第三話
「うわぁ、その空気、あたしだったら耐えられませんよー」
「ええ? そうかなぁ?」
「そうですよ。大体、理事長と一緒ってだけでも緊張しちゃうのに、あの面倒くさい校長までいるなんて!」
普通の教室の半分程度の広さの国語科教員室で、同じく国語科古典担当の和泉ゆかり先生と会話。肩くらいまでのちょっと茶色い髪を揺らしながら明るく話す和泉先生は、男子校にいたら絶対にモテそうなタイプ。でも、校長に対しては意外と厳しいみたい。
(確かに……あの校長って、人によっては面倒だと感じるタイプだよね)
少しだけ苦笑しながら、これから僕の居室になるであろう国語科教員室を眺める。入り口と窓以外の壁は全て本棚で埋まっているせいか、少しだけ手狭な部屋。そこに教員用の机を6つも並べているせいで、余計に空間が圧迫されてしまう。
土曜の午後の日差しが窓から柔らかく入ってきて、もう何十年も変わっていないであろう部屋の壁を今日も明るく照らし出す。その陽光の欠片が和泉先生の髪に弾けて煌めいた。
「ところでー、大葉先生っておいくつなんですかー?」
「僕ですか? 今年で25になりました」
「わぁ、適齢期!」
何のことだか聞かなくても分かってしまう反応に、またもや苦笑してしまう。そんな僕へと、さっきから絶やさない明るい笑みをまたまた投げかけてくる和泉先生。出会ってそれほど時間が経ったわけでもないのに、こんなに簡単に打ち明けられるのは、和泉先生の人柄なんだと思う。
「最近だとまだまだじゃないですかねぇ。差し支えなければ、和泉先生は……?」
「あたしは24です! 花の
「花の24組?」
「あー、すみません、もう少ししたら来ると思うんで」
意味が分からずつい聞き返してしまった僕へ、小さく舌を出す。ちょっと子供っぽい仕草だと思うけど、おっとりふんわりした雰囲気には割とよく似合っている。
「そっか。他にも国語科の先生が……」
僕が言いかけたところで、入り口からノックの音が聞こえた。と、同時に、ドアの向こうから、これまた甲高い声が響く。
「ゆーかーりーちゃーん!」
「はーい、開いてますよー」
何とも子供っぽい声に呼ばれ、同じく子供っぽく返す和泉先生。呆気にとられている僕の後ろで派手な音と共にドアが開き、二人の女性が一緒に入ってきた。
「おっじゃまっしまーすっ!」
「失礼」
入ってきたタイミングは一緒でも、態度は全く違う。
最初に外から声をかけたであろう小さな女の子は、まるで敬礼でもするかのように手のひらをおでこに当てている。年齢は想像がつかないけど、茶色いツーサイドアップが余計に幼く感じさせる。服装だって、どこかふわふわしたような少女趣味なスカートだ。
対照的に、もう一人の女性はすらりと背が高く、モデルのような体型。肩までの黒髪にメガネが映え、とても理知的な雰囲気。副会長の玉置さんが大人になったら、こんな感じかもしれない。そして恐らく、こちらの方は養護教員――いわゆる保健室の先生だと思う。そうじゃなければ理科の先生か。真っ白な白衣を着ていることから、すぐにそんなことを連想させた。
「おお! これはこれは噂の大葉先生ではないですかー!」
女の子の方が僕を見るなり駆けてきた。
「僕のこと知ってるの?」
「もちろんですよー!」
ぴょこんと飛び跳ねて、知っていることをアピール。ツーサイドアップが一緒に揺れて、まるで何かの小動物みたい。まさか和泉先生の子供ってわけじゃないだろうし……妹さんだろうか?
「あの、和泉先生……?」
「あ、すみませんすみません!」
助け船を求めて視線を送ると、和泉先生が立ち上がる。
そうして二人を順番に紹介してくれた。
「こちらの白衣の先生が大久保理子先生」
「初めまして。大久保理子。見ての通り養護教員です。具合が悪くなったらいつでもどうぞ。保健室は大歓迎」
「これはご丁寧に。大葉卯月です、よろしくお願いします」
やっぱり僕の想像は当たっていたらしい。大久保先生は片手を颯爽と差し出し、僕に握手を求めてくる。こういう人がこういうことをすると絵になるから不思議だよね。その手をしっかりと握り返して、名前をきちんと覚えた。
「お次はこちら。橘萌ちゃん」
「えへへ、わたし、ご紹介にあずかりました橘です。よろしくお願いします!」
言いながら、深々とぺこり。そして髪の毛がぴょんぴょこ。
「わぁ、しっかりしたご挨拶。ありがとう」
同様に僕も腰を折ってぺこり。至近距離で頭を下げ合ったせいか、目の前に橘さんの後頭部が見えている。やがてその後頭部が小さくぷるぷる震え始めて、
「それで大葉先生!」
「うわぁっ!」
橘さんがいきなり頭を上げたから、危うく顔面を強打しそうになった。間一髪のところで避けたものの、動きが派手な子っぽいから気をつけないと。
「な、なにかな、橘さん」
「もしかしてわたしのこと、子供だと思ってませんか?」
子供っぽく首を傾げながら、上目遣いでそんなことを呟く。この年頃の女の子にありがちな、ちょっとだけおませな部分があるのかもしれない。
「そんなこと思ってないよ。きちんとご挨拶も出来るし、立派な女性だよ」
「えへへー、良かったー」
にっこりと笑って、ご満悦の様子。これほど無垢な笑顔を向けられたら、僕まで和んでしまう。そんな僕らを見て、和泉先生と大久保先生が同時に口を開く。
「違うわよ、萌。完全に子供だと思われてるじゃない」「萌ちゃん。しっかり自己紹介しないと」
「え? そうなの?」「え? 違うの?」
そしてまた、橘さんと僕の疑問系が見事に同じタイミング。それから次の言葉を待っていると、橘さんが自分のスカートの裾をぱんぱんとはたき始めた。一通りそれが終わると、今度は『こほん』と一つ、咳払い。
「わたし、ここの職員ですよ」
「え……いやいや、いくらなんでも、労働基準法的にそれはマズいんじゃないかな?」
「違います! こう見えてわたし、24なんです!」
ドシンと小さな胸を叩きつつ、『どうだ』と言わんばかりの表情。自信満々にそういう表情をされても、どう返していいか分からなくなるけど。僕が返答に困っていると、横から和泉先生たちが救いの手を差し伸べてくれた。
「本当ですよ、大葉先生。萌ちゃんはこの学園のスクールカウンセラーなんです」
「ちなみに24歳というのも事実よ。子供みたいに見えるけど」
二人の言葉を聞いて、橘さんと和泉先生を何度か見比べる。今の話だと、この二人は同い年ということになるけど……。
「ほ……本当ですか……?」
「えっへん! 本当なのです!」
24歳の女性が『えっへん』って言うんだ!?
目を白黒させてしまう僕へ、もう一度和泉先生が言葉を紡いだ。
「わたしと萌ちゃん、そして理子ちゃん、みんな24歳なんです。だから24組!」
「えへへ、みんなからそう呼ばれてるんですよー」
「来年になったらどうするんだって話だけどね」
三人の話を聞いて、さっき校長が言っていたことを思い出す。『女三人寄れば姦しい』ってそういう意味だったのか。
「それじゃゆかりちゃん、自己紹介はこのくらいにして、早速お茶にしましょー!」
「はーい、すぐに準備するね。大葉先生、紅茶でいいですか?」
「え? あ、はい、ありがとうございます」
流されるようにしてお茶会が始まった。
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