第36話 遅咲きの神様 ー5ー

 なんだか夢心地で、辺りがとても静かです。うつらうつら、つい眠くなる暖かい日差しの中、誰かが僕に話しかけてくるではありませんか。


「毎年毎年、面白い来賓ばっかりね、あなた達。まるで、そう! 玉手箱だわ」


 とっても優しそうな、おっとりした女性の声です。でも姿は見当たりません。そういうあなたは誰ですか?


「名前は……そうね、さっき頂いたばかりだけど、『藤滝ふじのたき』なんてどうかしら? 強そうで雄大じゃない?」


 僕は最近ユニークな方々、一風変わった面々に囲まれているせいか、そのくらいでは驚きませんよ。


「わたしもね、毎年あなたたちに会えるのを、首をながーくして待っているのよ。だってヘンチクリンな人たちばっかり来るんだから。一千年の星霜に一欠片も見つからなかった出会いが、あなた達には溢れてる」


 『変ちくりん』とは言い得て妙です。もしはばからずに言わせてもらえるものなら、僕の住むシェアハウスはかくもヘンチクリンで、かくも価値のある無類の集合住宅です、とみんなに自慢して回りたいのが本音です。


「大事になさって。かけがえのない青春を送るには、ちょっと情熱的すぎるけど、唯一無二の素敵な家族だわ」


 今年の新人は僕だけご期待に添えず申し訳ありません。でもあなたによじ登っていた少女は実はとっても面白い子なんですよ。実はヴァンパイアという今日では比較的メジャーな伝説上の生き物でして……


「あら? あなただってとっても特別な一人よ。だってこうやって私と話す事が出来るんだから」


 それはどういう事ですか?


「ごめんなさい。もう時間みたい。刀の殿方が私を摘んでいるわ。いつも帰る間際に人数分の花を摘むの」


 痛くないんですか? そしてそんな事して罰が当たらないんでしょうか?


「髪の毛を一本抜かれるようなものよ。それに毎年お神酒をもらっているんだから……持ちつ持たれつ。それに今日はもう一つ、あなたの血をほんの少しだけ頂けないかしら?」


 そのくらい構いませんが、それって……


 ====


 目がさめると、そこは僕の自室でした。なんだったっけ? 覚えていないけど、なんだかいい夢を見ていた気がします。

 もしかして今日の出来事、藤の桃源郷は全て夢だったのでしょうか?


 そんな疑問をふつふつ考えながらロビーに降りると、島村さんを含む全員が集まっているではありませんか。小皿や大皿が並んでいます。


「あ、よだかさんやっと起きましたか!」

「よだか、これからテンプラだぜ!」

「僕おなかいっぱいですよ」


 そういえば全くお腹が空いていません。それでも正宗さんはキッチンで熱心に油の温度を見極めています。


「まあ先ほどあれだけお菓子やおつまみを頂きましたからね。無理もないでしょう」


 古屋敷さんの言葉と満腹具合で、僕はようやく今日の出来事が現実であった事に確信を持ちます。


「さっきのは、やっぱり夢じゃなかったんですね」


 それを聞いてみんなが笑います。


「笑わないでくださいよ。あんな浮世離れしたところから急にベッドに戻っていたら、僕だってちょっとボケます」


 僕も席に着くと、向かいのカレンちゃんが何かに気がつきました。


「よだかさん、人差し指ちょっと切れてますよ?」

「本当だ、いつだろ?」


 言われて見たら、人差し指の爪の下が少しだけ切り傷になっています。かすり傷に絆創膏を貼っているうちに、美味しそうな揚げ物の香りが漂ってきました。


「よし! 浮世離れした天婦羅が揚がったぞ」


 そう言って正宗さんが竹ざるにこんもり盛られた揚げ物の数々を、テーブルの中央に置きます。野菜や魚の揚げ物の山の頂上には淡い紫色の、花の天婦羅が飾られています。


「揚げちゃったんですか……神様」

「なに、お神酒代じゃ。霊験あらたかな御神木の天婦羅は、ご利益も魔除けの効果も充実だぞ」


 罰が当たらないのか気になりますが、僕はその件に関してすでに誰かに許しを頂いたような気がします……妙な気分です。


『頂きまーす!』


 一流料理人が手がけた御神体の天婦羅は不味いはずもなく、僕たちは美味しい天婦羅を絶賛しながら頂きました。

 俵屋さんと吉永さんがキスの天婦羅を取り合い、島村さんと古屋敷さんはまだ互いにお酌しあっています。僕とカレンちゃんはそれを笑って眺めました。


 もしかしたら、こんなに幸せな時間は人の一生において、あまり長くないのかもしれません。だから大切にしてほしい。


 いつか誰かにそんな事を言われた様な気がして、僕はみんなと一緒に過ごす時間、家族として過ごす時間が当たり前だと慣れてしまわない様、掛け替えのない幸せを忘れない様、胸の中で密かに誓うのでした。

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