The Quest with the Pre-Advent Child

良前 収

第1章

第1話 女剣士の到着

 女剣士ロイファは泥とほこりにまみれたマント姿でやっと目的地に駆けつけた。見上げるほど高くそびえ立つ白亜の王城は、傾きかけた秋の夕日を受けきらきらと輝いている。その前には煉瓦造りの堅固な城門と、居並ぶ兵たち。田舎の平民な彼女は一瞬足を止めかけたが、気後れしている暇なんてもうなかった。一気に走り抜けようとする。


「待て、そこの赤毛のガキ!」

 当然のごとく彼女の前に二本の槍が突き出され先を塞いだ。

「何の許しがあって、栄えあるデイアコリナの王城に足を踏み入れようとするか!」

 彼女は焦る手で懐から書状を掴み出した。

「許しならある! あたしは、北のフロラン領からの采女ウージナ候補者だ!」

 いい加減ぼろぼろになりかけている書状を兵の鼻先に突きつける。フロラン領主の印章入りの、采女候補であることを証明し王都までの旅の手形でもあった物だった。


 それにはご丁寧にロイファの外見についても事細かく記述されていた。赤毛、短髪。茶色の瞳。十六才の女にしては長身。日に焼けている肌。胸や尻の膨らみはかなり小さい。腕や足は筋肉質。

 兵はその記述に目を凝らしてから、彼女をじろじろと眺めてきた。汚らしいマントの下には傷だらけの革鎧、腰にやはり古びた剣を下げて男物の服を着ているロイファは、短髪と体格のせいもあって田舎の少年剣士にしか見えない。自覚しているロイファはことさらに大声を上げた。

「この通り、城に入る資格ならあるんだ! 通せ!」


 目の前の兵は眉をひそめた。

先駆けの子カイルド様に仕える采女は、女しかなれないんだぞ? お前、本当に女か?」

 耳にたこができそうなほど何度も何度も言われてきた疑いの言葉。

「女かどうか、この場で脱いでやろうか!?」

 怒鳴りつけると兵はさすがに慌てた様子でのけぞり、一歩退いた。

 その隙を逃さず、ロイファは兵の握る槍の下をくぐり抜けて駆け出した。

「おい! せめてそのマントを脱げ!」

 背後から声が飛んできたが、彼女は聞いてはいなかった。


 城の中に入っても同じような押し問答を三回ほど繰り返し、その度に相手へ書状と怒声を叩きつけ、ロイファは強引に最後の扉を半ば蹴り開けた。中にいた者たちが一斉に振り返った。

 見たことがないほど大きな広間だった。窓から日の光がまぶしいくらい差し込んでいるのに、さらに無駄に蝋燭が輝いていてくらくらするほどだった。両脇には着飾った老若男女がずらりと並んでいる。あれが貴族と呼ばれるやつらだろう。


 そして奥の中央に少女たちの一群がいた。彼女たちは目を見開いたり、眉をひそめたりしてロイファを見つめている。数えるまでもない、十一人。デイアコリナの十二の地方領それぞれからの候補者だ。

 その少女たちへ向かってロイファはずかずかと歩み寄った。そして平気な顔で、一人分場所が空いていた後列左端に並んだ。

「あ、あなたは……」

 隣の少女がおどおどした小声で言った。

「フロランからの候補者だ」

 ロイファは平然と答えた。

「え、でもあなた……」

「うるさいな、服を脱げとでも言うのか?」

 きつくにらむと、相手の少女はびくっと震え怖じ気づいたように顎を引いた。それにもう構わず、ロイファは他の少女たちを見渡した。


 見るからに上等そうな服を着た娘たちのうち、剣を下げている者は彼女の他に二人しかいなかった。あとの者は皆、腰までの長髪。つまりほとんどの候補者は呪士だということだ。呪士と戦った経験は剣士相手よりずっと少ないが、まあ何とかなるだろう。

 年長の娘でもせいぜい十五才程度、中には十二ぐらいにしか見えない子もいた。彼女たちは皆、窓からの光に輝く白い肌と手入れの行き届いた髪を持っていた。いいところのお嬢様ですと、彼女たちは全身で言っていた。実戦経験のある者がいるとは思えなかった。


 これなら勝てる。ロイファはにやりと笑った。明日の闘技会で上位入賞して、あの忌々しい戦士団から抜けられるくらいの金と名声を手に入れる! ずっと抱いてきた計画は成功しそうだと思えた。采女なんてなる気はこれっぽっちもないが、身よりも後ろ盾もない平民剣士の彼女は「デイアコリナで指折りの実力」という箔がなんとしても欲しかった。


 前方から突然高らかな声が聞こえた。

「先駆けの子様、ご入室!」

 その場にいる者が一斉に正面へ顔を向ける。右手の扉が音を立てて開いた。

 まず入ってきたのは、華やかな薄桃色のドレスを着た娘だった。結い上げられた金の髪。優雅にスカートをつまむ細い指先。滑るように進む歩。

 なるほど、こういうのがいわゆるお姫様かと、珍しい動物を見る目でロイファは眺めた。あのお姫様は剣を持ったこともなければ、魔獣や盗賊に襲われて死にものぐるいで戦ったこともないに違いない。


 そこでお姫様から視線を移し、ロイファはびっくりした。

 お姫様の後ろに小さな子供がいた。十にはなっていないだろう。がりがりに痩せて、白い服を着て――髪も真っ白だった。肌も生気がないと形容したくなるほど白い。

 そしてその大きな瞳は赤かった。紫でも赤茶でもない、血のような本当の赤。見たことがない色彩に彼女は目を見張った。


 お姫様と子供はロイファたちの前まで進んできてこちらを向いた。緊張した面持ちでお姫様は紅を引いた唇を開く。

「只今より、先駆けの子様による審査を執り行います」

 声もよく通る澄んだ高音だった。お姫様は少し屈むようにして子供の手を取った。

「さあ、先駆けの子様」

 そこでようやくロイファは、その子供がこの場の最重要人物なのだと気づいた。


 子供は無表情だった。ロイファの脳裏に、戦士団長の家で見た白磁の人形の顔がよぎった。何も考えていない、感じていない、人でないものの顔。その生気の薄い瞳が、並ぶ少女たちとロイファの上を滑っていった。

 やがて小さな手が上がった。折れそうに細い指が順に少女たちを指していく。

「前の右から二人目、五人目、後ろの左から三人目。彼女たちは、駄目」


 途端に悲鳴じみた声がロイファの耳を打った。

「そっ、そんな! わた、私は、ちゃんと、清らかな……っ!」

「嘘、何かの間違いです! 私は、誓って、男性とは……!」

 指さされた少女たちが取り乱し、何か喚いている。同時に、他の少女や居並ぶ貴族たちが囁くのも聞こえた。

「いやだ……三人も……」

「あの娘、まだ十四よね、それなのにもう男性を知ってるなんて……」

「なんてはしたない……」

 次いで一つの囁きも聞こえた。

「あの突然入ってきた者、あいつも女だったのか」

 そうなんでございますよ、とロイファは口の中で呟いた。


 彼女は王都までの旅も大変だったのだ。采女候補の証明書を見せれば関所は素通りでき、宿屋も無料で使えると聞いていたのに、あちこちで疑われ、追い返され……。その結果、王城へたどり着くのがこんなに遅れた。

 だがこうして、采女選びの闘技会に参加する資格を得た。あとは周りのひ弱そうな少女たちを適当に蹴散らせば、自由な暮らしが手に入る!

「先駆けの子様、ご退室!」

 また薄桃色のお姫様が先導して部屋を出ていく。周囲の者は辞を低くしたが、礼儀を知らず先駆けの子にも興味のないロイファは、明後日の方を見ていた。

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