帰らないでメアリ 【1分で読める創作小説2025】

鳥尾巻

忘れるなって言われても多分忘れちゃう

 綺麗なものを見ると死にたくなるよね。


 こういう感覚って自分だけなのかと思って軽く言ってみたら、親や友達には心配されるし、ネットで検索したら「命のダイヤル」とか出てきちゃうよね。

 

 そういうんじゃないんだって。


 綺麗な風景とか、人の心とか、音楽とか、芸術とか、その瞬間の感動を胸に永遠にとどめておけたら幸せなんだろうなあって感じよ。

 どんなに美しいものでも、いつかは滅んで消えてしまう訳でしょ? 自分も含めて死は誰も避けられないものだし。


 なんてことを、行きつけの喫茶店のマスターにぐだぐだ言っていたら、彼が言うのよ。


「きみは宇宙から来たばかりだからさ」


 なんだかおかしなことを言い始めたよ、この人は。そう思ったよね。

 年齢不詳で糸目の胡散臭い人だと思ってはいたけど、彼の淹れるコーヒーはとても美味しいから通ってる。


「ぼくは趣味で前世占いとかしてるんだけどね。この星に来て日の浅い宇宙人はそういうことを言うんだよ」


 はあ……。ナニイッテルカワカラナイ。若くもないし、人間として生きて結構な時間経ってますけど?


「宇宙単位で言ったら、きみはまだ若いよ。たとえばきみが初めてこの星に来たのは1630年前のトルコで」


 待て待て。宇宙単位って何? そして1630年前、トルコという名前の国はなかった。東ローマ帝国がやっとできた頃じゃない?


「まあ、そうね。うん。細かいことは置いといてよ。その後は282年前のスペインで修道士をやってて」


 うーん、たしかブルボン朝の始まりくらい……。千年以上転生せずに何やってたんだろう、私。まあ、いいや。突っ込まずに聞くわ。


「その後、176年前の日本で農家。幕末の混乱と飢饉で大変だったよねえ」


 あ、先に言われた。ていうか、結構いろんな場所転々とすんのね。次は?


「88年前のオーストリアで教師」


 ドイツに侵攻されて学問どころじゃないじゃん。今日本にいるってことは、間があまり空いてないから、すぐ死んじゃったのかなあ。


 で、それが今の私とどう関係するの?


「きみら宇宙人は、地球上のあらゆる場所で様々な経験を魂に刻んで、また故郷に還るのさ。きみは自分が見聞きしたものをみんなに見せたいって思ってるんだよ」


 へー。なんだか分かったような分からんような。


「でもきみが見てない綺麗なものはまだまだあるよ。だからまだ帰らないでね、メアリ」


 そっと顔を覗き込まれて、少しドキッとする。胡散臭い笑顔だわぁ。


 ……つか、メアリって誰よ。

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