暗路に紅茶はいかが?

ハナビシトモエ

第1話 天国に一番近いマンゴータピオカ

「もうタピオカ売ってないの?」

 前を歩く岬結菜は体を左右に揺らしながら歩いている。私はそのあとをゆっくりと歩いていた。


 最近、通学中にタピオカ屋さんをめっきり見なくなり、ティックトックにタピオカの写真は一時期より少なくなった。今日は遠出をして、ターミナルビルに遊びに来た。冷房が効いている人通りの多い道でも結菜のキャラクターは変わらない。


 自由奔放で好奇心旺盛、可愛いやノリがいいと言われることも多い。

 結菜を好きな男子も多く、そのほとんどが結菜の悪い見え方でもあるノリの良さ、つまり軽さを見て。


「結菜ならやらせてくれるんじゃね?」

 というのは四割程度存在する。


 それを知ってかどうか、それでも結菜を身体ではなく好きな男子もいて、そっちに流れてくれと思うのに、結菜の興味はによってしまう。



「だって、みんな楽しくないと楽しくなれないし」



 そう言う結菜に私は心底うんざりもするけど、それでも清い交際をして欲しいというのは幼馴染の願いである。



「渚。タピオカ調べてよ」

 食堂街をいつの間にか過ぎてしまって、両側にはシャッターが増え始めた。おかしいな、どこに入ったんだろ。私は道の両側を見回した。


 喫茶店と理髪店、古風な眼鏡屋さん。どこにもタピオカらしきものは見当たらない。結菜は人通りのない通路をフラフラしている。まるで危機感がない様子に少し苛立つものがあった。


 電波も入って来ない。一度、外に出ようと結菜を呼び止めようとした。



「お嬢様、何をお探しでしょうか」

 後ろから落ち着いた声が聞こえた。振り向くと大きな体の男性が立っていた。

「あぁ、ごめんなさい。驚かせてしまったね。何か探しているようだったから」


「渚、そのおじさんは?」


「おじさんって」


「いいんですよ」


「タピオカ飲みたいから探しているの」


「タピオカですか」

 いつの間にかこちらに来ていた結菜は男性を下から見上げた。


「でかいね」


「こらっ」

 小声で言うので、パシりと結菜の肩を叩いた。


「ちょうどあそこにタピオカ屋が出来たのでいかがでしょうか」

 ん、 それってと言おうとしたら、そそくさと結菜は店に入ってしまっていた。


「早く、すごいよ! ガラガラ」

 また結菜は余計なことを。


 そう言って辺りを見るとさっきより店は増えていて、往来もよくあった。あんなに寂しかったのに食堂街に戻っていて、奧にはタピオカ屋さんも見えた。


「渚、何をやっているの。行くよ」

 結菜は通路の真ん中にいる私の腕をつかんだ。


「だって、あそこにタピオカ屋さん」


「シャッターじゃん、何も無いよ。行こうよ、かき氷もやってんだよ」

 疲れているのかな。そう思い直して私は結菜に引かれるままに店に入った。


 中にはさっきの男性がいた。


「入ってください。今日も貸し切りですよ」

 古風ながらも清潔感のある店内には寒すぎない程度の冷房が効いていた。

「さぁ、ゆっくりみてください」


「私、マンゴーがいい」


「ゆっくり決めた方がいいわよ」

 私はメニュー表を見た。ページの中には大きくとしか書いていなかった。どこを見ても、結菜のそばにあるメニュー表を見ても厳選ミルクティーとしか記されていない。


 手を挙げた結菜はやってきたウエイトレスにマンゴーと声高々にマンゴーと声を注文した。私も同じのでと言おうとしたが、店員はこちらを一瞥したもののさっさと厨房に戻って行った。


「ここのマンゴーは天国に一番近い島で作られたとても美味しいものです」

 あの紅茶は。そう聞こうとしたが男性には聞こえていない様子だった。私はもう一度声を出そうとしたが、楽しそうに話を続ける結菜の会話を妨げるのはどうにも可哀そうに思えて、私は厳選ミルクティーのメニュー表に視線を戻した。


 ところがメニュー表にはマンゴーや烏龍、チャイやストレートティーなど多くのメニューが書かれていた。さっきはそんな表記は無かったのに。メニュー表の下の小さい文字に使と現地の子どもの写真入りで書かれている。


 結菜の天国と違って、私のミルクティーは現実に使われるのか。悪い気はしなかったので、私は店内を見回した。店の奥に小さな小川とフォトスポットの様な小橋があった。まるで三途の川みたいだ。



「私、あれ撮りたい」

 結菜はふよふよと吸い寄せられていく後ろをその男性が「暗いからゆっくりね」と言って追いかける。

 私の目がないところで結菜と男性がどのようなやり取りをしたかは分からないが、なぜか私は結菜を止める為に立ち上がった。



「ちょっと待って結菜」


「どうしたの。渚」

 やっとこっちを向いてくれた。


「席で待っていようよ」

 自分でもその止め方で何の説得力があろうか分からなかった。


「おじさんもしばらく来ないって言っているよ」

 オーダーしてからもう十五分は経つ。混んでいたらまだ分かるが、客は私たちしかいない。おかしいよ、そう言っておかしいと思ってくれるくらいの関係だと思っていた。


「おじさんね、私の話をたくさん聞いてくれるの。クラスの男子も上辺だけで私に触ってくるし、最近はお父さんも変なのに。おじさんはそういう言うのではないの」


「おかしいよ。出ようよ」


「なんで? ちょっと遅いだけじゃん。おかしいのは渚だよ。写真撮るだけじゃん」

 そう言われたらそうなので、引くしかなかった。でも頭の中ではたくさんの何でがあふれていた。


 おかしいよ、何で。

 言う事聞いて、何で。

 おじさん怪しいのに、何で。


 小川にかかった橋に結菜は立った。

「お嬢さん、この端を往復してください。動きながらの方が映えるよ」


「お待たせしました。天国に一番近いマンゴーのタピオカです」

 後ろからそんな声が聞こえた。


「結奈、来たよ」

 そう言ってテーブルに振り返るとバーカウンターにタピオカが置かれていた。


「へ」


「ご注文の厳選ミルクティーのタピオカです。間違えてますか」


「あ、いえ。私のです」


「ありがとうございました」

 見送られるまま私はタピオカを持ってバーカウンターを離れた。

 

 通路には色々な食事場が並び、人通りも多く大盛況だった。土曜でこれならまだ少ない方だろう。



「天国に一番近いマンゴーってなんだよ」

 私は来た道を帰り、家までたどり着いた。


 クラスの男子に性が宿った目で見られて、お父さんからもそう見られたら嫌だよな。私はそうなったことが無いのになぜか帰り道、そう考えながら帰途についた。


 部屋に戻ってもが思い浮かぶ。


 あんなにたくさん撮った覚えのあるプリクラのデータは無くて、あんなに遊びに行った写真もない。私は週明けから誰を話し、また遊ぶのか。


 あぁ、疲れているんだ。

 私は何かを忘れたままお風呂に入った。

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