宇宙には、まだ帝国が解き明かしていない謎があるんだ。そう言うことさ」
「非論理的です」
ゼロの右脚が完全に再生される。
コットが、ゆっくりと再生スフィアから離れていく。
ゼロは両足で床に降り立つ。
右脚でトントンと床を踏む。
背伸びをする。
コットには、あの少女から購入した民族柄が丸めて枕のようにしてある。
ゼロは、しばらく布切れを見つめる。
ソフィが服を脱ぐ。
生まれたままの姿になる。
再生スフィアに歩み寄る。
「どうした?」
球形の中に少女が浮かぶ。
再生スフィアに完全に浸かった身体は、もう、しゃべれない。
代わりに、本来のソフィが室内ボイス越しにゼロに語りかける。
[どうも、このインターフェースだと、あなたの感覚に乱れがでるようです。別のインターフェースを構築しますよ、ゼロ]
「ふぅん」
再生スフィアの中の少女は、どろどろに溶けていく。
黒い髪はほどける。
皮膚に穴があく。
筋肉繊維が破れる。
内臓器官がばらけてしぼんでいく。
ゼロは目をすがめる。
[このインターフェースがよいですか、ゼロ?]
「いいや……、お前の思う通りにしろ」
[では、今までのあなたの異性への視線データをもとに、容姿の加重平均データを使用したデザインにしましょう]
「加重平均?」
[感情や情動に乱れは出ませんよ]
「そうなのか?」
[そうです]
骨細胞が再生する。
内臓が膨らむ。
血管と筋肉が張り巡らされる。
脂肪が身体のあちこちにふくらみをつくる。
皮膚が表面をおおう。
茶色の髪が海藻のように揺らめく。
再生スフィアが解除される。
新しいソフィのインターフェースは一糸まとわぬ姿で部屋の中央に伏した。
白い床が新しい身体を上下反転させ映しこむ。
ゼロはソフィのわきに屈みこむ。
「それが感情が乱れないカラダか?」
「まだ乱れますか、ゼロ?」
肩肘をついて身体を持ちあげる。
しなをつくった曲線から再生溶液がしたたる。
誘うような笑みがゼロにむく。
「さあ、どうだかな。まずは仕事の汚れを落とそう」
「ふふふ」
ゼロはソフィを両手で抱きかかえる。
ふたりはシャワーを浴びに次の部屋の入り口をくぐっていった。
デッド・カウント・ゼロ ~外付けの記憶~ 海月くらげ @jellyfish_pow_2
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