きっと静寂を待っていた

白湯の氷漬け

きっと静寂を待っていた

 たぶんこれ二回目だ。不意に気づいてももう遅かった。ビルの窓に反射する世界は逆さで、透けた私の足を通して見る空は、やけに青く澄んでいた。まったく、救えない。鉛を飲み込んだような気分を、すべて精算した気になっていた。鮮やかな街路樹が迫り、のっぺりとしたアスファルトが迫り、私は固く目をつむった。

 瞼の裏が赤く照らされる。薄く目を開くと、不躾な青が視界を塗りたくった。デジャヴを感じたがよく分からない。起き上がってみて屋上と気づく。ペンキの剥がれつつある柵に陽炎を見る。ああ。そうだった。陽炎にひたひたと歩み寄る。視界の底にビル街が広がる。それを縫って跋扈する人波に、ひとつ悪態を呑み込んで、悪態を生む自分自身に胃を刺される。それも今日で終わりだ、終われる、それだけが頼りだった。屋上の縁を裸足で蹴る。うっ、と沈む身体に本能が警鐘を鳴らす。重力に手を引かれ、空の真逆に吸い込まれて、眼前にビルの窓が現れた。だが私の姿だけは映っていなかった。ようやく私はデジャヴの正体に気づいた。

 たぶんこれ二回目だ。不意に気づいてももう遅かった。ビルの窓に反射する世界は逆さで、透けた私の足を通して見る空は、やけに青く澄んでいた。まったく、救えない。鉛を飲み込んだような気分を、すべて精算した気になっていた。鮮やかな街路樹が迫り、のっぺりとしたアスファルトが迫り、私は固く目をつむった。

 瞼の裏が赤く照らされる。薄く目を開くと、不躾な赤が視界を塗りたくった。デジャヴを感じたがよく分からない。起き上がってみて屋上と気づく。崩れて鋭利な側面が飛び出した柵越しに星空を見る。ああ。そうだった。星空にひたひたと歩み寄る。視界の底にビル街が広がる。それを縫って跋扈する人影に、ひとつ悪態を呑み込んで、悪態を生む自分自身に胃を刺される。それも今日で終わりだ、終われる、それだけが頼りだった。屋上の縁を裸足で蹴る。うっ、と沈む身体に本能が警鐘を鳴らす。重力に手を引かれ、空の真逆に吸い込まれて、眼前にビルの窓が現れた。だが私の姿だけは映っていなかった。ようやく私はデジャヴの正体に気づいた。

 たぶんこれ二回目だ。不意に気づいてももう遅かった。ビルの窓に反射する世界は逆さで、透けた私の足を通して見る夜空は、やけに赤黒く落ちていた。まったく、救えない。鉛を飲み込んだような気分を、すべて精算した気になっていた。ばちばちと呻く電線が迫り、起伏したアスファルトが迫り、私は固く目をつむった。

 瞼の裏が赤く照らされる。薄く目を開くと、不躾な青が視界を塗りたくった。デジャヴを感じたがよく分からない。起き上がってみて屋上と気づく。崩れて鋭利な側面が飛び出した柵に陽炎を見る。ああ。そうだった。陽炎にひたひたと歩み寄る。視界の底に広がった、廃墟を縫って跋扈する影に、ひとつ悪態を呑み込んで、悪態を生む自分自身に胃を刺される。それも今日で終わりだ、終われる、それだけが頼りだった。屋上の縁を裸足で蹴る。うっ、と沈む身体に本能が警鐘を鳴らす。重力に手を引かれ、空の真逆に吸い込まれて、眼前に起伏したアスファルトが現れた。混乱する間もなく、私は顔から地面に打ちつけられた。

 私はただ転んだようだった。鼻は折れたとしか思えない。うつ伏せのまま顔に右手をやって、手のひらを透かして地面を見た。


 一瞬、頭が真っ白になった。

 上半身を捩じって飛び降りたはずのビルを見た。そこにあったのはコンクリート破片の山のみだった。向かいと隣のオフィスビルを見た。えぐれて断面から飛び出した鉄骨が、青空に晒されて艶めいていた。ちぎれて水に浸かった電線はうんともすんとも言わず、影だと思っていたものは、ひび割れて盛り上がった地面をまだらに染める、インクをぶちまけたような赤黒いしみだった。夕暮れにブラックホールを埋め込んだような、その狂気を感じる色に、ようやく私はデジャヴの正体に気づいた。

 この街を何度も見下ろしてきた。最初はありふれた絶望だった。嫌気がさして、嫌気がさして、嫌気がさして。頭に血が上って矛先は自分に向いた。花さえ手向けてもらえなかった。繰り返すほかに絶えない怒りをどうしようもなかった。

 私は断片しか見ていない。だからあの真夜中に見た、燃える夕焼けの意味も分からない。それがどう街を灰色に沈ませたのか、私にはどうでもいいことだ。どうでもいいことに時間を費やすのが、昔は好きだったのにな。

 足元に転がるネジを蹴った。ただただ足は空を切った。帰ろうかと思った。帰る場所が思いつかなかった。家と呼べる処を探そうと思った。瓦礫の影を見つけて、寂しそうな電柱でも抱きしめて、それからやっと、やっと安心して眠ろうと思った。

 すべてが過ぎ去った青空のもと、私はそっと一歩を踏み出した。

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きっと静寂を待っていた 白湯の氷漬け @osuimono_gubi

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