第2話唯ちゃんの理由
クロダは唯ちゃんに抱かれたまま彼女の部屋に招待されました。
「ここがわたしのへやでぇす!ねこさんのへやもおんなじさんだからネ!」
唯ちゃんの部屋に着いたクロダはやっと彼女の腕から解放されました。
ぽーんと飛び降りたクロダは早速周りを見渡します。
舞ちゃんの部屋を見馴れていたクロダはこの部屋がどうにも落ちつきませんでした。
唯ちゃんの部屋は周りが全てピンクで可愛らしい机に可愛らしいテーブル、フカフカのベットに沢山のぬいぐるみたち。
まさに小さな女の子の典型のような部屋でした。
「ほらあ、ゆいちゃんもういちねんせいなんだよお!すごいでしょお!」
そう言いながら唯ちゃんがキョロキョロしているクロダに見せたのはまだ新しい真っ赤なランドセルでした。
でも、クロダはそれが何を意味しているのか分からずにただキョトンとしているばかりでした。
「ゆいちゃん7がつうまれだからもうすぐ7さいになるんだよ。たんじょうびはあさってなんだけど、プレゼントはなににするかまだきめてなかったの。だからね、ねこさんをたんじょうびプレゼントにしてもらったの」
唯ちゃんはクロダに自分が何故クロダをここまで連れてきたかを話しました。
でも、その話をクロダは特に聞いている風でもなく、ただただキョトンとするばかりでした。
「ゆいちゃんねこさんだいすきなの!いつかかいたいとおもっていたの。でもおかあさんがまだはやいってゆうの…いつもいつもおんなじことしかいわないの」
そう話す唯ちゃんは何処か淋しそうでした。
その表情に気付いたクロダは唯ちゃんがとても可哀想に見えて少しだけ唯ちゃんに近付いていきました。
「ねこさんはゆいちゃんのことすき?わたしはねこさんだぁいすき!」
はッ!っとクロダが気付いた時はもう手遅れでした。
哀れクロダはまた唯ちゃんにぎゅうっと抱きしめられてしまいました。
「く、苦しいってば!」
クロダの必死の抵抗も今の唯ちゃんには余り意味がありませんでした。
唯ちゃんは自分の夢が叶ってとても嬉しい気持ちで一杯になっていました。
クロダがその腕から解放されたのは唯ちゃんが晩御飯の時でした。
「おとうさん!このねこさんねぇ、わたしのたんじょうびプレゼントなのっ!」
そう言ってクロダは唯ちゃんによって高々と持ち上げられました。
そうされたクロダと唯ちゃんのお父さんの目が合いました。
唯ちゃんのお父さんは唯ちゃんの母さんと同じく若くて優しそうで、でもその瞳の奥にはハッキリとした意思の強さを感じました。
唯ちゃんのお父さんはクロダをしげしげと眺めながら
「へええ、立派な猫さんだねぇ、唯ちゃん猫大好きだったから良かったね♪」
「うん♪」
「だけど、お世話はちゃんとできるかな?猫さんのお世話は結構大変なんだゾ!」
「だじょうぶだもん!ゆいちゃんとおせわできるもん!」
「そかそか♪頑張れよ!」
「まかしといてよ!」
食卓は柔らかな笑顔に包まれました。
クロダはその光景に懐かしさを感じました。
ほんの三ヶ月前まで同じ光景をこことは別の食卓でクロダは味わっていたからです。
クロダはまた舞ちゃんの事を少しだけ思い出していました。
その夜、クロダは久しぶりにまともな食事にありつけました。
そしてそのおかげでグッスリと眠る事が出来ました。
寝る時もクロダは唯ちゃんに抱きしめられていたのですが、その苦しさよりも満腹の幸福感の方が勝っていました。
クロダは元々飼い猫です。
だから家での過ごし方はもうすっかり身に付いています。
唯ちゃんのお母さんがバタバタと買い揃えた猫用グッズもクロダはすぐに馴染む事が出来ました。
「やっぱりこの子賢いわね、どこかの飼い猫だったに違いないわ」
お母さんはクロダの元の飼い主を探そうと一瞬思ったのですが、もしかしたら何らかの理由で捨て猫にされてしまったのかも?と思い直しました。
そう思ったお母さんは唯ちゃんの為にもクロダをしっかりと世話していこうと決心しました。
「ただいまぁ!ねこさんげんきにしてるぅ?」
唯ちゃんが学校から帰って来ました。
その天真爛漫な元気な足取りはまっすぐにクロダの元に向かいます。
クロダはと言えば、この家に来てまだ間がない為、家中を探険している最中でした。
「ゲ!またアイツだ!逃げろッ!」
クロダは唯ちゃんが帰って来たのを確認すると急いでニ階へと逃げ出しました。
クロダにとって唯ちゃんちのニ階はまだまだ未体験ゾーンです。
未知への冒険にクロダの胸は高まっていました。
でも残念、二階の部屋のドアは全て閉じられていました。
なので二階でクロダが歩く事が出来たのは廊下だけ。
そこに唯ちゃんの足音が近付いてきます。
「あわわわわ…来るな!来るんじゃなあいッ!」
クロダの必死の抵抗も敵わず、あっさりと唯ちゃんはクロダを捕まえて上機嫌で自分の部屋へと歩いていきました。
「ねぇ、唯ちゃん…」
唯ちゃんが自分の部屋に入ろうと部屋のドアノブを握ろうとした時でした。
唯ちゃんのお母さんが唯ちゃんを呼び止めました。
「なあに?おかあさん」
「ちゃんとお世話してる?」
「うん、してるよー」
「じゃあ、その子の名前は?」
「え?」
唯ちゃんはドキッとしました。
まだクロダに名前を付けていなかったからです。
「お母さんが名前、付けちゃおうっかなー?」
唯ちゃんのお母さんがちょっと悪戯っぽく唯ちゃんに笑いかけます。
その顔に唯ちゃんは(お母さんに名前をつけられてしまったら、このネコさんお母さんに取られちゃうかも!)と思って少し焦りました。
このままではいけないと思った唯ちゃんは、
「ダ、ダメダメ!ゆいちゃんがつけるんだもん!」
と、必死にお母さんに言いました。
「そう?じゃあいい名前を付けてあげようね♪」
「まかしといてよ!」
唯ちゃんは得意な顔をして、そして自分の部屋に入っていきました。
唯ちゃんは部屋に入るなりすぐにぺたんと座って抱き抱えていたクロダの顔を覗き込みました。
「あ~あ、でもどうしようっか?ねこさんはどんななまえがすき?」
唯ちゃんはクロダに名前の好みを聞きました。
クロダは唯ちゃんが自分に何かを聞いている所までは何となく雰囲気で分かったのですが、その先はサッパリでした。
無理もありません、だってクロダはネコなんですもの。
「いきものになまえをつけるのはじめてだからなにもおもいつかないよう~」
唯ちゃんはクロダの新しい名前を必死で考えます。
当たり障りのないネコの名前が唯ちゃんの頭の中を駆け巡ります。
でも折角我が家にやってきた大切な新しい家族の一員にあんまり簡単な名前は
付けられないと唯ちゃんは必至に何かいい名前はないかと考えていました。
「たま~、はふつうだし、みけ~はまたちがうし~、しろ~はいぬのなまえみたいだし~…」
唯ちゃんが名前について独り言を言っているのを聞いている内に、クロダは段々と自分に何を話しかけているのかが分かってきました。
今唯ちゃんが呟いているのが名前だと言う事を。
そして自分に新しい名前を付けようとしているんだと言う事を。
それはかつて舞ちゃんが自分の名前をクロダに決めた時と全く同じシチュエーションだったのです。
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