へりくつ29 へりくつの謎
休日の昼下がり、僕は自分の部屋のベッドにごろりと寝転がって、天井の木目をぼんやりと眺めていた。頭の中では、これまでの父さんの言葉が、まるで不思議な生き物みたいに、ぐるぐると渦を巻いている。
世界地図の端は巨大な滝になっていて、魚たちが必死に泳いでいる話。高い跳び箱の中には、人が住んでいるかもしれないという話。忍者の
どれもこれも、父さんが言うと、なんだか本当のことのように聞こえた。でも、この前のレストランでのお母さんの言葉が、僕の心に小さな、しかし確かな波紋を広げていた。『お父さんが言っているのはウソよ』。
そうか、やっぱりウソだったんだ。でも、だとしたら…。
「お父さんは、なんでいつもへりくつばかり言うんだろう?」
ぽつりと呟いたその言葉は、僕がずっと心の奥底で感じていた、一番大きな謎だった。僕はベッドから飛び起きると、すべての答えを知っているであろう人物の元へ、リビングへと向かった。
父さんは、案の定、ソファの上でだらしなく寝転がっていた。僕はその背中に、まっすぐな視線をぶつける。
「ねえ、お父さん」
「んー?」
「お父さんは、どうしていつもへりくつばかり言うの?」
僕の真剣な問いに、父さんはゆっくりとこちらを振り返った。そして、心外だという顔で首を横に振った。
「へりくつだと? 心外だな。お父さんは、お前に一度だってへりくつを言った覚えはないぞ」
「言ってるよ! いつも変なことばっかり言ってるじゃない!」
僕が少し声を大きくして反論すると、父さんは「ああ」と何かを思い出したように、にやりと笑った。いつもの、あの顔だ。
「ああ、あれか。あれはな、空。お父さんが、お前にだけ特別に出している『頭が良くなる練習問題』なんだよ」
「練習問題?」
「そうだ。世の中には、色んなことを言う大人がいる。お父さんが言うみたいな、本当か嘘かわからないような話もたくさんある。だから、空には、人の話を鵜呑みにしないで、自分で『それって本当かな?』って考えられるようになってほしいんだ。お父さんのへりくつは、そのための練習問題なのさ」
父さんは、珍しく真面目な顔で、僕の頭を優しく撫でた。父さんの言葉は、すとんと僕の胸に落ちてきた。長年の大きな謎が、すーっと解けていく。そっか、全部、僕のためだったのか。
でも、僕の心の隅っこで、小さな僕がそっと囁いていた。
(まあ、九割くらいは、ただ僕をからかって楽しんでいるだけだと思うけど)
父さんの真剣な眼差しの奥に、やっぱり隠しきれない、いたずらっぽい光がチカチカと瞬いているのを、僕はもう見逃さなかった。
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