第四話

「うわぁ、その空気、わたしには耐えられないですー」

「私も無理。耐えられないわ」


 理事長と校長の話をしたら、和泉先生と全く同じ反応。三人とも年齢だけじゃなくて感性も似ているみたい。


「校長、口が悪かったでしょう?」

「え……そうでしょうか?」

「そうですよー。廊下なんかだと隠してますけど、事務室にいる時なんて本当にひどいんですから」

「へぇ……」


 秘密を打ち明けてくれるように小声で呟かれる。でもあの校長なら、口が悪いっていう意見も納得出来てしまったり。すみません、校長。

 そうして話を聞くと、二人は暇さえあれば国語科教員室へ入り浸っているらしい。毎日のように、こんなお茶会を催しているとのこと。


「あ……これ美味しい。どこの紅茶ですか?」

「ルピシアです。サンシャインの。あたしも初めて買った紅茶なんですけど……これですよ」

「桜の紅茶ですか。へぇ、いつも見てるのに気づかなかった。僕も買ってみよう」


 薄紅色の箱にちりばめられた桜の花びら。こういう春っぽさを感じるパッケージって、見ているだけでわくわくする。


「大葉先生、紅茶に詳しいんですか? ゆかりと話が合いそうですね。私はそういうの全くダメで……」

「あはは、別に詳しいわけじゃありませんよ。ただ割とよく飲む方でして……一応、家には何種類か揃えてますけど……」

「カッコイイー! わたしなんて苦いの苦手だから、家では炭酸飲料ですよー」

「萌は特別でしょう。家だけじゃなくて、カウンセリング室の冷蔵庫もほとんど炭酸で埋まってるじゃない」

「ライフガードは命の水なのですっ!」


 またもや『えっへん』と胸を張りつつ力説する橘先生。その炭酸飲料は、僕も学生時代、よく部活動の後に飲んだもの。この年齢の女性にファンがいるなんて、少し感動してしまう。

 それから各自の食べ物の嗜好の話題が始まり、少しずつ学園のことへとシフトしていった。


「大葉先生は以前も別のところで努めてたんですよね?」


 大きな瞳を輝かせながら、興味津々という感じで橘先生が聞いてくる。


「ええ、そうですよ。以前のところは男子校でしたけど……」

「おおー!」


 僕の言葉を聞いて、三人が三人とも同じ反応を返す。意外にも大久保先生まで同じ反応だ。


「やっぱりイケメン高校生とかいました!? 読モやってる子とかー!」

「うーん、僕の知ってる限りではいませんでしたねぇ。スポーツが強い学校だったので、将来プロになりそうな、身体が大きな子ならたくさんいましたけど……」

「ムキムキ……そ、それは是非、怪我して保健室に来て欲しい……」


 小声で呟いているけど、大久保先生の趣味嗜好がだだ漏れだ。まぁ、僕も筋肉質な人は嫌いじゃ無いけど……どっちかと言えば、細マッチョな方がいいと思う。


「二人ともそれどころじゃないでしょー! 男子校と言えば……男子校と言えば……」


 興奮冷めやらぬ雰囲気で、橘先生が身を乗り出してくる。もともと小さい身体だから、身を乗り出しても迫力より可愛さが先行するけど。そして橘先生はその姿勢のまま、一度だけ大きく息を吸い込んで、


「禁断の……薔薇っ!!」


 不穏な単語を叫んだ!

 そして身を乗り出しただけでは足りないのか、そのまま僕の肩を掴む。


「どうなんですか、先生! やっぱり一クラスに一組くらいは、そういうカップルが!!」

「あはは、どうなんでしょうねぇ……それも僕の知る限りではちょっと……」

「ええぇー! わたしの夢がー」

「あたしも希望がー。ガッカリー」

(なんで!?)


 がっくりと肩を落とす二人に思わず心の中で突っ込む。女性ってそういう話題が好きなんだろうか?

 すると、そんな二人を苦笑い混じりで見つめていた大久保先生が、


「万が一そういう関係だったとしても、公然と言うわけないでしょ」


 微妙に夢や希望を繋ぐような発言をした。


「確かに、僕も全てを把握していたわけではないので……そういうカップルもいたかもしれませんね」

「ふぉぉ!」

「やっぱりー!」


 分かりやすすぎるほど単純な二人だなぁと笑顔になりつつ、こういう女性、ちょっと可愛いよね、なんて思ったり。


「逆に女子校はどうなんですか? 僕、全く想像できなくて」


 何気なく聞いた僕の問いに答えてくれたのは、意外にも大久保先生だった。


「いるにはいるんでしょうけど……同性愛っていうのとはちょっと違いますね。いわゆる、友情の延長線上で少しだけ一線をはみ出した……みたいな」


 続けて橘先生が右側のテールヘアーを触りながら呟く。


「わたしの所にも時々相談に来る子がいますけど、やっぱり同性愛ってイメージじゃないですねー。すごく仲良しっていう感じで……」

「そうそう。お互い、依存に近い感じかもしれませんね。あたしも学生の頃にはそういう友達がいましたもん」

「へぇ、和泉先生にも?」


 三人とも男性からモテそうなタイプだけに意外だ。聞くと、やっぱり和泉先生も女子校出身らしい。


「そうですねー。あたしの時もキスくらいはしましたよー」

「本当ですか!?」

「はいー。と言っても、友達のキスですよ? 外国人みたいな、一瞬だけの」


 いきなりの爆弾発言に驚いたけど、残りの二人はそうでもないらしい。うんうんと頷きながら『あるある』と呟く。


「思春期の女の子って色々ありますからねー。特に周囲に男子がいない場合は」


 と橘先生。幼い顔に似合わない真面目な表情は、そういう子を何人も見てきている証拠だろう。そんな橘先生の言葉を受けて、大久保先生が続ける。


「まぁ、男子がいないって意味では、今の私たちも同じですけどね」

「あはは、そうだよねー。あたしたちも出会いなんてないもんね」


 半ば諦めたような笑顔で、和泉先生が手のひらをぶんぶんと振る。あまりにフランクな調子なので、ついつい僕もフランクになってしまった。


「女子校だと男の先生も少ないですもんね」

「そうそう、そうなんですよー」


 言いながら、女子会らしく四人で笑い合ったり。うん、初日から打ち解けられて良かった。これから同じ職場で働く仲間だもんな。

 そうしてひとしきり笑った後、急に真面目な表情で、三人が僕へと視線を注いでくる。


「ところで先生! 恋人はいらっしゃるのですか?」


 真っ先に聞いてきたのは和泉先生。他の二人もそれが気になっていたのか、心なしか僕との距離を詰めてくる。


「いえいえ、恋人なんていませんよ」


 僕の返事で急にその場が色めき立つ。うーん、さっきの会話から察するに恐らく皆さんにも恋人はいないんだと思う。そう思って、またもやフランクに僕から言葉を紡いだ。


「お互いに大変ですよね。出会いがなくて」

「……はい?」


 三人同時に疑問顔。やっぱり『花の24組』と呼ばれるだけあって、みんな息もぴったりだ。だけど、どうしてそういう顔をされたのか、ちょっと分からない。


「やだなぁ、さっきも言ったじゃないですか。女子校だと男の先生が少ないって」

「それはそうですけど……あたしたちとは違って、大葉先生には出会いの宝庫じゃないですか?」

「そうですよ、女性の先生は山ほどいるわけですしー」

「あ……」


 そこまで言われて、まだ自分のことを伝えきっていないことに気が付いた。僕としたことが、やっぱり初日で浮かれているらしい。

 目の前で三者三様に首を傾げる三人へ向かって、はっきりと言葉を紡ぐ。


「すみません、言い忘れてました。僕、ゲイなんですよ」

「…………」


 首を傾げられたまま、時間が止まる。そしてまた三人同時に、


「えええぇっ!?」

「わぁ!」


 予想以上に驚かれたので、思わず身体を反って逃げてしまう。そんな僕にぐいっと近づいてきたのは、和泉先生と橘先生。


「あのっ、あのっ……ゲイってっ……あのゲイですかっ!?」

「ど、どど、同性愛者的な!?」


 詰め寄ってきた二人とは裏腹、大久保先生はぽかんと口を開けている。


「はは、そうですね。同性愛者的なゲイです」


 僕の答えに今度は三人が身をひいた。そうして離れた場所から僕を眺めて、橘先生が呟いた。


「あ……あのー……では、先生はその……女性には……まるで興味がない……みたいな?」

「恋愛対象としてはないですね」

「きっぱり!?」


 そもそも僕は、生まれてこの方、女性に対して恋愛感情を持ったことがない。ふと気がついた時には、自分が女性を好きになるところとか、女性と付き合うところとか、そういった物は想像さえ出来なかった。それを簡単に説明すると、三人の表情が驚きから唖然へ、唖然から落胆へ、落胆から失望へと変化していく。そうして誰からともなく同時に呟いた。


「また出会いが消えた……」

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