第5話 奪還、月の塔
オレは洞窟にいた月猫全員を引き連れて塔に向かった。
勝算なんて全くなかったが女神の話が真実なら最悪でもオレがひどい目に合う事はないだろう。
色々考えても思考がループするだけなので自分の役目だけを頭に残してそれ以外は何も考えないようにした。
しばらく歩くと月の塔が見えてくる。
魔女はオレたちの計画に気付いているだろうか?
それとも計画がうまくいくだろうか?
考えないようにしていたのに次々と不安が頭をよぎりオレは変な汗をかいていた。
戻ってきたぜ…
月の塔についたオレは思わずつぶやいてしまった。
さあ、作戦を始めよう。
まずオレは魔女に会わないと…。
別同部隊が悟られないように、と。
オレは早速魔女の元へ向かった。
嘘なんて簡単に見抜けるだろうから嘘は言わずに…でも真の狙いも口にしないように…。
そう考えると周りの景色は何も見えなくなってしまっていた。
腹芸なんてした事ないけどここがオレの腕の見せどころだからな…。
通じるかどうか分からないけど…。
どこをどう歩いたか分からないままに歩いている内にどうにかこうにか
魔女の待つ部屋へと辿り着いた。
よし、ここは覚悟を決めるぜ…っ!
ごくり…
オレは唾を飲み込んで敵地へと突入した。
魔女のいる部屋の扉がオレを感知して静かに開いていく。
そこには魔女が全てを知った風な顔をしてオレを待っていた。
やっぱり…最初の一言が肝心だよな…。
よ、よう…調べてきたぜ…
しまったー!これめっちゃ不自然だ!やばい!
これは色々探られるか?ここから先は動揺しないようにしないと…。
そう…みんな元気にしてた?
魔女は全てお見通しのように優しく、しかし念を押すように質問を返してきた。
その流れが余りに自然だったのでオレは思わずその流れで返事をしてしまった。
そうだな…
…はっ!
は、ハメられたっ!やっぱり魔女は分かっている!
だけどどこまで?余計な事は喋らないようにしないと…。
貴方が何の成果もなく戻って来るなんて事はないって知っているから
魔女はそう言って妖しげな笑みを浮かべていた。
やばい…魔女はどこまでオレたちの状況を把握している?
オレはそれを確認するためにカマをかけてみる事にした。
余りこう言うのは得意じゃない…むちゃくちゃ緊張する…。
む、昔からオレの事を知っていたと?
そうよ…昔からね…
とっくに女神から聞いて知っていたんでしょう?わざとらしい…
なっ…
魔女はまるでどこまでも知っている風だった。
ここまで知られているならしらを切り通すより逆にこっちから攻めていった方がいいな。
そう思ったオレは今まで感じていた疑問を徹底的に聞いてみる事にした。
どうしてこんな事をするんだ!
オレはつい語気が荒くなってしまった。
しかしその質問にも魔女は少しも動揺する事なく冷静に答えるのだった。
私はね、完璧になりたいの
?
完璧になればあなたを人間に出来る
女神の話は本当だった。
いや、女神の話を疑っていた訳ではなかったが魔女本人の口から告げられると
それが動かしようのない事実としてオレに重くのしかかってきた。
だがオレは人間になる事なんて少しも望んじゃいない。
勝手に人間にされるとしたらそちらの方が許せない事だった。
オレは別に人間なんか…
知ってる…貴方は人間に絶望したんだもんね…
え…
魔女がオレの知らない前世のオレの事を喋り始めた。
何故オレが今猫になったのかその理由も魔女は知っていると言うのだろうか…。
オレはその話の続きを聞きたくてつい無口になってしまった。
ごくん…
オレはまたつばを飲み込んでいた。
貴方は前世の記憶を失っているみたいだけど私は見ていたの…
私が死んでからずっと貴方を見ていた…
貴方は私が死んでから悲しみに暮れていた…
…
貴方は最後、信頼していた仲間に裏切られたの…歴戦の勇者だったのにね…
それで貴方は自分が人間である事すら恨んだの…だから猫になる事を望んだ…
私は悔しかった…こんな時側にいてあげられない事が…
もし私が人間でいつも貴方の側にいてあげられていたならあんな不幸な最後にはならなかったかも知れない…
それが魔女の語るオレの前世の最後だった。
確かに人間に絶望したならそうなるのかも知れない。
と言う事は今はその望みが叶っていると言う事になる。
どうして今更その絶望した人間にもう一度ならなきゃいけないんだ。
オレは勝手にオレの運命を弄ぼうとする魔女に腹が立ってきた。
もしそれが本当だとしてもそれは前世の話だ!今は関係ない!
私は人になりたかった!人間が羨ましかった!
でもそれはクロウ、貴方と一緒に暮らしたかったから!
さっきまで冷静だった魔女がついに感情を表に出していた。
オレは初めて見る魔女の表情に少したじろいでしまっていた。
女神に呼ばれた後に貴方も猫になっているって知ってすぐに私は行動に移したわ
私と貴方が共に人間になってそれで二人で仲良く暮らそうって
私の事を覚えてなくったっていい…思い出は今から作ればいいんだもの!
何で人間なんだよ…猫同士でだっていいじゃないか!
オレは素直な想いを魔女に話した。
猫同士でならこれ以上誰も傷つく事はない。
今からでも十分仲良く出来るはずだと…。
人間じゃなきゃダメなの!猫はだってすぐに寿命が来てしまうから…
ずっとずっと貴方と一緒にいたいの…
魔女はオレとは逆に人間への憧れが強かったみたいだ。
それほどまでにオレと一緒に暮らしたかったのか…。
だからってその望みのために周りを犠牲にしていいのか?
さあどいて!そろそろ獲物が罠にかかる頃…
オレと魔女が会話してどれほどの時間が立ったのか…。
オレの役割が時間稼ぎだと最初から知っていたみたいに魔女は急に話を終わらそうとしていた。
その気配を察知したオレは魔女が今から何をしようとしているのか大体の予想がついた。
獲物って…まさか女神たちの事か?最初から全て織り込み済みなのか…!
…
オレのこの質問に魔女は何も答えない。
けれどこの質問に対して魔女らしい妖しげな笑みを浮かべた事がその答えを雄弁に語っていた。
このまま魔女を行かせてはならないとオレはすぐに臨戦態勢をとった。
待て!ここから先は行かせない!君の望みには応えられない!
オレは魔女の前に立って牽制した!
オレの役目は時間稼ぎ…今はまだ魔女をこの部屋から出す訳にはいかない!
非力な黒猫が絶大な魔力を持つ魔女にどこまで対抗出来るか分からないけど…やるしかない!
クロウ、貴方何も分かってない…私は魔女よ…月の女神の力を奪ったの…
貴方がいくら邪魔をしても魔法の力で…魔法の力で…
オレに邪魔された魔女は何度も魔法を使う仕草をした…。
しかし何故かその魔法が発動する事はなかった。
え…うそ…そんな…
魔女は困惑していた。
今まで自信たっぷりに行動していた彼女に誤算が生じていた。
しばらく彼女は魔法を使おうと頑張っていたがやがてそのどれもが失敗し、最後には膝から崩れ落ちてしまった。
何でよ!何でこんな時に上手くいかないの!ここまでは完璧だったのに!
オレは最初は意味が分からなかった。
何故急に魔女の魔法が使えなくなったのか。
今までの魔女になくて今の魔女に起こっている事と言えば…。
そう、答えは簡単、オレが彼女の魔法を無効化していたのだ。
これは…これがオレの力なのか…?
月で生きる猫は魔法が使える。
オレに新しく目覚めた力は魔法の無効化だった。
一度自覚するとオレはその力をある程度コントロール出来るようになっていた。
無敵の魔女も自慢の魔法が使えなければ能力は普通の人間と同じ。
それどころか魔法が封じられた魔女は体力まで消耗するのかうずくまって呼吸するのも精一杯のようだった。
とても苦しそうにしている魔女を見てオレは少し気の毒にも思えてきた。
それはそれとしてオレは一応自分の役目を果たせたようでホッとしていた。
一方、女神たちのグループは月の塔の制御ルームに忍び込んでいた。
そこで魔女が細工した逆魔法陣を本来のカタチに戻す為に。
ここで邪魔が入ると計画は全ておじゃんになる。
クロウが魔女を足止めしている間に全ての作業を終わらせなければならなかった。
塔に配備された警備魔法人形に対しては月猫達が対応した。
魔女は制御ルームに女神が来たところでその力を逆に奪い取る計画だったのでその警備は甘々だった。
そしてそのお陰で月猫達に大きな被害が出る事はなかった。
大きな邪魔が入らなかったお陰で計画は順調に進行していた。
女神は魔法陣を正位置に戻し、それによって力の流れが正常化していく。
魔法陣の正位置化によって月の塔の管理権が女神に戻り魔女の力は急速に失われていった。
作戦は成功した!
ああ…ああ…こんな事って…
力を失った魔女はやがて猫の姿に戻っていった…。
オレの目の前で魔女は少し小柄な白猫になっていた。
これが魔女、いやルーンの本来の姿なのか…。
貴女の不幸は前世の記憶を覚えていた事でした…
気が付くとそこには美しい女性が立っていた。
そうか…彼女が月の女神…本来の姿なんだ…。
彼女はこれからどうなる…
オレは女神に聞いた。
罪は大きいかも知れないが彼女に対して寛大な処置を望んでいた。
それに原因はオレにもある…。
彼女はこれから地球のある魔女の使い魔になってもらいます
もう話はつけていますから…言っときますけど拒否権はナシですよ
女神はそう言うとルーンを地球に戻した。
ルーンは何か言いたそうな顔をして…結局言い出せずにすうっと月の塔から姿を消した。
終わってしまえば何だかあっけない最後だった。
さて、クロウ、貴方はこれからどうします?
ルーンを地上に送り届けた女神がオレに聞いてきた。
オレは軽く呼吸を整えると自分の考えを女神に話した。
オレはここに残ってもいいかな?
ここに残ってどうするのです?
女神はオレの考えが理解出来ないのかそう質問を返してきた。
仕方ないのでオレは女神に自分の考えを話す事にした。
オレはここで君を守るよ…今後こんな事が起きないように
今まで一人で生きて来たからこの理由を言うのは少し恥ずかしかった。
でもやっぱり今この女神をこのままにしておく事はとても出来なかった。
それに折角目覚めたこの力を少しでも役に立てたかった。
その為にはここにいる事が一番だとオレは思っていた。
それがいいぜ!俺達からもお願いするよ!
気が付くと月猫たちがオレの周りに集まっていた。
みんな大きな怪我もなくそれぞれが達成感で満たされた顔をしていた。
そんな彼らの顔を見て作戦がうまくいった事をオレは実感していた。
女神様は少々危なっかしいから強い騎士が必要だって前から思っていたんだ
クロウならきっとその役目を果たしてくれるよ!
女神に進言するゲイル。
仲間の月猫たちも全員その意見に同意していた。
これからもよろしくな!黒騎士クロウ!
ゲイルはそう言って笑った。
オレは月猫たちに認められてようで少しむず痒かった。
分かりました…貴方がそう望むのであればその意見を尊重します
ありがとう、クロウ…これからは頼りにしますね
女神はそう言ってオレに微笑んでくれた。
その笑顔だけでオレはずっと頑張っていける気がしていた。
オレの名はクロウ。
地球から遠く離れたこの月で月の女神の騎士をしている。
月は魔法の力の源。
地球に何か奇跡が起こる時、それは月の力がそうさせている。
月の女神の祈りの力が魔法になって地球に降り注ぐんだ。
オレはそんな大切な女神の護衛と言う大事な仕事をしている。
オレがいる限り女神に誰一人指一本触れさせやしない。
そしてそんなオレは額に傷のあるただの黒猫さ。
見上げればここから青い月が見える。
それは月の塔からの素敵な眺め。
今日も月は平和そのもの。
オレは月の塔のお気に入りの場所でいつものように昼寝を決め込んでいた。
(おしまい)
黒騎士クロウ にゃべ♪ @nyabech2016
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