第3話新しい名前
新しい名前!
僕がクロダじゃなくなる!
舞ちゃんとの絆が絶たれてしまう!
クロダはそう思うと居ても立ってもいられなくなり、ちょうど開いていた窓から外に逃げ出しました。
行き先は勿論舞ちゃんち!
自分が別のものになってしまうのが怖くなって、舞ちゃんに助けてもらおうと思ったのです。
「舞ちゃん!僕は舞ちゃんちのネコだよね!」
「助けてよ!僕別の家の子になっちゃう!」
「そんなのヤだよ!僕はいつまでも舞ちゃんの側がいいよ!」
「だから、今度こそ家に入れて!温かく迎えてよ!」
「このままじゃ…このままじゃ…。」
クロダは半べそをかきながら必死に舞ちゃんの住んでいた場所までやってきました。
後はマンションを駆け上るだけです。
クロダはちょっと深呼吸して、そしてまた改めて駆け出しました。
今度こそ、あのマンションの部屋の扉が開いてくれると信じて。
ニャ!ニャ~!ニャア~ッ!
クロダは扉の前で必死に訴えました。
その部屋の雰囲気に少し違和感を感じながら。
「今日こそ開けてよ!大変なんだ!僕を舞ちゃんから引き離そうとするやつが現れたんだ!」
「何で今日も返事がないの?本当はそこに居るんでしょ?」
「僕はいつまでも舞ちゃんの側に居たいんだ!分かってよ!」
クロダの必死の訴えが届いたのか、今までどんなに鳴いても開く事のなかった扉が今日、ついに開きました。
しかし、扉の奥から現れたのはクロダが初めて見る顔でした。
「んま~!何この猫!私はネコ大嫌いなのよ!シッ!シッッ!」
訳の分からないままクロダは追い返されました。
見慣れたいつもの部屋に舞ちゃんは居ませんでした。
実は、クロダがここを離れて暫くして舞ちゃん一家は何処かに引っ越してしまっていたのです。
部屋の中の空気で敏感にそれを感じ取ったクロダは何だか自分だけが取り残された気がしてすごく淋しい気持ちになりました。
一方、唯ちゃんちではクロダが逃げ出した事で家中が大騒ぎです。
「ねこさんがいなくなったのー!さがしてー!」
唯ちゃんが半べそをかきながら両親に訴えます。
ちょうどリビングでくつろいでいた二人は事の真相を唯ちゃんから聞きました。
「何で窓を開けておいたのよー!」
「だって、かぜがきもちよかったんだもん!」
「猫は身軽だからいつでも外に出ちゃうのよー!」
「わかったから、ねこさんいっしょにさがしてよー!」
「よおし!じゃあ探しに行こうか!」
「うん!」
こうして、唯ちゃん一家全員でクロダを探す事になりました。
でもまだ唯ちゃんがクロダにちゃんと名前を付けていなかったので名前を呼んで探すって事は最初から出来ません。
だから似た猫を見つけ出してはじっくりと観察するしかありませんでした。
そんな中、唯ちゃんだけは
「ねこさぁ~ん!ねこさぁ~ん!かえっておいで~!」
と、大声を上げてそこら中を探しまわるのでした。
唯ちゃん一家がクロダを必死に探している頃、当のクロダはすっかり足も重くなり、
すごくゆっくりした足取りでフラリフラリと何処に行くでも無く歩いていました。
すっかり世界から取り残された風で、生きる希望さえ今のクロダには見出せないでいました。
「舞ちゃんが居なくなっちゃった…もう二度と会えないのかも…」
ふと見上げたらそこには大きいお日様が、今にも沈みそうな勢いで世界を真っ赤に染めていました。
クロダはその景色に身動き取れずにいました。
「この空の何処かで、舞ちゃんも同じ景色を見ているのかなぁ…」
夕焼け空はやがて太陽を飲み込んで、次第に暗く沈んで行きます。
一番星が顔を出して風も少し冷たくなってきました。
クロダは取り敢えず何処かで一夜を明かそうと適当に凌げる場所を探し始めました。
そんな時、クロダの耳に聞き覚えのある声が飛び込んで来ました。
「…~ん、ねこさぁ~ん!おうちにかえってきて~!」
声の主は勿論唯ちゃんです。
クロダはその声を聞いて自然に涙が出て来ました。
「そうだ!僕にはまだ帰る場所があるんだ!」
唯ちゃんの姿がクロダの目に飛び込んで来た時、唯ちゃんがクロダの姿を確認するより早くにクロダは駆け出していました。
その行き先は言うまでもありません、唯ちゃんの所です!
唯ちゃんはクロダが自分の所に駆け出してくるのを確認すると両手を広げてクロダを暖かく迎えました。
「ねこさんおかえりい!かえってきてくれてありがとお!」
「しょうがないから一緒に居てやるよ!」
唯ちゃんに必死に抱きしめられながらクロダはとても嬉しそうな顔をしていました。
こうして、改めてクロダは唯ちゃんちの新しい家族の一員となりました。
ノラネコ一年生だったクロダは今度は唯ちゃんちの家族一年生となったのです。
で、クロダの新しい名前ですが…。
「ユウキ?あの猫の名前?」
「うん!そうきめたの!」
「ユウキって唯ちゃんのクラスの男の子の名前じゃないの」
「か、かんけいないんだもん!ぜったいなんだもん!」
そう言いながら唯ちゃんの顔はとても真っ赤です。
その様子を見て、唯ちゃんのお母さんはピーンと来ました。
でも、それはお母さんの胸にそっと仕舞っておく事にしました。
「…ふふ、じゃあユウキの世話しっかり頼むわね?」
「まかしといてよ!もうこのあいだのようなヘマはしないんだから!」
唯ちゃんは得意な顔でそう答えました。
その顔を見て、お母さんもとても満足そうにニッコリ笑いました。
「さあさあ、もうそろそろ学校に行かないと遅刻するわよ?」
「うん、じゃあるすのあいだユウキをおねがいネ♪」
「まかしときー!」
唯ちゃんは学校に出かけていきました。
今日は唯ちゃんの7歳の誕生日です。
今日の夕食はちょっとしたパーティが待っている事でしょう。
そしてクロダ…もといユウキは唯ちゃんの部屋でまったりと過ごしていました。
昨日出せる涙を出し尽くして、今はただこれから先の幸せの予感だけを胸に抱いていました。
もう窓が開いてもそこから出る事はないでしょう。
だって、今もこの部屋の窓は開きっぱなしなんですから。
(おしまい)
シロネコクロダは一年生 にゃべ♪ @nyabech2016
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