男女の“恋”、親子の“愛”、兄弟の“絆”。そして冒険。【★★】

【シンプルにレビュー】
 世界を導く“皇帝”となるべくして生まれた超常の子と、図らずもその“母”となった少女剣士の二人を軸に、王位を巡ってライバル関係にある二人の王子を加えた四人の、冒険の旅を描く物語。

 簡潔で誤解のない、読みやすくまとまった文章は読み疲れすることもなく、この魅惑的な世界を、するすると先を読み進みたくなる。まるで登場人物達と一緒に旅をしているかのように。

 ファンタジーの王道とも言える冒険行に、奇をてらったような楽しみはないかもしれない。ここには最強最弱もなく、主人公達は大いに悩み、迷っている。
 だがそれだからこそ、葛藤を乗り越えて「あるべき場所」へと至る、心地良い読書体験が出来る。これはそういう作品である。


【もっとディープに】
 異世界ファンタジー、とだけ指摘すれば凡庸に思えるかもしれない。だが、凡百の「異世界」とは、本作はいささか違った風味を持つ。『先駆けの子』による皇帝位争奪の冒険行、という世界観には、「この世界そのものを描き出す」大きな設計図の風格があり、現代的な感覚や設定をファンタジーの記号に置き換えただけの名ばかりファンタジー世界と同列に論ぜられない。ここには「奇想」があり、それがこの世界を魅力的に輝かせている。

 そんな世界を描き出す文章が、分かりやすく基本に忠実であるところには、作者の誠実さすら見て取れそうだ。「一場面、一視点」の原則も忠実に守られており、四人の思いが交錯する物語でありながら、そうした視点や文章で混乱を来すことはなく、安心して読み進められる。

 人物に目を向ければ、この小説には多くの“人間の心”が詰め込まれている。感心するほど自然に。
 表題にした通り、少年に芽生えるあわやかな恋があり、少女に目覚める母性の哀しさがあり、不遇の王子の昏い情念があり、確執を乗り越える血の“絆”も描かれる。

 実に多様な「心のあり方」を、この物語は描き出す。その一つ一つにしっかりとストーリーの流れがあり、読者を自然に引き込んでいく。
 一つの物語の中でこれほど多様な心の動きを描き出すには、通常、多くの登場人物とエピソードを必要とする。だが本作では『先駆けの子』という設定により、それらをたった四人の中で描き出すことに成功した。褒められるべき作者のお手柄であろう。

 かつまた、作中では王者の持つ“ノブレス・オブリージュ”にも通じる描写が為され、作者の視線が決して四人が描き出す狭い世界の中だけに留まらないことも示される。



 しかし難がないわけでは、(残念ながら)もちろんない。
 特にもったいないと思えるのが、この魅惑的な世界を読者に示すことに、完全に成功したとは言えないことである。
 冒険行の、そして物語の根幹をなす『先駆けの子』の存在とその宿命、旅の掟、その結末といった設定部分の「読者への説明」が逐次的で、いちいち情報がバラけてしまい、世界の全体像を掴みづらい。読者の中で、世界観をいちいち組み立て直さなくてはならないのである。
 せっかく、そうした「世界の仕組み」について無知な主人公(少女剣士)を設定しているのだから、彼女を「質問係」としてもう少し活用すべきであったろう。


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