異国転勤

 緋色の砂を踏みしめ、男は平野を見渡す。

 見覚えのない若者がひとり、こちらへ向かって近づいてきた。


「やあ、思ったより早かったね」

 少し首をかしげたようなその姿勢に、男は彼の身体に宿る魂の正体を悟った。


「俺は、どうだ? どう見える?」


 傍らに若者が近づくと、男はそう尋ねた。

 若者は男の頭から足先までを流し見て、笑みを浮かべる。

 新たな肉体はその人間の意思を如実に反映するようだった。


「いいんじゃないか? 強そうに見える」

「戦況は?」

「いまはこちらが押している。ちょっと前までなら分は悪かったけれど……火竜がそっちへ行ったろ?」


 男はうなずいた。


「護りの一角が破られたせいだ」

「……そうか。そのせいでこちらは大変だった」

 若者は興味深そうに目を見開くが、それ以上の質問を思いとどまったようだった。

 戦況の伝達を続ける。

「やつらはもう一箇所、向こうとの穴を開けようって考えているみたい」

「なんだと?」

「それを止めたら、いずれそっちでの話もじっくり聞かせて欲しいな」

 そう言いながら、手に携えていた布包みを男に渡す。

 男は黙って包みを受け取り、中を確かめた。


「少し細くないか?」

「大丈夫。そっちの鉄より丈夫で、しなやかだよ」


 包みの中から大金槌にも似た異形の剣を取り出すと、男はそれを天に掲げ、作りの確かさを検分するようにしげしげと眺めた。


「急ごしらえだから、気に入らないかも知れないけど」

「いや、おまえが見立てたのなら、十分だ」

 若者はひとの良さそうな笑顔を浮かべる。


 男と若者は人気のない荒野へ足を踏み出す。

「あのふたりはどうなってる?」

「大丈夫だろう。若さはすべてを乗り越える可能性がある」

 若者の質問にそう答えつつ、男はこれからの使命に思いを馳せる。


 竜や蟲や呪いのはびこる未開の地。


 当座の目的地は前方の緑地帯だ。


 ――さあ、これからだぞ


 口の端を上げ、笑みを浮かべる。

 待ち続けることをやめ、見知らぬ地から訪れた狩人。


 ――俺こそやつらの地を侵害する『蛮族』なのだ


 男は、残してきた者たちへの思いを振り切り、傍らの若者を鼓舞した。


「マチウス、急ぐぞ!」


 ディトワは、しっかりと大地を踏みしめ、歩みを早めていった。


                                  ≪了≫

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ドラゴレス 九北マキリ @Makiri

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