エピローグ それぞれの未来へ
「あっ!!今、飛行機から降りてきました!!今その美貌と笑顔と技術で世界中で話題の、超カリスマ烏獣人トリミング師、夕野紅葉氏です!!今日は、真っ白なスーツに身を包んでいます!!」
花火大会から八年後、九色国際空港。マイクを持った記者たちの群れが、彼をにぎやかに迎える。
「いっ、今入場しました!なんとにこやかな…私、最後列からでも眩しい笑顔を感じます!!」
ヒラヒラと、愛想よく手を振る紅葉。その姿はあの頃よりも大人びて、より魅力的になっている。最善を取っていた騒がしい半袖カッターに身を包んだ緑のウロコのワニ獣人の記者が、マイクを突きつける。
「紅葉さん!!八色大学を卒業するまでに勉強と並行して、独学で資格を取得。さらに実践技能も、八色の何処かで学び、この国でも有数の全獣人のトリミング資格を、最速で取得。それだけに飽き足らず貪欲に海外でも研究し、遂に!!個人店を開業なさるということで………2年先まで、予約で一杯だとか!!そこまで努力できたのは、何か秘訣があったのでしょうかぁーーー!!!!」
「……それは………たくさんのヒトが支えてくれたお陰です。俺も含めて、たくさんのヒトが居てくれた。具体的なことは話せませんが………。皆には、とても感謝している。師匠にも。俺の………」
大切なヒトにも。
そう言おうとして、彼は、右手に持っていたくたびれた革のカバンを握りしめる。
「とにかく、今日は明日の開業に向けてゆっくりしたいので。申し訳ないですが、これで失礼します」
「まっ、待ってください!!!もう少しお話を─」
「ゴホン!!!」
喧騒を切り裂いて、一人の男がわざとらしく咳払いをする。
「えー、失礼。ゴッドバードタイムズの……冬野囲炉裏です。ええと…紅葉さん」
目線を合わせて、ウインク。他の記者たちが気付かないくらいのスピードで、コミュニケーションを交わしたあと、すぐ。
「あっ、見てください、皆さん!!!アレはーーっっっっ!!!!!」
大声で、囲炉裏が別の方向を指さす。記者たちが一斉にその方向を向く。
「…ありがとう、恩に着る!」
走り出すその刹那、囲炉裏の耳に小さく小さく、でもしっかりと声が聴こえて。そして、紅葉が走り去る。
「あっ…………紅葉さん?紅葉さんが逃げたぁーーーーーっ!!!!もっとお話を〜〜!!!!」
記者たちが塊になって追いかける。空港に残った記者は、半袖カッターに身を包む獣人二人だけ。
「もう、囲炉裏センパイ!!これじゃあまた、編集長から大目玉ですよぉ!!夕野紅葉なんて特ダネを逃すなんてぇ!!!」
同じ会社のハクトウワシ獣人の後輩記者に、腕をユサユサと揺らされるが、彼はたじろがない。
「ふん。良いんだよ、まだ他にもタネはある。それも、このあと手に入れる予定でね」
「手に入れる?何をですか!まーたテキトーなこと言ったら、怒りますよ?」
「俺が特ダネのことで、嘘言ったことあるか?もう当人に許可は得てある。お前は帰っていいぞ」
「へぇ。またお手柄ってヤツですか?それで何とかプラマイゼロにしてるつもりなのかも知れませんけど、あんまりやりすぎると、ホントにクビになりますよ」
「気になるなら、教えてやってもいいぞ。特ダネはこれだよ」
囲炉裏派胸ポケットに入っていた字の汚いのメモ帳を、ドヤ顔で見せる。
「恋の病の完全治療法を解明した若き天才科学者。夜間夏目博士についてさ」
「え!夜間博士にアポ取ってたんですか?そんな特ダネがあるなら早く言って………」
「言ったろ?お前は帰っていいって。自分もアイツも、大切な用事があるものでな。じゃ!」
「あちょっと!!待ってくださいよ、センパイ!」
囲炉裏は走る。事前に決めておいた、秘密の集合場所に。全力ダッシュで1キロ程度、カッターのまま人混みを走り抜ける。
「……………紅葉!!!!………記者共は、うまく巻けたか!!!?」
「ああ。君以外はね。この場所が寂れたままで、助かったよ」
花火大会会場近くの、海岸。あの時と変わらず、人気が無い。
「………ああ……もう八年だっけか。早いもんだ…………じゃ、あいつらに見つからないうちに、お前の店に行こう。まさか九色の一等地に構えるなんて、自分も思ってもみなかったぜ」
「それは俺自身もだよ。そうと決まれば早く行こう。夏目を待たせちゃうからね」
「…ああ」
帽子をかぶり、いそいそと移動する。そこから、さらに1キロほど歩くと、そこにあった。
九色スーパー銭湯から徒歩で三分程度の高級店ひしめく九色の一等地。
木枠に、大きなすりガラス。
金色のオシャレな文字が刻まれた店名。
「トリミングショップ、春………か。ここまであからさまだと、逆に清々しいな。おまえ、なんか変な記事書かれても知らねーぞ」
「それはキミが何とかしてくれるんだろ?信じてるから」
「ハイハイ。なんつー恐ろしいムチャ振りだよ」
くふふっ、と二人が笑い─そして、まだ誰も来ないはずのその店に、入っていく。
「お待たせ夏目。案外巻くのに時間がかかってさぁ」
「フンッ……いま来たところさ。いや、ガチでホントに。キミたちに投与できる薬、遂に販売認可が降りたんだよ!!早速買ってきちゃった♡」
「え、処方箋は?」
「そっ、それは………父さんに色々配慮してもらって……」
「うわ、職権濫用じゃん。いいのぉ、それ」
「細かいことはいいんだよ!今日はめでたい日。珍しく、四人で集まれるんだからさ。父さん、怒ってたよ?毎年、キミたちカップルがお腹壊して来るって。どれだけ俺が苦労したか!!」
「あはは……ごめんよ。結局あの時から、キミのお父さんにお世話になりっぱなしで。春陽と居ると、つい盛り上がっちゃってさ」
「だーからあの時も、無理なら食うなよって言ったのに!ポテトと唐揚げ雨晒しにして全部食べたら、そりゃそうもなるでしょ!全く」
「え、お前らそんなことやってたの?紅葉ぁ、感謝しときなよ?自分にも、夏目さんとこにも」
「そりゃもちろん。トリミング、個人的にタダでしてあげるからさぁ〜」
「果たして今のお前に、そんな暇があるのかね。今日はともかく、これから忙しいでしょ」
「そうだね。今日はともかく……あ、噂をすれば」
入り口に据え付けられた鈴が鳴り、入ってきた気配が…二人。
「なあんだ、春陽じゃないのかぁ。びっくりした」
「なあんだとはなんじゃ、囲炉裏。儂らはまだ、現役バリバリじゃぞ?」
「そうよ。私はトリミング界の流れ星なんだから。無視できない輝きを、放っているでしょう?」
「マスター、言葉師匠!!」
黒の正装に身を包んだ二人が、花束を持って現れる。
「遂に開店日、なのね。トリミングの師匠としても鼻が高いわ。すごい………椅子もハサミも乾燥室もシャワールームも、全部清潔で最新じゃなーい!!良いわね〜、一つ分けて欲しいくらい」
「フフッ。どのトリミング用のハサミもクシも最新科学に基づいた、獣人別に個別に対応できる仕様!乾燥室は特に、力が入っています。あの九色スーパー銭湯に置いてあるモノよりも、二段階は先にある技術を使用……高い買い物だったけど、相応かな。そう言えば、春陽は?」
「ああ、彼は自分の仕事が忙しいようでの。今走って向かっておる」
「あら貴方、店を彼に任せてきたの?案外鬼ね」
「まあ良いじゃろ。儂も歳じゃし」
「一生現役のハズでは…?」
囲炉裏が突っ込みを入れ、その場が笑顔に包まれる。紅葉はスーツから、トリミング用のシンプルな服に着替え、器具をしっかりと確認する。そして、カバンから取り出した一枚の紙を、愛おしそうに眺めた。
「……全く、春陽のやつ、要求多すぎ。いくらこの俺が、今をときめく超絶カリスマトリミング師だからって、ムチャ振りが過ぎるよ。でも………」
鈴が鳴る。そこには、頭に花弁を散らして、肩で息をする………春陽が居た。
「お待たせ!!!意外と、色々売れちゃって……」
「ほう。コーヒーがかね?」
「いや。今置かせてもらってる、手作り花飾りのほうが…」
「ズコー。うう………ディナータイム以外も、コーヒー、売れてほしいのう………」
春陽は、そんなマスターをするっと通り過ぎ、紅葉の元に走って行く。
「紅葉ぁっ、お帰りっ!!!会えなくて寂しかったよ!!!」
正面から恥ずかしげもなく抱きついて、手を後ろに。紅葉もまた、春陽を抱きしめる。その手には、同じデザインの、指輪がはめられている。
「……ただいま。さぁ、早速始めよう。もう用意してある。最初の、お客様だからね」
「……さみしいけど、俺達はお邪魔だろうから、お邪魔するぜ。まだ完治してないんだから、迂闊にイチャイチャすんなよぉ?ま、それも今日で終わりだけどよ」
二人がめちゃくちゃ空気を作り始めたのを悟って、夏目が立ち上がる。そして店内の待合のための机の上に、錠剤の入ったハコを置く。
「1日二錠。三日飲めば効果出るぜ。」
「へぇースゲェ。その話、もっと詳しく聞かせていただけますか?夜間博士」
「うわ、急に仕事モードかよ。でも、もちろんいいぜ?約束だからな。」
「儂たちは、近くの店でたむろするわい。」
「そうね。みんなで、九色スーパー銭湯にでも行きます?」
「おお、良いねぇ!じゃ、そうしよっか。2人も、後で合流して、メシでも喰おうぜ」
「わかった!じゃあね」
四人が去り、一気に静かに。
それを見送ると、更衣室にも入らないで、春陽は服を脱ぎ始める。
「おっと、困りますお客様。お着替えは、あちらの更衣室で…」
「良いじゃん、二人きりなんだからさ。もう、僕たちお互いに隠すことなんてないでしょ」
あの時と同じデザインの、オープンタイプ。
「ん………ちょっとドキドキするかも」
「全く。お客様、カット中は倒れないでくださいね?事前に、この錠剤をお飲みになってください」
「もう紅葉。いつまでそんな芝居がかった口調なわけ?いつも通りにして」
「ハイハイ。ではどうぞ、お掛けになって」
カットクロスを着せられた春陽が、椅子に座る。
「……約束、果たすよ」
「……うん」
シュッ、シュッ。
霧吹きの音が空間に響き、そして。
チャキチャキチャキチャキ………
洗練されたハサミの音が、二人きりの世界を満たす。
「おお!!すごい!!師匠……もとい言葉さんにも見劣りしない、どころか!!超えたんじゃない?」
「どうだか。何でかわかんないけど、猫獣人の資格の勉強だけ、妙に気合が入っちゃってさ。まだ全面的に師匠を超えたわけじゃないさ」
「へぇー。猫獣人だけ、ねぇ。なんでだろうね、それは」
席を移動させ、素早く脱がせて、上半身を。
マントで隠した下半身を、ノールックで。
「……おおーー。すごい」
30分と少しで、なんと全身を切り終える。
「はいおしまい。お疲れ様でした、シャワールームへどうぞ」
「あっという間、だったね。」
「おおっとお客様。超絶カリスマイケメンキャーステキ今切られたいトリ師ナンバーワンのこのワタクシに切られておきながら、なんだか不満そうですね?」
「肩書長っ!!なんか勝手に歓声まで入れてたし…うん……まあでも、物足りないのは確かかな。なんかこう、もっと…ねっとり切られるもんかと思ってて」
「俺はそんなヘンタイじゃ無いよ。プロなんだからさ………むぎゅ」
春陽が背伸びをして、頬擦りをする。
「春陽?」
「たまには僕からやるのも悪くないと思って。……一体化」
「ん………周りに誰もいないよ、春陽。これじゃあ、何時までも続いちゃう」
「それで良いじゃん。僕は、とても幸せだよ」
春陽を抱き寄せて、夏目は笑う。
「………俺も。キミに出会えて良かった」
いつまでも離れない二人。舞い散る毛と羽根。彼が机の上に置いた、ファイリングしていたトリミングプランシートが、エアコンの風に捲られ、何も挟まっていないページをうつしだす。
約束を果たした二人にも、これからもきっと続く、永遠の春─
そこに挟まれる新しいページを、未来はきっと、待っている。
一体化! 芽福 @bloomingmebuku
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