第十九話 小さなぬくもり


葵と美月が教室に入ると、すぐに小さなざわめきが起こった。

上半身は私服のまま、下は学校のジャージという葵の姿に、男子たちはひそひそと声を交わす。その視線には、好奇心と不思議そうな色が混じっていた。


一方、女子たちはすぐに事情を察し、そっと視線を逸らす。その中には、すでに初潮を経験している子もいて、葵の机に近づくと、声を落としてさりげなく尋ねた。

「……大丈夫?」


葵は小さく頷き、控えめに「うん」と答える。女子たちは安心したように微笑むと、何事もなかったかのように席へ戻っていった。


悠人は、体育の授業で美月が遅れてきた際、葵が一緒にいなかったことから、すでに理由を悟っていた。

(やっぱり……そういうことだったのか)


朝から葵が元気なかった理由も、ようやく腑に落ちる。

そして同時に、美月がそばにいてくれたことに、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。


休み時間。悠人は迷った末、美月の席へと向かう。

「美月、今の葵の様子、どうなの?」


美月は少し意外そうに眉を上げた。

「……どうして悠人、そんなふうに気づいたの?」


悠人は視線をわずかにそらし、頭をかきながら答える。

「姉ちゃんがいるから……なんとなく分かるんだ。朝から葵、元気なかったし」


美月はふっと微笑み、やさしく言った。

「今は大丈夫。……でも、少しそっとしておいてあげてくれるといいかな」


悠人は真剣に頷く。

「分かった」


そのやり取りを聞いていた葵は、美月に顔を寄せ、小さな声で尋ねた。

「ねえ、美月……悠人と何を話してたの?」


美月は葵の耳元に口を寄せ、ささやくように答える。

「悠人がね、葵のこと、すごく心配してたんだって」


葵は胸の奥がほんのり温かくなるのを感じ、小さく「そっか……」とつぶやいた。


教室の中に漂う穏やかな空気と、優しさに包まれた時間が、三人の心をそっと結びつけていた。



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Jewel 詩音 @shion0203futami

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