「波間にお便りを」
霧谷
✳✳✳
──SE//ノイズのかかった深夜0時を告げる音。
『もしもし、もしもし。聞こえていますか。今日も始まりました、「きみのそばで」。この時間は少しだけ公共の電波をお借りしています。この声が聴こえたきみの世界を、少しだけ私に教えてもらえないかな』
SE//紙をめくる乾いた音が二、三度。
『今日のお便りは「夜を迎えると考え事が止まらない」にしようか。このリスナーさんは昼間は周りの人に合わせて生活しているけど、夜になると「自分は周りに合わせてばかりだ。本当の自分が分からない、周りのしがらみを全てほどいてしまったら自分の中身が空っぽかもしれないのが怖い」と考えてしまうらしい』
SE//机に肘をつく鈍い音。次いで、ボールペンのノック音。
『あるよね、そういうこと。周りに合わせすぎて自分が分からなくなるのは大きく見たら、ある種現代の抱える悩みなのかもしれない。画一化、違うことは悪、統制が取れてこそ正しい世の中。そりゃあ人としての理に反するのはダメだけど、自分を隠し過ぎて見えなくなるのも困りものだ』
SE//息を吸って、浅く吐く音。
『……「本当の自分」ねえ。たぶん、分かる人の方が少ないんじゃないかな。私も分からないし。でも、そうだな……自分の中で「これだけは譲れない大事なもの」があるのなら、そこは絶対に手放しちゃいけない。「嫌い」の背景を辿っても苦しい感情しかないけど、「譲れない」の根底にあるのは「好き」って感情だ。その感情を突き詰めていけば自分の心の源泉が見つかるのかもしれない』
『なんて、自分の考えを挟みつつのお話でした。今夜も少しでもきみのそばに寄り添うことは出来たでしょうか。寂しい夜にはここにおいで、苦しい気持ちは吐き出したらいい。私はいつでもここに居る。あなたの声をちゃんと聞いてる。心の叫びはここに置いて行って、あなたが笑って明日を迎えられるように。以上、パーソナリティ「イヌガミ」が電波のさざなみに紛れてお送りしました』
SE//ため息の音。
「はあ〜〜〜〜…………やっぱり緊張するなあ。狗神様、このラジオの担当を私以外に出来ません?……出来、ません……。でもでも、『人に災厄をもたらす存在のイメージアップに』って言われても、私じゃ何の効力もありませんよ。話下手だから普段でもいいとこ犬を飼ってる人と話が合うくらいで、自分の話に聞き入ってもらえたことなんて……」
SE//イヌ科の獣の唸る声。
『阿呆、犬は忠義に厚い。その飼い主に好かれるのはおまえが十二分に信用に足る証だ。私は人に災厄をもたらすことが常だが、これでも人間を見る目はあるつもりだ。
呪われし存在として名高い私たちを前に「潰えた命の来世の幸せを願う」などと宣ったのはおまえくらいのものだ、せいぜいその人並み外れた感性を手放さず慈しめ。──私に響いた言葉が人間にも届いて、凝り固まった価値観を打ち壊すのが見たくなった』
『誰にも聞き入ってもらえなかったのなら聴いてくれる人間が集う場所を狙え。私の霊力が干渉できる限界として、十五分程度ならこれからも時間を確保出来るはずだ』
「それならもう少し早い時間の方が良くないですか?」
『明るいうちに場所を構えるのは私の性に合わん。夜の闇に浮かび上がるように現れ、心を掌握して月も照らさぬ影の中に連れて行く方がいい』
「さっきまでちょっといいことを言ってたのに、いきなり人でなし感を出すじゃないですか……怖いって……」
『口の減らないやつだ。おまえがご所望なら、これからもう一枠設けても構わんぞ。人間の悩みはその都度解決したところで次から次に湧き出るものだからな。……ああ、朝陽が昇るまで夜通しでも良さそうだ。私も今日はいやに調子がいい。「おまえがご所望なら」気が済むまで付き合ってやろう』
「謹んでお断りします、申し訳ございませんでした」
『分かればいい。励めよ』
SE//遠ざかる足音。次いで、イヌ科の獣の唸り声。
『──誰にも耳を傾けてもらえなかった人間の言葉が、価値観を、心を、世界にさざなみを立てるのが見たい。
それは無辜の同胞たちに対しての、手向けでもある』
「波間にお便りを」 霧谷 @168-nHHT
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