第7話:張り付くヤモリ🦎



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### エピローグ


極上のバスタイムを終え、シルクのガウンを羽織る。

あの男の存在が消えてから、私の世界は本当に静かになった。空気も、ワインの味も、肌を撫でる夜風さえも、すべてが澄み切っている。


ふと、ベランダに目をやった。

リビングの明かりに照らされた大きな窓ガラスに、一匹のヤモリが張り付いていた。

ぴたりと、動かずに。こちらを窺うように。


その目を見た瞬間、私の動きが止まった。

爬虫類特有の無機質な瞳ではない。そこには、見覚えのある、必死の許しを請うような、惨めな光が宿っていた。

この窓にへばりついていた、あの男の目と、全く同じだった。


まさかね。

私が嘲笑しかけた、その時。

ヤモリが、前足で窓をコン、コン、と叩くような仕草をした。

「俺だよ、俺」とでも言うように。


「……マサ」


口から、自然と、あの男の名前が漏れた。

ああ、そう。そうだったんだ。

あの産業廃棄物、まだ成仏していなかったのね。そんなものに成り果ててまで、この家に執着するなんて。


私はためらわなかった。

すっと窓を開け、そばにあった雑誌を丸めると、力いっぱい、それを叩き落とした。


**うわあって、落ちていった!(笑)。


小さな黒い影が、闇の中へと吸い込まれていく。

私は身を乗り出し、遥か下の地面へと消えたそれを見下ろして、静かに呟いた。


「**ここ、11階だよ? ひひひ**」


乾いた、甲高い笑い声が、夜の闇に響く。

私は窓をぴしゃりと閉め、鍵をかけた。


「**しらん。さあ、寝よ**」


この家は、私の城。

たとえ、どんな姿に成り果てようと、もう二度と、どんな"虫"も入れるつもりはない。

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さらば、愛しの風呂ショットマン 志乃原七海 @09093495732p

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