自認・裁判官

うさだるま

わたし裁判

 間違っている。それは間違っているから有罪である。

 反論の余地なし。執行猶予もなし。当然、減刑もなし。正しくないものは世界に入らないし、認めない。

 

 今日も頭の中で裁判が開かれる。今日の議題は『かき氷にお金をかけるのはどうなのか。』についてだ。

 学校、三限後の休み時間。クラスメイトが「この前の休日、かき氷を食べに行ってさ」なんて言っているのが聞こえた。その瞬間に私の頭の中には裁判所が開かれる。弁護士、検察、裁判官。容疑者以外、全部私だ。所内はピリつき、一触即発の様相を呈している。

「かき氷なんてものは、ただの水を固めたものを削って、盛り付けたものでしかない。大部分が水でできていて、お腹が膨れる事なんてない。それなのに世の人々はかき氷をありがたがって食べている。そんなのは間違っている!!!」

 検察である私Aが指を掲げ、声高々に訴える。

 それに対して弁護士である私Bが反論する。

「いいや違います!かき氷はただの氷ではないものを使用しているものも多く、ただの水を固めたものという発言は正確ではない!それにかき氷はお腹を満たすために食べているのではなく、涼を得る為に食べているのです!」

「涼だって?じゃあ別にかき氷でなくても良いじゃないか!」

「それは詭弁ですね!そんなことを言ってしまっては、全ての食べ物はサプリメント等で栄養を取れば食べなくても良いことになりますよ!」

「静粛に!!!」

 脳内にガベルの音が響き、激しくなる私達の討論を止める。私裁判官だ。

「私達の意見は分かりました。かき氷についてどう思っているかも十分分かりました。では判決を出させていただきます。」

 私裁判官を見て、固唾を飲む私達。

 私裁判官は堂々と言う。

「判決!有罪!!!かき氷にはお金はかけられない!!!そんなのは間違っている!!!」

 頭の中ではガベルの音が何度も響いた。

 その時、ちょうど休み時間の終わりを告げるチャイムがなった。

 私はスマホで見ていた、一杯千円強する桃のかき氷のページを閉じてポッケにしまう。そしてカバンから四限の数学の教科書を取り出した。


 教室はチャイムがなってもワイワイガヤガヤとしていて、うるさい。先生もすぐには来ないし、何故か男子は丸めた紙を投げ合ってるし。あの男子達はルールを守ることができないのかもしれない。ルールを守らないことこそ、美徳であり、ルールを守らないことにアイデンティティを見出しているのかもしれない。恥ずかしい人たちだ。裁判にかけるまでもない。有罪だ。

 バタバタとスリッパの足音を鳴らして、走って入ってきた先生は、一言「ごめん」とだけいってすぐに授業を始めた。つまらない授業、いつ洗ったか分からない、ヨレヨレのワイシャツ。有罪だ。

 私はチラリとスマホを見た。時間は授業が始まってから10分も経ってない。どうやら通知は来ていないようだ。

 私は一つため息をつき、教科書に視線を戻す。

 それでも頭に浮かぶのは自分の書く小説のことだった。

 高校に入る以前から、ずっとネットで細々と小説を書いていた。最初は書くことが楽しかった。誰か一人に読まれただけで、一週間は喜んだ。毎日、何かを書いて投稿し、それに反応がくる。もっと面白い話を書けるように努力し、もっとみんなに読んでもらえるように、工夫をした。

 頑張って、頑張った末に、多少は伸びた。閲覧数もいいね数も。でも頑張った対価にしては、あまりにも少なかった。

 そんな時にネット小説のランキングが目に入った。

 あんだけ頑張っても届かないランキングに入る本達はいったいどんなものなのか気になった。

 しかし、私は見たことを後悔した。

 一位から百位までほとんどが似たジャンルの小説だった。無駄に長い名前で、1分足らずで読める話を毎日ダラダラ流しているだけの小説のように思えた。

 コメント欄では作者と閲覧者が旧知の仲であるようで、親しく話の内容について話している。「今回も面白かったですね。」と。

 あんな短い話で何が分かるものか。

 私の努力は、私の工夫はジャンルの人気や、横のつながりには勝てなかったのだ。

 私はそれが許せなかった。

 私は敗北を認めたくなかった。

 私はそれを『間違い』とした。

 叩きつけたスマホの画面にヒビが入った。

 それでも私は書くことをやめなかった。ここで書くことをやめたら、負けを認めることになる。そんな気がした。楽しさや嬉しさなどもうない。ただ矜持だけで話を書いた。勝つために書いた。いいねやコメントを待ち望んで書いた。

 しかし通知は一向にならない。何度見ても何度見てもならない。スマホをチラリと見る。まだ授業が始まってから15分だ。

 だいたい今の人々はエンタメが分かっていない。

 やれ、考察だ。やれ、奥が深いだ。

 考察に価値があるのは、それをしなくても面白い時だけだろう。

 カンカンカン。ガベルの音がなった。

 裁判が始まる。


 今回の議題は『考察ありきの話はどうなのか。』

 私Aが意気揚々と立ち上がり発言する。

「考察なんてものは、考察がなくても面白いときにこそ、輝くものなのだ!それなのに、お客さんに考えることを強いるような話をつくるのは間違っている!ただの説明足らずを「考察しがいがある」といってしまうのは如何なものなのか!!!」

 私Bがそれに対して、反論する。

「お客さんが自分で自分の解釈を作品に投影できる、お客さんを含めての作品ということでしょう!強いているのではなく、協力を求めているのです!それを最初から否定し、協力を拒むような見方をすれば、それは当然つまらないでしょう!説明足らずではなく、協力足らずが問題の本質であると考えます!」

「お客さんとの協力だって?馬鹿らしい。自分の作品を他人に委ねることのどこが良いんだ!他の仕事で仕上げをお客さんに任せる事なんて、ほとんど見たことがないぞ!」

「セルフレジ、ドリンクバー、バーベキューにグランピング!お客さんに任せても成功しているものはいくらでもありますよ!少しも馬鹿らしくなんてない!!!」

「静粛に!!!」

 ガベルの音が響く。私裁判官だ。

「判決を言い渡します!」

 重々しい顔で、私裁判官はいう。

「判決!有罪!!!考察ありきの話は間違っている!!!」

 カンカンカンカン!ガベルの音が脳内で鳴り響いた。


 長かった数学の授業が終わると昼休みに入る。

 教室全体で好き勝手に喋ったり、遊んだりして、騒々しい。私はいつもの友達数人と固まって、お弁当を広げた。

 次の授業の話、もうすぐ来るテスト期間の話、そんなどうでも良い話をダラダラと喋るのが楽しい時間だ。

 話が数学の先生の悪口に差し掛かったタイミングで、ピコンと高い音がスマホからなった。

 私はすぐにスマホを取り出して、確認する。

 ……SNSの広告だ。

 私は肩を落として、スマホをしまう。

「どうしたの?」

 友達の一人が私の様子が気になったようで、聞いてきた。

 「最近、スマホを気にしてるような気がするけど。」

 他の友達も「確かに。」とか「何で?」とか口にし始める。

 私は鼻から息を吐いた後にこう言った。

「……長くなるけどいい?」

 私は自分が小説を書いていること、それが伸びない事、ランキング上位のヤツらが許せないことを話した。

「それは確かに悲しいね。」

「でしょ?間違ってるんだよ。おんなじジャンルしか評価されない。皆んなが皆んな、それしか読まないんだよ。だから……」

「でもさ。」

 言葉を遮るように、友達は言う。

「間違ってるどうこうとか言わずにさ。ランキングの人達と同じジャンルを書けば良いんじゃない?」

「……え?」

「いや、だってそうすれば伸びるんでしょ?じゃあそうすればいいじゃん。」

「そ、それはさ。なんか……プライドが。」

「プライドねぇ。真正面から戦ってないのに?」

 友達は引き攣った笑顔の私に追い討ちをかける。

「それは本当に正しいの?」

 カンカンカンカン。

 頭の中でガベルが鳴る。開廷だ。


 今回の議題は『真正面から戦わずに非難をするのはどうなのか。』

 被告人は私。弁護人、検察官、裁判官。全員、私。

 沢山の私が私を見ている。

 検察官の私が立ち上がり、私を見て、発言する。

「被告人は、ランキング上位の小説に対して、同じジャンルばかり。短くて内容がない。所詮、横のつながりでの評価。といった発言をしましたが、それが真実であれ、間違いであれ、人気が獲得できるならば、するべきなのです。それをしないと言うことは、戦いから逃げ、安全圏から攻撃をするようなもの!どうもこうもありません!はなから間違っている!!!」

 それに対して、弁護士の私が反論する。

「自分の作品で戦いたい!その強い思いの現れであり、同じジャンルで戦おうとする事はプライドに反するのです!逃げているわけではなく、自分の戦い方で戦っているのです!!!」

「プライド?勝ったことがないのに、何のプライドだ?人気が欲しいなら、それを得るための努力は全てするべきだ。一つのジャンルを迎合するのも、横のつながりを増やすのも、人気が増えるならやるべきだ!やるべき事をやっていない人間にプライドを語る資格などない!!!」

「そんな事はない!!!自分を曲げてまで、勝ちにこだわる、人気にこだわることこそおかしいのです!自身の作品にプライドがなくて、どうして面白い作品ができるんですか!彼女は十分するべきことをしている!」

「静粛に!!!」

 ガベルが鳴る。

「判決を言い渡す。」

 私裁判官が口を開く。

「判決!!!有罪!!!」

 カンカンカンカン!!!


「私……間違ってるの?」

「まあそうなんじゃない?」

 私の独り言に友達が答えた。

「でもさ。そうだけどそうじゃないんだよ。大体、間違ってる間違ってないは問題ではないんだよ。」

「でも、間違ってる事は絶対に存在してるよ!」

「うん。そうだね。だけど、人間って間違ってるからって、何か変わる?かき氷が高くても、お金をかけたくなくても、食べたいときはあるし、考察だってしたくなる時もあるでしょ?」

「…………」

「間違っててもいいんだよ。胸を張りな。」

 友達はニカっと笑ってそう言った。

 私はそう言う話をしているんじゃないんだよな。と間違っているんだよな。と思いつつも、なんだか胸が軽くなったような気がした。

「なんかかき氷の話をしたら、かき氷食べたくなったわ。帰りに買って帰ろー。」


 帰りに食べたかき氷は、フワフワで桃が美味しくて、でもちゃんと氷が大部分を占めてて、納得できるところとできないところがあって。

 でも、なんだか罪な味もいいような気がした。

 ガベルの音はもう鳴らない。

 

 

 

 

 

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