第28話 幕引き それぞれの道
中瀬一佐は、伊波と曹が地下壕を脱出して生存していたことを隠していたと、かぐやに謝罪した。最終オプションとして、どうしても秘密にしておく事情があったと釈明した。
謝罪の後に聞いた中瀬一佐の説明によると、あの日、出入口が塞がれて生き埋めにされる危険を感じた曹は、伊波を伴って、あらかじめ用意してあった通路を使って地下壕を抜け出した。実は、旧海軍司令部地下壕は、未整備の地下壕や落盤によって崩落している地下壕が迷路のように伸びていた。一般公開されていたのは、ごく一部にすぎなかったのだ。曹は脱出路を確保した上で、好敵手である伊波がやってくるのを待っていたのである。
地下壕を抜け出した二人はしばらくの間、那覇の歓楽街で人混みに紛れて暮らし、小舟に乗って沖縄本島を抜け出した。そして、曹が沖縄からの脱出方法として決めていた宮古列島から八重山列島を経て台湾へ渡るルートをたどった。詳しい情報が得られない二人は、台湾で曹の人脈を使って中国本土の情報通と連絡を取り、そこから香港経由で、中野幹事長へ連絡を入れることに成功したという。
曹はフェアバーン・リゾートホテルでの働きでそれまでの罪を許され、、中野幹事長が中国の友人に働きかけてくれたおかげで、新しい身分とパスポートを手に入れることができた。伊波の中国への渡航禁止措置も解かれることになったので、後日、長峰師夫を現地で弔うことを約束して中国へ帰っていった。
かぐや、伊波、佐知、リュウは中瀬一佐とともに、中野幹事長が手配してくれた政府専用機で沖縄へ戻ることになった。専用機の到着を待つ間に、非公式ながら、岸部内閣総理大臣からねぎらいと感謝の言葉が伝えられた。防衛省からは正式に、中瀬一佐と中園三尉の特別昇進が伝えられた。
リュウは日本政府から今回の功績に対して特別報奨金が出たことや、さまざまなVIP待遇を受けられることに大はしゃぎして、たびたび佐知にたしなめられていた。
かぐやは帰国便の窓から眼下に広がる雲海を眺め、なぜ、見境もなく摩天楼の最上階から飛び出すような真似をしたのかをずっと考えていた。成算があったわけではない。両親の仇の一条を逃したくなくて、とっさに体が動いたのは事実である。だが、大きく跳躍する直前に何を考え、どう行動しようと思ったのか、繰り返し考えても何も思い出せなかった。
ただ、かぐやを包み込む大きな力が突然雲のように湧き起こり、天の視座と、無限に広がる円環図を蘇らせてくれたのは事実である。後は、ただ、導かれるままに行動しただけであった。
修行が足りない、まだ全然足りないとかぐやは思った。
中野宏武幹事長を中心に、ジャックシンジケートが引き起こした事態の幕引きについて、アメリカ、中国、韓国の政府首脳による秘密協議が進められた。
それぞれの国情に応じて、柔軟な対応を取ることになるのは通例であったが、沖縄国独立騒動との関連性を排した別の案件として処置するという点で、珍しく四カ国の意見が一致した。お互いの国益とメンツを護るための暗黙の合意であり、真相は闇に葬られることになった。
ウィリアム国務次官補は、健康上の理由から職を辞してフロリダで静かな療養生活を送ることになったが、実際は、南海の孤島へ飛ばされ、監視の下で人生の長い残り時間を海を眺めて暮らすことになった。大好きだった東洋の歴史文化、芸術と触れ合う機会は、二度と訪れそうになかった。
中国の
韓国の
日本の苅谷要輔は、相場操作を禁じた証券取引法、金融商品取引法違反で逮捕された。長い裁判の間に、老齢である苅谷の寿命が尽きるのは確実であった。裁判所は、保釈を認めなかった。政界の闇将軍は、四角い檻に入れられ、灰色の壁を見続けているうちに、すべての権力を失っていった。
一条准将は、フェアバーン・リゾートホテルの敷地に墜落死した。仰向けの状態で目をかっと開き、地面には真っ赤な血だまりが日の丸のように広がっていたという。自衛隊は、テロ対策訓練を視察中に起きた不幸な転落事故と発表した。
アラブ首長国連邦は、自国の大都市ドバイで起きた軍事行動を、対テロ訓練中のいくつかのミスが誤報されたものと結論づけた。ユーチューブにブラックホークヘリコプターの機影や、ペントハウスにロケットランチャーで攻撃を加えている動画がアップされたが、画質が不鮮明なものばかりであり、再生回数は伸びなかった。あでやかで、超セクシーな衣装を着た美女が空を舞っていたという証言が世界各地でおもしろおかしく
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