6 滋賀・琵琶湖


 結局、寝台列車は再発車した後も進んでは停車し、また動きだしては停まりを繰り返すばかりで、夜が明けても全区間の半分も進みはしなかった。

 最初の時のような急停車こそなく、目立つアクシデントも起こらなかったが、その牛歩の歩みは如何ともしがたく、敢えなく途中駅で運転休止となった。

 旅慣れていない一部の客に取っては、朝から思わぬ災難である。


「わ、やっぱりニュースになってる。原因、まだ判ってないんですね……」


 タブレットのディスプレイに指を走らせ、煉が言った。

 山陰・四国から東京を結ぶ有名な寝台特急。それが起こした原因不明の停車は、既に朝のニュースによって全国へ報道されていた。扱いはそれなりであったが、夜行列車の遅延自体はそう珍しい話ではない。話題性にあったレベルの報道と言えた。

 全国的に見れば特に大きなダイヤの乱れもなく、ウェブ上でもSNSや掲示板に、多少の個人的見解が並んでいる程度である。

 2037年、滋賀県米原まいばら駅。

 琵琶湖の東側に位置する、滋賀県唯一の新幹線停車駅である。本日未明、特急列車は停車駅の一つだった米原で運休となり、下車した煉達も振り替えの新幹線を待っていた。

 当初は待合室を使っていたが到着時刻まで間があったため、改札を出て駅前のハンバーガーショップに入っている。


「明道さん、お待たせ。はい注文」

「ありがとうございます。はい、席をどうぞ」


 二人分の朝食メニューをトレイに乗せた芽依子が、カウンターからやって来た。店内は通勤前の会社員や、自分達と同じく寝台車から降りた者達で、客が多い。座席の確保とメニューの運搬、役割分担である。

 タブレットのブラウザを閉じ、煉がイスを引いてやる。このタブは芽依子の物である。自分のホロスクリーン端末はリュックの中だ。そして煉の膝にはその黒い犬型のリュックが乗っていた。


「いただきます」


 二人はしばし無言でホットサンドを頬張り、コーヒーを啜った。ややあって、煉が再びディスプレイに指を走らせる。


『で、ストロンボス……さんですよね? どうしてまたこんな事に?』

『判らん。正直オレも面喰ってる。あ、さん付けじゃなくて好きに呼んでいいぜ』


 ディスプレイに開かれたチャットソフトのウィンドウに、煉の打ち込んだメッセージが流れる。黒い犬のアイコンがグリグリと動いて発する返答はほぼ全く遅れが無く、まるで直接の会話のようだった。

 ウィンドウに新たなメンバーの発言が混ざる。熊のアイコン、芽依子だ。タブレットを煉に貸し、手首から展開させた自分のホロスクリーン端末で入力している。

 昨夜、突如喋って歩いて見せたこの犬型のリュックは、目撃した二人を大層驚かせ、またその様子を見たリュック自身もこの上なく仰天した。



「に、人間……? おい、ココはどこだ!? 他にもいるのか!?」

「わ、わ! 本当に動いて喋ってます、き、気持ち悪い! で、でもどうして、いえこの声……!」

「えっ、それ、このリュックがストロンボスって……あっ」

「ぬっ。お前が……おっと、ゴホン、そうか。君が通信をくれたアヅマだったのか。危険はなかった様で何よりだ。私が通信を受けたGRE‐04092s"ストロンボ……」

「いえ、貴方の素の態度は知ってるから。今更へりくだらなくてもいいわよ」

「何ィ!? お、おうそうか……ってそうじゃねえよ!」



 その後、騒ぎを聞き咎めた隣室の老婦人の苦情により一行は何とか落ち着いた。寝台の外から、声だけの注意で済ませてくれたのは幸いだったと言える。後は互いの状況を確認しつつ簡単な情報交換を行い、現在に至っている。

 さすがに公共の場でリュックに向かって会話をするのはまずかろうとの意見の一致により、タブレットを使ったチャットでのやり取りが行われている状況だ。

 端末を通じてのみ意識が現れている人形が、人目を忍ぶ為チャットを行う。これはいかにもややこしい話である。人形が端末を持って文字を打ち込むのか。

 しかしそれは無用な心配だであった。どんな手管を使ったのか、ストロンボスは物理的には微動だにせず、ウェブ上のチャットに入室し会話を始めて見せたのだ。しかも自らの外見、黒い犬のぬいぐるみを模したアニメーションモデルまで用意して。


 ――ま、これが俺達BLESSの手並みってワケよ。ソフトもネットワークシステムも古すぎて逆に苦労したがな、カッカッカ!


 得意げな態度に苛立つものがないではなかったが、煉も芽依子も黙っていた。無闇に藪を突くこともなかろう。


『そうね。驚くのも当然よね。四百年前の世界だし』

『うんうん、そうですよね。何しろ四百年前ですし。わたしの妄言の世界ですもん、驚きますよねえ~』

『クッ、テメェら……』


 語尾に「ニヤニヤ」とでも言いたげな顔文字をつけて、ストロンボスへの溜飲を下げる煉。二人とも昨夜の体験もあり、もはやこの事態に抵抗はない。

 しかし落ち着いて考えてみても、何故自分達がこうして時間を超えて互いにやり取りが出来るのかは、判らないままである。


『でも、わたしの意識だけが未来に行ってしまうのが有り得るなら、逆にスト……ストさん? ストロンさん? ロンボスちゃん? ストロちゃ……ストロさん! ストロさんの方がこっちに来るってのもあり得……ううん、いやいや。ありませんよね。そもそも前提からして普通はおかしいです』

『おい、何だその名前は』

『まあこれ自体はもう起こってしまった事なんだから、幾ら考えても仕方のない事じゃないかしら。……といって納得が出来れば、苦労はないか』

『おい流すな』


 知った所でどうしようもない、しかしかと言って、知らぬまま楽しく神奈川への旅に戻れと言うのも、また難しい話であった。昨夜の様な事が、またいつ起こらないとも限らない。


『聞いた様子だと、何らかの要因で煉が着けてる端末……このタブレットとはまた別だな、が特殊な挙動を起こしたことは間違いない。それで2435年のネットワークに接続。音声のみならず、意識までが引っ張られて、パペット・タブから出力されてたってハナシだ。オレの意識は逆のルートで煉の端末の方から、な』

『じゃあ考えるに当たって、端末周りでこれはいつもと違う、みたいな何か変わった事とかを探してみるのがいい? 変わった事だらけだけど……』

『んー……電源、でしょうか』

『電源ン~?』


 考える煉の脳裏に引っかかっているのは、昨晩の端末の様子であった。自分が戻った時、不自然に電池が尽きていた端末。関係あるかどうかはともかくとして、気にはなった。


『はい。多分、2435年むこうからわたしの意識がいきなりこっちに帰って来たのも、エル・ワークが止まって端末の電池が切れたからだと思うんです。端末を通して繋がってたなら、電源が切れるとまとめて止まってしまうかなあ、と』

『なるほどね。向こうで現れた“Empty”の表示とも繋がる、と』

『どうしていきなりエル・ワークがダウンしちゃったのかが判りませんけど……やっぱりこれ、相当負荷が掛かる様な事態だったんでしょうか? それともエル・ワークのダウン自体は、こちらとは普通に無関係……?』

『エル・ワーク? ああ、二千年代半ばに普及した無線導電か。テスラシステムの亜種だな。記録でしか見た事ねェ名まえ……あン? エル・ワーク?』

『どうかしたの?』

『そうか、それならこの……いや、まてよ確か。おい、レン。お前、体のどこかにそのエル・ワークと繋がるような装置か何か、入ってるか?』


「えっ、機械? そんな――あ」


 思わず声が出た。反射的に手が伸びる。膝。中学時に負った、バスケを止めざるを得なかった大きな傷。現在は多少の運動なら問題ない程に回復しているが、リハビリ後も無線電力の供給を得て動く、補強と稼働補助用のパルスチップを入れている。

 ストロンボスの犬モデルがグリグリと動き、幾つかのフリップボードを取り出した。そのうち一枚を貼り出す。それは人間と人型ロボットの模式図だった。


『心当たりあンだな? なら……N型大脳パルス相互循環システム"サクラメント"。関係があるとしたらこれだ』

『サクラメント? 聞いた事ないけど……未来の機械? 関係があるの?』

『2100年代初頭に研究された技術でな、大元の発案がエル・ワークの開発者、喜多見一羽きたみいちはなんだよ。勿論基幹技術にも使われてる。

 いや、正確には喜多見の残したエル・ワークのレポートが後年になって再評価されたことで、発展的に研究が着手されたんだがな』


 模式図の間に、両方向の矢印を描き込んだストロンボスが答える。二者間の矢印上に、更に波線が描き足された。


『端的に言って、オレらBLESSの意識ネットワークと人間のニューロンを、無線で同調させるシステムだ。ヒトの体内に装置を移植してな。お互いが見聞きしたものを、同期させる事が出来る。

 ま、喜多見のレポートは当時としてもウン十年前の物だ。本当に叩き台の概論だよ。技術ってのは何がどう関係して発展するか解らんモンだしな』

『それが今と未来の……この場合はわたしとストロさんを繋いでるって事なんですか?』

『いや、当然だがこんな時間を超える機能はねェよ。本来が医療用や極限環境下――ってもオレらの時代じゃ太陽系の外しかなくなッちまったけどな――の観測の為に研究されたモンだしよ。この時代の機器で似た効果が起こせるかと言うと、それもまず無理だ。技術的にな。

 だが……似てるんだ、状況がな。ヒトがその場に居ながらにして、遠く離れた地を観測できる。体内に装置が要る。単なる偶然かは、チト洗ってみてェ』


 「ただの勘だがな」と付け加えてストロンボスが沈思する。煉と芽依子はセットメニューのビスケットをつまんだ。糖分が、朝方の脳に心地いい。


『でもおかしくないですか? それは見聞きしたものを同期……同じように見たり感じたり出来るって話ですよね? でもわたしが見たものをストロさんが感じたわけじゃないし、今だって全然そんな事ありません。むしろそのまま、本人の意識自体がポンと向こうやこっちに顕れてるだけのような……』

『その通りよ。で、ここで頼みなんだが。お前の端末、一つあらためさせてくれねェか。中のデータをな。何を調べるにしても、やっぱここが最初の大元だからな』

『あ、それはいいですよ』

『えっ!?』

『いやそりゃ中高生のコドモとは言えよ? オレも女子ジョシのプライバシーなアレやソレまで諸共覗くのは気が進まねェが……あ? 何だって?』

『だから、構いません。ストロさんにも、わたしにも関わることですからね。見られて困るものも入ってませんし。あ、でも散らかしたりメール消したりとかは無しですよ。整頓の精神でお願いします』

『お、おう悪いな。恩に着るわ』


「いいんだ……」


 思わず驚きの言葉を打ち込んでしまった芽依子も、ストロンボスと同じ眼差しを煉に向ける。メッセージのやり取りを始め、普通なら公にしたくない物もあるだろうに、素直と言うか、物分かりがいいと言うか。

 だが思い返してみれば、小さかった頃の彼女も、こういう所があったかもしれない。人の望むこと――即ちその気持ち――が分からないと言った、煉には。


『だがまァ、これもそもそもが、只の仮説だ。他のセンがほぼゼロってだけだから、話半分に聞いといてくれ』

『それ、結局何もわかってないって事じゃない?』


 黙りがちだった芽依子が、オレンジジュースを啜りながら打ち込む。コーヒーは飲み終わっていた。言葉はともかく、その表情には、それなりの棘が含まれている。

 デリカシーの欠ける機械生命に、煉本人に代わる非難の眼差しである。


『手厳しいな。情けねェがその通りだよ。だが目的ははっきりしてる。2435年に戻るのに、まず全容の把握がイチバンってのは確かだ。その為には何とかこの謎を探って、上手い手をみつけなきゃならねェ。

 幸いネットワーク上の調査と各種データの解析・構築はオレらの十八番だ。やるだけやってみる、さ』

『当てはあるんですか?』

『微妙ォ。BLESSの記憶容量は人間と比べりゃケタ違いのモノがあるが、それも無限じゃない。2435年むこうに戻る手段は、今記憶してるデータと、この2037年の調査をもとに組み上げなきゃならん。

 ――ま、どうにかなるだろ。煉が2435年に行って、オレが2037年に来た。事実として、それを可能にするシステムが確かに存在した筈なんだ。なら最悪、虱潰しよ。怪しい痕跡は片っ端から潰してやる。……恐らく、そこまで時間はかからん』

『それは……ご苦労察します。まあ、乗りかかった船です。わたしでよければ、何か出来ることは手伝いますよ』

『ありがとよ。しかし学生嬢ちゃんが調べられる分野は大体超えてると思うぜこりゃ。お前さんじゃ、厳しいかもなァ?』

『ええー? 何かひどい言いぐさじゃありません?』

 

 二者の間で叩かれる軽口。昨夜出会ったばかりなのに波長が合うのだろうか、煉とストロンボスの間には既にどことなく、気安い空気が漂っている。

 芽依子はそんな二人を、遠い景色を眺めるような視線で見詰めている。


『でも――でも大変ですよね。まだ四百年も先とは言え、地球があんな事になってしまうなんて。やっぱり、その、今の時代から繋がるような根元ネモトみたいなものがあるんでしょうか。何かわたしも、気を付けといた方がいい事なんかも……』

『アーアー、そこは問題ねェよ。大丈夫だ大丈夫。カッカッ』

『へ?』

『構わん構わん。お前が今日から世界を滅ぼす大魔王になります! ってんなら話は別だが、ンな余程の事情がない限り、周りに誠実に心健やかに、適度に善く生きてりゃそれでいい』

『軽っ! いいんですかそんな感じで。ええと、ほら本や映画で見るタイムパラドックスみたいなものとか……』

『つってもな。そもタイムトラベルなんて人間とBLESSが組んでも結局実現しえなかった技術だ。研究自体はあったが、どれもその物ズバリはモノに出来てない』

『だったら、それこそ大発見なんじゃ……』

『もう使うべき人間もBLESSも、殆どがいなくなっちまった地球でか?』


「う……」


 またも言葉が漏れる。確かにそのような状況では、実際何もしようがなく思えた。


『むしろオレは、この時代とオレのいる2435年は同じ時間軸上に存在してねェんじゃないかとすら思う。異世界とか並行世界って奴だな。時代はズレてッけどよ』


 腕組みをしたストロンボスのアイコンが「ぶすー」と煙を吐き、グルグルとした渦巻き状の漫符が踊る。ストロンボスは、これが単純な時間移動だとも考えていないようだった。


『並行世界、ですか? わたし達からしてみると、そっちの方が魔法じみてるって言いますか現実感がないって言いますか……』

『そう考えた方がまだ無理がねンだよ。具体的な解説、いるか? チト長ェぞ?』

『い、いえ。結構です』


 ストロンボスのモデルが、背後からずらりと扇状に技術書の数々を取り出してみせる。夏休みの朝から科学の講義は、遠慮したい所だった。


『まあ、つーわけでだな。コレに関しちゃお前らに出来ることもなし、特に気にしなくていい。あっち……2435年の様子も心配だが、それは飽く迄オレの問題だ』

『でも』

『無論放置って訳じゃない。オレがこの機構については調べなきゃならんのは先刻さっき言った通りだ。だがな、そもそも四百年先のことなんて、人類ウン十億人、何がどうしてどう関係してくるかなんて誰も把握出来ねェよ。2037年こっち2435年あっち、直接繋がってる可能性はゼロじゃないが、行動如何で変わる事があったとして、それはお前らの責任じゃない』

『う、うーん。そう言ってくれると確かに気は楽ですが……』


 確かに理屈としては正しいかもしれないが、何しろそうそう体験できない事態だ。気持ちの置き所が、中々定まらない。


『大体お前ら今旅行中だろ? 夏休み? 平塚だったか? オレはまだ多少こっちにいるが、邪魔はしねェから。そっちを楽しんどけッて』


 そこまで言うと、ストロンボスの黒犬アニメーションはゴロリと寝転がり足を組んだ格好で、周囲に複数のウィンドウを開け、眺め始めた。

 極めてだらしのない体勢だが、彼なりの調査なのだろう。話は終りと言う訳か。


「ん、もう……」


 煉は視線を上げ、窓から駅の方を見やった。

 ……どうするべきか。実際の所、何をするにしても、ここでじっとしている訳にもいかないのだが。

 駅の入り口は、既に現在七時過ぎの時点で大分人が増えている。この度の停車、全国的には影響が薄いとは言え、在来線や近隣の特急はそうもいかない。本格的な通勤時間になれば、混雑は更に増すだろう。

 夏休みだったのは救いだった、とは煉達に限らず、その場に居合わせた誰しもが思っていた。


『……マジで2037年なんだな。四百年前かよ』


 ストロンボスは寝台車の部屋からここまで、口を開く事こそなかったが、目を見開いて周囲の様子を観察していた。そして今も、リュック及び、寝そべった格好のアニメーションモデルの瞳が、その両方で駅前の人々を見つめている。


「……出ましょうか」


 どちらからともなく、呟いた。セットのポテトは、既になくなっていた。


◇◆


「めいちゃんはどう思いますか?」

「えっ」


 会計を済ませ、駅へ向かう所で、煉が声をかけた。途中からすっかり発言も減っていた芽依子が、話を振られて顔を上げる。


「これからです。何だか妙なことになっちゃいましたね。今回はもう新幹線で早めに平塚に……」

「あ、ああそっち。そうね……うん、本当なら今日到着の筈だものね。それがいいんじゃないかしら。……忘れてたわ」


 ぽつりと、芽依子がこぼす。その表情は昨日煉と出会った時と、とてもよく似ていた。疲弊の混じった、寂しげな陰り。


「? どうしましためいちゃん? どこか具合でも悪いんですか?」

「あ……ううん、そんな事ないんだけど。大丈夫、平気。平気」


 どん、といつも通りの静かな口調で自分の胸を叩いて見せる。確かに顔色は悪くなかった。だがその言葉も、どうにも奥歯に物が挟まったような物言いだ。

 言い出し難い話だろうか。と、その様子に煉は考える。

 不満か、何かやりたい希望でもあるのだろうか――?

 そして。しばらく芽依子の顔を見ていた煉は、得心したようにぽんと手を打つ。


「あー……うん。うんうん、そうですよねえ。分かります、折角の旅だって言うのに、すごく不完全燃焼です。その気持ち分かります!」

「――え。えっいや明道さん?」


 すっかり納得が行った、すっきりした顔だ。対する芽依子は、幼馴染のその解釈に一転、狼狽えてしまう。


「あの、私別にそういうつもりじゃ、いや全然ないって訳じゃないけど少し違うと言うか」

「めいちゃん、ちょっと待っててください。向こうの祖父に連絡します」


 言うなり、往来の邪魔にならない地点まで移動し、携帯電話を取り出す煉。この時間なら、祖父は既に起床している。数年前に還暦を過ぎた歳であるが、今だ壮健。近年祖母が亡くなったものの、その心身に衰えは見られない。

 煉の指が踊る。


◇◆


「おはようございます、お爺ちゃん。ごめんなさい連絡が遅くなって……」

『おお~煉ちゃん! おはよう! ニュースは観とるよォ~。大変だったねぇ、大丈夫かい? もう振替列車、出とるんだよね? いつ来てくれてもいいよ~爺ちゃん、大・歓・迎!』

「ああ、すいませんお爺ちゃん。到着なんですけど――」


◇◆


「――ではお願いします。先に送った着替えとかの荷物は、適当に家の隅にでも置いといてください。開けたら口利いてあげませんから。……はい、では」


 そして手早く携帯電話をしまった煉が、機嫌よく戻って来た。 


「明道さん。私なら何ともないから。そろそろ新幹線来るし、行きましょう」

「ねえ、めいちゃん。考えてみればですけど、折角の神奈川行きなのに、電車一本ですぐ着いちゃうってのもなんだか勿体ない気がしませんか?」


 自分の胸の前に掌を合わせて、煉が言う。

 会心の笑顔である。

 ――人の心を、煉は察せない。だが、それでも彼女は動かずにはいられない。誰かに取っての、かつて自分が救われた『何か』に、彼女はなりたかった。


「今日は一泊して、観光しちゃいましょう! ここからゴールまでの間に、丁度いいスポットもありますし!」

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遥けき大地のストロンボス fasazzz @a_tohno

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