へりくつ30 最終話・北極星の謎
休日の夜、僕はリビングのテーブルで、一枚の作文用紙を前にうんうんと唸っていた。白いマス目が、まるで「さあ、何を書くんだ?」と僕を試しているように見える。宿題のテーマは、『将来の夢』。
僕の頭の中では、これまでの父さんの言葉がぐるぐると渦を巻いていた。忍者の
「なにを書いたらいいんだろう……」
僕はペンを置くと、ソファでいつものようにだらしなく雑誌を読んでいる父さんの元へ向かった。この世界で一番大きな謎は、いつだって父さんが解き明かしてくれる。
「ねえ、お父さん。将来の夢、なんて書いたらいいのかわからないよ」
僕が相談すると、父さんは雑誌から顔を上げ、待ってましたとばかりに、にやりと笑った。
「将来の夢? よしきた。そんなの、『月を緑色に塗る仕事』とか、『サハラ砂漠に雪を降らせる研究』って書けばいいんだよ」
「そんなのあるわけないじゃない! またお父さんは、変なことばかり言って」
僕が呆れたように言うと、父さんは雑誌をぱたんと閉じた。そして、珍しく真面目な顔になって、僕を手招きして隣に座らせた。
「まあ聞けよ、空」
父さんは僕の頭を優しく撫でながら、窓の外の夜空に目を向けた。そこには、一つだけ場所を変えずに光り続ける、強い星が瞬いている。
「まだやりたいことなんてないのは当たり前だ。空は、お父さんが言ってきた変な話を覚えているだろ? 世界地図の端っこは滝になってるとか、跳び箱の中に人が住んでるとかな」
「うん、覚えてる」
「この先、面白くない事や、退屈なことがいっぱいあるかもしれない。でもな、どんな退屈な世界も、ものの見方一つで、いくらでも面白く出来るんだ」
父さんの声は、いつもより少しだけ低くて、とても優しかった。
「あの北極星みたいに、ずっと変わらない本当のことなんて、世の中にはそんなにない。だから、空はお前自身の『へりくつ』で、この世界を誰よりも面白がれる大人になれば良いんだよ。それが、父さんがお前に教えてきた、たった一つのことだ」
父さんの言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んでくる。そうか、全部繋がってたんだ。これまで僕をからかっているだけだと思っていたへりくつは、全部、僕が世界を面白く生きるための練習問題だったんだ。 僕は顔を上げて、力いっぱい宣言した。
「分かった! 僕はお父さんみたいな、へりくつ発明家になる!」
その瞬間、キッチンで僕たちの話を聞いていたお母さんが、ひょっこりと顔を出した。
「あらあら。うちにはへりくつ屋が二人もいらないわよ」
そう言って笑うお母さんの声に、父さんも、そして僕も、大きな声で笑った。僕の世界は、やっぱり父さんのへりくつでできている。そして、僕がこれから作っていく未来も、きっとそうだ。
世界は父さんのへりくつでできている~父の嘘と優しさに満ちた、僕だけの秘密の世界~ 空木 架 @Jivca
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