第29話 離陸 想いを残して

 防衛省航空自衛隊那覇基地の滑走路に臨んだ一室で、ベンチに腰を下ろして、かぐやは出発便を待っていた。他に搭乗予定者はなく、自衛隊輸送機はかぐや1人を東京都多摩地区にある横田基地まで運ぶという。特別待遇がまた続いているのか、単なる偶然なのか、かぐやにはわからなかった。

 政府専用機で沖縄に戻ってから、かぐやは伊波師夫、リュウ、佐知とは別行動を取っていた。まがりなりにも防衛省所属武官であり、今回のほぼすべてのミッションに参加している唯一の隊員である。中瀬一佐とともに、メディカルチェック、メンタルチェックとストレス検査、膨大な極秘報告書および電子データの作成、戦術評価、経費決裁書などに追われる日々が続いた。リュウが数日おきにスマートフォンで通信端末にメールを送ってくれたが、まだ残務処理に追われている、事務仕事で頭が変になりそうだ、終わったら連絡する、という返信しかできなかった。

 ようやくすべての仕事から解放された時には、年が改まって新年を迎えていた。

 かぐやは恩納岳の麓へ飛んでいきたい気持ちでいっぱいだったが、中瀬一佐に申し出て、横浜に帰る許可を得た。

 自分の中で、どうしても区切りをつけたい気持ちが強かった。それは、ただの義務感ではなかった。

 好きなだけ休むといい、と中瀬一佐は言ってくれた。

 輸送機が出発する予定時刻が近付いたので、かぐやは部屋から移動しようとベンチから立ち上がった。

「姐さん」

 聞き覚えのある声に、かぐやが振り返ると、リュウと佐知が駆け寄ってきた。

「リュウ、佐知さん。わざわざ来てくれたの?」

「姐さん、水くさいよ。メールだけくれて、東京へ帰っちゃうなんて。中瀬一佐に聞いたら出発は今日だって。車を回してくれたんで、駆けつけてきたんだ。あの人、顔に似合わずいい人だね」

「東京じゃない、横浜だ」

「どっちでもいいよ、そんなの。姐さん、俺たちずっと待っているのに、なぜ1人で行っちゃうの?」

「ごめん。どうしても、行きたいところがあって」

「どこです?ひょっとして横浜に残してきた恋人とか?」

 かぐやは苦笑した。たわいもない恋愛をしていたのは、高校生の時までだ。

「そうじゃない、父と母のお墓だ」

「なぁんだぁ、墓参りですか」リュウは拍子抜けしたような声を出した。細かい事情いきさつを知らないから、これは致し方ない。

「父と母が亡くなってから、いろいろ訳あって、一度も行くことができなかった。ずっと長いこと、7年以上も親不孝をしてきた。今なら、行けるから。それに、父と母にゆっくりと聞いてもらいたいんだ、これまでのこと」

話を聞いていた佐知が歩み出て、持っていた布袋をかぐやに手渡した。

「これは?」

「開けてみて」

 布袋の中身は、新しい道着であった。

「横浜でもしっかり修行して・・・絶対に、ここへ帰ってきてね」

 かぐやには、佐知の目が潤んでいるのがわかった。

「師夫も、待ってるから・・・師夫に、あなたが本土へ帰ってしまうって言ったら、奥座敷を見つめてから、新しい道着を届けてあげなさいって」

 かぐやの胸の奥から、何とも言えない、熱い想いが湧き起ってきた。

 いつも師夫は、わたしを勇気づけてくれる。

 知念師範の家の奥座敷には、東雲流皆伝書と短刀が保管してある。

 きっと師夫は、道着を渡すことで、正統継承者としてのかぐやをここで待っていると伝えてくれたのだ。

「ありがとう」

 かぐやは道着を両手で受け取った。自分の目も潤んでくるのがわかる。

「約束よ」

「約束する」

 リュウが涙声で叫んだ。

「姐さん、俺とも・・・」

「リュウ、約束する。帰ってくるよ。それまで、佐知さんにしごいてもらえ。わたしを護るんだろ?修行、頑張らなきゃ」

 リュウは泣きはらした顔で、何度も力強くうなずいた。

 かぐやは滑走路を見て、輸送機の搭乗口が開いたのを確認した。 

「行かなくちゃ」

 手荷物と道着を持って歩き出したかぐやが、佐知を振り返った。

「ねぇ、一つだけ聞いていい?」

「何?」

「・・・ううん・・・やっぱりやめとく」

 再び歩き出したかぐやに、佐知は走り寄った。

 前を向いたかぐやの体に、後ろから抱きつく。

 大好き、と言った後で、佐知はいたずらっぽい声でかぐやの耳元に囁いた。

「わかった・・・わたしと師夫のこと聞きたいんでしょ?・・・さて、わたしと師夫は、どんな関係なのかな?」

 かぐやの耳は、朱く染まった。

「違う、そんなことじゃない」

「いいの、いいの。隠さなくても・・・この佐知さんの目はごまかせないんだから」

「違うって言ってるでしょ。・・・なによ、せっかくしんみりしてたのに」

「すぐまた戻ってくるんだから、いいじゃない。しんみりなんかしなくても。でも、そうね、それまで秘密にしておく。かぐやが帰ってきたら、教えてあげる」

「勝手にして、もう、行くから」

 沖縄に、恩納岳に戻ってくる理由が、また一つ増えてしまった。

 輸送機の搭乗口で、手荷物を副操縦士に渡し、かぐやは機内に入った。

 窓越しに、滑走路から少し離れた草地に立つリュウと佐知が見えた。

 かぐやは、2人に手を振った。2人は手を振り返し、口々に叫んだ。

「いってらっしゃい!」

「いってらっしゃい!!」

 いい言葉だな。わたしは、本土に帰るんじゃなくて、行くんだ。

 ここには、そう思ってくれる人たちが、いる。

 温かい気持ちが、かぐやを包み込んだ。


 輸送機は3000メートルの滑走路をゆったり走行して、おもむろに離陸した。

 リュウと佐知の姿が小さくなり、またたくまに消えていった。

 窓から顔を戻し、堅い椅子の背もたれに身を預けると、かぐやは瞼を閉じた。

 なつかしい父母の笑顔を、今は、鮮明に思い浮かべることができる。


 お父さん お母さん

 ずいぶん長いこと会いに行けなくて

 ほんとうに ごめんなさい

 でも ようやく 会いにいけます


 これまでのこと たくさん たくさん お話しします

 以前なら決して言えなかった 

 これからのことも お話しします


 おかげさまで 生まれかわることができました

 もう 泣き言を言わずに生きていけそうです

 とても素敵な人たちと出会いました

 わたしの新しい家族のような人たちです

 

 それから もうひとつ 今はお二人にだけ

 大切なことをお知らせします

 他の人には内緒の話です

 有紗には 大好きな人ができました

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天翔ける月姫 琉球編 龍青RYUSEI @daches11

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