自分がクズであることを認められる者が勇者なのかもしれない、でも

「俺はクズだ」って言ってるやつはテスト前に「俺ぜんぜん勉強してねーわ」って吹いてるやつくらいに信用できないと思っていて、何でかってそいつら大体、ちょっとプラスなことをしたときに「クズのくせにやるじゃねーか」って思われたい、期待値を低くしておけばどんなことをしても褒められる!って打算して「クズだよ」ってプラカードをぶらさげて歩いてるファッションクズなんだよな。
とくに異世界もの中心のネット小説で主人公の性格が悪いやつ、なんだかんだで善いことをしてるしなんだ捻くれてるけど善性じゃん可愛げあるじゃん別に許せるじゃんみたいなのが多い。そういうの見るたびに俺は心の中でそっと「こんなんクズの安売りだわ」って言ってきたし半額シールをそいつに貼ってきた。
けど勇者のクズの主人公はプレミアがつくレベルに高値のクズ。
強くて冷静で機転がきいて、相手の動きも仲間の動きもよく見て戦況をコントロールできる、やると決めたことをやり通す意志力もある、無敵ではないんだけどどんな状況でも頼れる高汎用性の能力も持ってる、憧れられてもおかしくないスペック、されど間違いなくクズ。心の底から友達になりたくないと思った。こんなのが隣に居たら正義を飾って自分の価値をアピールするとかできないよ。こっちのがクズだけど頼れるもん。

本編は可愛い勇者候補少女三人組がそんなプロのクズに「クズとはなんたるか」を体験学習で教わっていくお話。勇者はクズなので事実上この世界における「勇者とはなんたるか」というのが分かるようになっている。敵の魔王についてもいろいろと分かる。勇者と魔王と聞いて夢いっぱいでやってきた読者は吐きそうなほどに濃い泥臭さで描かれるこの世界の現実に「うわあ……」ってなることうけあい。こいつらファンタジー用語でVシネマやってるよ、とドン引きするかもしれない。
魔王に《卿》がついてるとか能力が《エーテル知覚》って名前だったりとか、用語そのものは中二心をくすぐられるだけに、子供の遊びがそのまま大人の世界に交ざっちゃったみたいな恐さがある。空から落ちてきた美少女勇者の首筋に注射痕が並ぶシーンが一話から来る。この世界じゃ物理的に薬をキメないと戦いのステージにすら立てないという。
ひどい、容赦がない。そこからも良い所を見せようとしたやつからむごい目に会う。ヒロインの一人はどこまでも物語の中の良い勇者でいようとして馬鹿を見て、クズの主人公はそいつを鼻で笑い続ける。こんな横暴があっていいのか。あっていいらしい。だってクズでもないと生き残れないからだ。
最終的に分かるのは、「手段を選ばずに最後まで生き残ったやつが言いたいことを言えるしやりたいことをやれる」みたいな、ひどく当たり前の事だったりする。そういうことができるやつでも社会の波とか役割とかに勝ててなかったりして世知辛いが。確かにそれが世界の真理で、勇者と魔王が居ようが居まいがきっとそれは変わらないのだろうと思う。
それでも、そうした――クズの所業、勇者の商売をやっている主人公が、自も他も読者もきっと認めるクズが、騒動の最後の最後に恥も外聞も整合性も捨てて吐く言葉に、とにかく心を打たれた。
なんというか、読んでる自分の中にあったなにかがその言葉で守られたような気がした。救われた気がした。

読んでよかった。みんなも読んでほしい。番外編も楽しみだ。