第41話 埋伏

「ハノンよ。それは一体……?」


「ぼ、僕にも分かりません。アリス様を守らないと、と思ったらいつの間にか出ていました」



我の前に透明な盾のようなものが浮いている。これが出てから、敵であるマルコキアスからのプレッシャーを感じなくなったから、あらゆるものからの防御フィールドなのだと思う。


我はこれを見たことがある。……前の魔王時、勇者が使った守りの術だ。我の一切が通じなくなった。これにより我は千載一遇のチャンスを逃し、勇者に破れたのだ。



そんなものをハノンが使った? やはりアイテムボックスを持っていたことといい、勇者、いや勇者の末裔か? ……大きな器といい、そんな気がしてはいたが、やはりか。味方に引き込んでおって本当に良かった。勇者と戦うのはもうこりごりだからな。



しかしそんな防御があるなら気を使うことはないな。同じ技量を持った相手にマルコも手こずっておるようだし。



「マルコ、のけ!」


そう叫んでから額の魔石に魔力を集中させる。我にとって使い勝手がいい一撃必殺の魔法がある。


「〈ディスインテグレイト〉!」


二本指を額に当ててからそれを敵マルコシアスに向けた。額から比較的遅めの光が筋を描いて飛び、我に対して反応しようとしていたマルコシアスに当たった。


当たったと認識した瞬間マルコシアスは消えた。この世界から一瞬にして消えたのだ。実際のところは消えたように見えただけで装備ごと全て分解され世界に還元されただけなのだがな。



「ひぃ」



マリウスが怯えきっておるエドモンドの罪を見て、〈マジックロープ:バインド〉で縛る。


「予想通り、真っ黒です。人の身でこれほどの罪を重ねられるのか、と思えるほどです。このまま放置していたら世界を自壊させるほどのモノになっていたかもです」



「どうやって召喚したのかは知らんが、マルコシアスをいいように使っておったな? 人の身で我らを制御するなど万死に値するわ。お前は生贄にする。……いいよな、ハノン?」



『モリー、ハノンにかけた魅了を解除せよ』


『こんな場でいいのですか? どうなっても知りませんよ』


念話では否定的なことを言っておるのに、顔がニヤついておるぞ、モリーよ。



パルなんぞは、ハノンを人間であるとは思ってなかったようだな。勇者は人間からの突然変異みたいなものだからな。



ハノンにかけられた【魅了】は解除された。

モリーに対する感情は平常に戻ったはずで、元より我はモリーの上司だから、程度でしかない。

それにもともとこやつらはマルコがいないときからおったから【支配】も受けておらんしな。

だから今は補正なしの完全な自己判断、というやつになる。


その状態でハノンに問いたかった。



「はい、賛同します。エドモンドの悪評は隣領のハーシェルにも轟いているほどで、およそ人のものとは思えませんでした。きっと、関わった誰もが賛同するでしょう。僕も、僕の責任で、賛同します」



「報いを受けさせるのであれば、生かせて苦しみで縛ることも出来ますよ?」


パルが怖いことを言う。一般人が聞いたらドン引きじゃぞ。しかしまあだからこそ、ヴェパルの疫病などという技を持っておるんだろう。


「もはや罰することすら無意味だと思います。ならば生贄にでも捧げてもいいのではないでしょうか? それがアリス様の利益になるんでしょう?」



「もはや気づいておるようだが、我らは魔属だ。そして我は魔王である」


「魔王……、様でしたか。かなり上位であるとは思っておりましたが、頂点でしたか。過去は知りませんが、今の、僕が知っている魔王アリス様は、僕の基準で悪だとは思えません」


過去、我を破り、封印した勇者の末裔が、我を認めた。


「どう考えてもモリー様も、マルコ様とか特に、マリウスさんやパルさんも、とても人間技とは思えないことをやってのけていましたしね」



この場でブヴァード領主エドモンドを生贄に捧げ、【可能性】に分解した。それで得た【可能性】を使い、特殊な魔属を生成した。身代わり専門のものである。しかも安く作ったので知能も行動力も最低限しかない。

エドモンドの身柄がないと困ることもあるだろうからな。



「さて、やるべきことはやった。この身代わりはおいておいて、我らはしばらく潜伏しよう。隣領ハーシェルのものがいずれやってくるだろうからな、この後のことは人間に任せよう。人間がやり始めたことだしな」



「マルコよ、お前には向かぬことをあえて頼む。ヘオヅォルとニコラと合流し、彼らを支えよ。奴らは今後のブヴァードの役に立つであろう」


「確かに向きませんな。しかし全力で挑みましょうぞ」



「マリウスとヴェパルはこの町プロテウスに残り、後始末を頼みたい」


「ハーシェルの者にこの偽エドモンドを引き渡し、その者たちの罪を見ればよいのですね。承りました」


「私は疫病の後始末かな。万一解除できていない者がいたらやっかいですしね。了解りました」



「モリーとハノンは我と共にブヴァードの町を巡り、後始末をつけ、ネソの村に戻るぞ」


「お付き合いしますわ」


「僕の意志で、ついていかせてもらいます」



「では、しばし別れるぞ。まあ何かあれば念話があるしな」


皆がうなずく。



我とモリー、ハノンはまずヘオヅォルとニコラの元へ、マルコと共に合流する。ゴブリンたちを開放し、人里離れた場所へ向かうようにさせ、グリフォンどもは我らの騎乗動物になってもらった。


グリフォンどもは駱駝も食うから、モリーは嫌がっていたがな。


グリフォンでガラテアやタラッサに寄り、町の代表格にプロテウスへ向かうようにしておく。


アロンやサムソンの報告によると、王国内でのエドモンドの立場を完全に瓦解させたらしいからな。


ハーシェルの領主はなかなか見込みのあるやつのようだ。


だから混乱が収まるまでブヴァードを任せようと思っている。本人らもその気で動いておるだろうしな。



我は実質支配で十分よ。


各町の代表格は皆我に【熱狂】しておるし、それがなくても我の支持に回ってもおかしくないことはしているつもりだ。


やや時間がかかったがネソの村に戻った時は、またネソの村は祭り状態よ。約束通り、村の守護者であったグレーターデビルは魔将にしてやろう。我の副官の一人となるが良いぞ。村の守護者はまた作ってやる。もちろん今まで守護者であった魔将の部下としてな。


さて、我はブヴァードとハーシェルの様子を見ながら、ハノンと会話の日々を過ごすことになるだろう。

魔王と、勇者の末裔とでのすり合わせだ。


我が属性が【絶望】であった時には考えられぬ事態であるが、今の我が属性【希望】であれば、身のある会話となろう。


今の我の見た目も貧弱ではあるが、今では悪くないと思っておる。



さてはて、人間どもはどう動くかのう。動き次第では我がまた前面に立ち、今度は王国を取らねばならんかもな。だが、現時点ではどうなるのか我にも予想がつかぬのう……。

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二度目の魔王は希望を与える なぞまる @hukaganazomaru

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