トーク キング

渡貫とゐち

第1話


「ねえ、太田(おおた)くん……、どうして急に早口になったのー?」


 後ろの席にいるオタク……もとい太田少年に興味を持ったギャルがいた。

 金色に髪を染めているわけではない。ほんのりと明るい黒髪だ。

 薄い化粧をしているらしく、近い席の距離感だからこそ分かったメイクである。


 あ、目元がちょっとキラキラしてる、と気づいた。

 普段、女の子の顔をまじまじと見ないので、太田少年は魅入ってしまった。


「? 太田くん?」と前の席のギャルが首を傾げる。おっと、じっと見ていたら気持ち悪がられてしまう、と思い、太田少年はさっと目を逸らした。


「おっとー、無視かなこのこのー」


 席替えをして数日が経ち、気づいたことだが、彼女……かなり大胆だ。

 今もがしがしと強く肩をつついてくる。やめてほしい……ドキドキするから!


 ――彼女は悪意なく聞いてきただけだろう、彼女の目元以上に瞳がキラキラしている。

 太田少年は手元のスマホへ視線を落とす。小さな画面に映っているのはサブスクで見ていたアニメだ。彼女は逆さまになっているそのアニメを見つけ、話を振ってくれたのだ。


 気を遣い、スマホを逆にしてアニメを見せてあげる……あ、しまった、と気づいた時にはもう遅かった。魔法少女のアニメだったのだが……彼女は「なつかしー」と言った。

 そう、小さな女の子が見るようなアニメだと勘違いしたのだ。……いやまあ、勘違いでもないのだけど……。

 深夜アニメで、大人が見るアニメでも魔法少女ものは今や珍しくもない。内容がちょっと過激で、ブラックなだけで……小さな女の子には見せられないが。


 アニメについて色々と聞かれ、太田少年はついつい、伝えたいことが多くなり、口がよく回ってしまったのだ。客観的に見ても気持ち悪いほどの早口で、だ。


 彼女は最後まで聞いてくれたものの……しかし、やっぱり引いていたようで、冒頭のセリフが繰り返されるのだった。



「早口だったねえ……普段はぜんぜん喋らないのに、アニメの話の時になると楽しそうにさー……うん、いいんだけどね。責めてるわけじゃないよ?」


 ――とのことだが、責めているようにしか聞こえなかった。


 いや、本当に責めてはいないのだろう。彼女は普通のギャルとは違う感じだった……普通のギャルとは?

 仮定してみてから、かなり主観的だと気づいたが……ともかく。


 彼女はまだ、オタクに理解があるように思える。


「す、好きなことに、早口にならないとさ……いつ早口になるの、って話じゃん……」


「いつでも早口になればいいじゃん」


 仰る通りだった。


 言い方が悪かった。

 早口というか、好きなことこそ高いテンションでたくさん喋った方がいい。でないと、じゃあいつどこでテンション高くまくし立てるように喋るのか、ということになる。

 ここでなければどこにも出す機会がないだろう。


 あとはもう、あるとすれば台本通りに演技くらいしかなさそうだ。


「自然と早口になったんだよ……僕は、下手だからさ……喋るの……」


「うん、分かるー、今もテンポ悪いし」


 うるせえ。

 とは言えないので、長い前髪の隙間から睨んでみた。


 が、前の席のギャルは「なにその目ー」とニコニコだ。


「え、けんか売ってるの? かーわーいーいー」

「どこが……、なんなだよもう……」


「ちょっとしたコツを教えてあげる。もっとさー、こう、情報を整理してから喋ればいいんじゃないかなー? って思うけど。たくさんを一気に喋りたがるから、しっちゃかめっちゃかになるんだよ。ゆっくりと……順序立てて喋ればちゃんと伝わるよ?」


 ……しっちゃかめっちゃか?


 支離滅裂だと……? 太田少年は初めて自覚した。


 もちろん上手い方ではないと思っていたが、そこまでとは……。


「……引き出し、なんだよ」

「うん?」


「喋りが上手い人は、頭の中の引き出しに、たくさんの言いたいことがあってもさ、上手く整理できてるんだ。取り出して、出すべきタイミングで自分が持ってる『尺』を使って喋れるんだけど……僕には無理だった……。引き出しを開けたらびっくり箱みたいに飛び出してくるんだよ。

 その情報をね、全部伝えたいんだ。好きなことなら尚更、良さを伝えたいじゃん……? 全部を、僕が持ってる尺に合わせてさ、教えてあげたい――。そうなるとさ、自然と早口になるんだ。じゃないと全部を伝えることは無理だから……」


 ゆっくりと喋ったら尺がなくなってしまう。

 会話をしているのだから、自分が尺を持ち過ぎてもダメなことは分かっていた。


 長々と喋って嫌われることは経験済みだから……短く、凝縮して。


 尺を丸々使って全体の一割も伝えられないなら、早口でいいから十割分伝えたい。

 それが早口の理由だった。

 上手い人なら情報を小分けにできるだろうし、続きはまた今度――もできるだろうけど、太田少年には難しいテクニックだった。

 テクニックでさえないのかもしれないが……、素人からすれば変わらない。進化した科学は魔法と変わらない……みたいなものか?


 とにかく、できる範囲でできることをしたらこうなった……仕方ないだろう?


「ふーん、伝えたいことがたくさんあるんだねー?」

「そ、そうだよ……悪いのか?」


「わたし、そんなこと一言も言ってなくない?」


 ――引き出しから溢れた言葉が足下に散らばっている。


 掴んだものから目の前の彼女へ差し出してしまうからめちゃくちゃなのだろう。

 ただ……整理するためにとんとんと整えられる器用さはない。取って出す、それだけだ。


 これはもう経験でレベルアップするしかないことだ。今の不足は仕方なかった。


「整理ができないならさ……尺があればできるんだよね?」


「え? ……うん、まあ……時間があるならゆっくり喋れるけどさ……」


 経験を積むにしても、適切な情報の出し方、相手の聞きやすさ、理解しやすさがある。

 それを知るためには長い尺で伸び伸びと喋る機会がなければ難しい。


 本番の会話は、持っている尺が短すぎるのだ。


「じゃあ、時間をあげる。語っていいよ、好きなだけ」


 と、ギャルが笑顔で。


 ……なんで? なんだ、なにが狙いだ? と訝しむ太田少年。


 警戒されていることを不満に感じたギャルが、太田少年の額に、ぴっ、とでこぴんを喰らわせた。不意打ちだったし威力も強いしで、しゅー、と額から煙が立っていそうな一撃だった。


「だっ!?」

「夜、通話でもする? いいよ――寝るまで付き合ってあげる」


「…………え、マジでなんで? なんでそこまでするの!?」

「えー、それ言わせるー?」


「はっ!? まさか僕のことを好、」


「それはねえ」


 口調が変わるほどだった。

 ……さすがに、太田少年も本気で勘違いしていたわけではないが。


「……じゃあ、なんでよ……」

「アニメに興味があったからだけど」


「…………」

「え? おかしい? だって魔法少女じゃん。こういうのって、女の子がまず興味を持つものだよね?」


「……あー、まあ、確かにそうか」


 男子でも興味を持ってもいいが、普通は女子が先だろう。

 深夜アニメとは言え、ビジュアルで興味を持つのは女子だって多いだろうし。

 彼女が興味を持ってもおかしくはなかった。


「……こういうの、興味ないと思ってたよ」

「それ、偏見だよね、太田くん。ギャルだってアニメ見るし!」


「う。……それはごめん」

「だからさ、語ってよ。布教よろしく、太田くん!」


 太田くん、という呼び名がオタクくんに聞こえるのは自覚があるからだろうか。

 いいけど、と少年は飲み込んだ。


「……でも、僕もまだあまり詳しくないと言うか……まだ一周しただけだし」


「そうなんだ? 太田くんならもう何周もして抱き枕とかも買ってると思ってたよ」


「偏見だよね?」



 ――お互い様だったね、と笑い合って。


 ふたりは連絡先を交換したのだった。




 ・・・ おわり

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トーク キング 渡貫とゐち @josho

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