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鋏池穏美


 こんにちは。Web上で細々と小説を書いている鋏池穏美つかいけやすみと申します。

 今回、どうしてもお伝えしたいことがありまして、筆を取りました。みなさん、「人工いくら」というものをご存知ですか? 人工的に作られた「いくら」に似せたもので、場合によっては本物のいくらとして売られている偽物です。醤油臭かったり、生臭かったり、粗悪なものがたくさん出回っています。

 その人工いくらの製造に、私の友人が関わっていました。友人から話を聞いたのは半年前。「俺、いくらの偽物作ってるんだ」と打ち明けられたんです。話を聞く限り、どうやら「処分予定の牛や豚」の利用方法の一つとして、人工いくらがあるようです。

 正直な話、家畜の肉からいくらが作れるとは思えませんでした。けれど友人いわく、「特殊な薬液で筋繊維を溶かしたり、着色したりで似せられる」とのこと。

 いくらの偽物。私はいくらが好きだからこそ、興味を引かれてしまいました。いえ、「許せない」と思ったという方が正しいのでしょう。気づけば私は、詳しく製造工程などを尋ねていました。

 友人は驚くほど細かに話してくれ、冗談ではないのだと実感しました。以下は聞いた内容を書き起こしたものです。



―――


製造工程


1. 搬入

夜間、トラックで原料(処分予定の牛や豚など)が届く。ケースに収められ、密閉されたまま工場に運び込まれる。


2. 前処理・異物除去

原料は専用室で解体され、骨などの「溶けにくい固形物」を選別する。これらは乾燥させて粉砕し、肥料や飼料として再利用される。


3. 分解処理

肉は大型の槽に投入され、酵素と薬液を組み合わせた処理で筋繊維を溶解する。時間をかけて攪拌し、脂質とタンパク質を主成分とする液体に変化させる。


4. 精製(※4と5を友人が担当)

極細のフィルターや遠心分離で、液体から色素や固形物を徹底的に取り除く。これを繰り返すことで粘性を持つ透明がかった「偽いくらの素」が得られ、後工程の成形に適した状態となる。


5. 成形

「偽いくらの素」を油膜で包み込みながら、専用の機械で瞬時に丸める。直径は4〜5ミリを標準とし、外側にはコラーゲン由来の薄膜を重ねる。膜の厚さは0.05ミリ前後に調整され、口に含んだときに「ぷちっ」と弾ける感覚が再現される。


6. 着色

鮭卵特有の橙赤色に近づけるため、血液由来の色素を基に、アスタキサンチンやパプリカ色素を加える。さらに光沢を出すため、表面にわずかな油膜を噴霧。冷蔵ケースの照明下でより鮮やかに見えるよう工夫される。


7. 味付け・香り調整

分解で得られたアミノ酸を濃縮し、強い旨味を持たせる。そこへ海藻抽出物で磯の香りを補強。噛んだ瞬間に広がる「いくら特有の香りと塩気」を模すため、塩分濃度と油分比率は本物の分析データに合わせて調整される。


8. 包装と出荷

成形粒はパックに整列させ、「北海道産養殖鮭卵」のラベルを貼り付ける。冷凍保存で鮮度を維持し、量販店や回転寿司チェーンへ出荷される。パック表面には鮮度保持剤が仕込まれ、解凍後でも本物の艶を演出できるようになっている。


―――



 明確な虚偽表示。「北海道産養殖鮭卵」なんてとんでもない。当時の私は、これを公表すべきかどうか迷いました。公表するために友人の勤める会社名も聞きましたし、検索で所在地も確認しました。

 けれどもしこれを公表し、仮に嘘だった場合──名誉毀損で訴えられてしまうかもしれない。そう思い、結局は記録だけ残して公にはしませんでした。


 それから半年経った一昨日、件の友人から「これ見てくれ」とメールが届きました。添付されていたのは「極秘資料」と記されたファイル。以下、添付ファイル。



―――


件名:不要者再利用計画

取扱区分:極秘(社外秘)


1. 原料規格(現行)

・区分:更生不可判定犯罪者由来資源(内部呼称:カテゴリA)

・取り扱い:搬入は密閉コンテナ。搬入記録は限定データベースに登録。

・副次処理:衣類や異物は除去し、副産物ラインへ。


2. 供給増加に関する指示

・背景:外部社会課題(俗称「8050問題」)により、カテゴリBの追加指示

・対応案:搬入頻度を現行比+25%とし、ライン増設(小ライン+1本)を検討。


3. 機密保持

・本資料は流出厳禁。複写・持ち出し不可。外部説明は一切禁止。


―――



 私は言葉を失いました。「処分予定の牛や豚」という言葉の裏にある実態。

 原料は人間だったんです。文面を見る限りでは、「更生する余地のない犯罪者」ということになっています。友人は搬入や前処理に関わっていなかったので、この事実を知らなかったのでしょう。それに加え、どうやら50代以上の引きこもりをカテゴリBとして追加予定だと。これはいわゆる「8050問題」──親が高齢になり、ひきこもりの子を支えきれなくなる社会問題──を解消するための措置のようです。


 私はすぐに友人へ連絡しました。けれど繋がらず、昨日の朝になって「送った資料を消してくれ」とだけメールが届きました。

 それきり、友人とは連絡が取れていません。

 友人は……、もしかして口封じされたのでしょうか?

 もしそうなら、次は私も……。

 仕事が終わったらひとまず警察に相談に行こうと思います。それと、この文章を読んだ方にお願いがあります。この事実をできるだけ拡散してもらえませんか? この文章が広まれば、相手も不用意には動けなくなると思います。友人が勤めていた会社名については、警察に相談してから追記という形で公表しようと思います。

 何卒よろしくお願い致します。


 鋏池穏美


 

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