十四章:ラウンズ、鉄壁の騎士の名を

十四章01:出島は、騎士たちの下に在り

 ――ソルスティア。いと高き空の塔と呼ばれるそれは、オーレリアからさらに東の、出島の先にそびえ立っている。本来であれば皇族の避暑地とでも呼ぶべき場所なのだが、現在はソルビアンカ姫の幽閉先として、騎士たちラウンズの管理下にある。僕たちはオーレリアとソルスティアの間に横たわる、僅かばかりの緩衝地帯でアンフェールを拾うと、現地の詳細について尋ねる事にした。

 

「先行ご苦労だった。何か違和感はなかったか?」

「特にありません。さすがに騎士たちラウンズには動きがありましたが」


「まあ、お隣があの騒ぎでは仕方がないな」

「はい。警戒出動で防護結界を強化したに留まっていました。市民の混乱はありません」


 皇帝自治領ソルスティアと、独立都市オーレリアは複雑な関係にある。ソルスティアはエスベルカ皇族や要職者の避暑地としての側面の他に、非常時の避難所としての側面も持ち合わせている。魔族が人の多い土地を優先的に襲う習性を利用し、帝都が戦火に晒された際は、ここに逃げ込んで急場を凌ぐと言う方針だ。


 しかし、騎士たちラウンズという勢力を有しているとはいえ、その方針は眼前に在るオーレリアの犠牲を当然のように看過するものでもある。なぜなら魔族が陸路を通してソルスティアに踏み入るには、間違いなくオーレリアを通過せざるを得ないからだ。


 ゆえに、エスベルカ側は毎年オーレリア側に対し、幾らかの国防費の融通を利かせてはいるのだが、そういう都合があるがゆえに、オーレリアの住民はソルスティアの住民に対し、100%の好意を持っているとは言い難いのである。事実、今回の魔族襲撃においても、ソルスティア側は自らの防備を固めるのみで、援軍を出してはいない。


「専守防衛のみか。まあ実際のところ、私たちだけで片付いてしまった訳だから、来られても迷惑なだけだったといえばそれまでなんだが。今朝に至るまで使者も来ていないというのは、些か日和見に過ぎるかと思う」


「仰る通りです。任務の特性上、陛下の来訪は一般騎士には知らされておりませんし、騎士たちラウンズの責任者にも、それを匂わせる行動は控えるようにとの通達は行っている筈ですが、それはそれとして、です」


「だな。どうやら姫君を救い出すという以前に、正すべきベルカの風習の一つにぶち当たっているのかも知れない。我々は」


 ソルスティアを統括するのは、騎士たちラウンズと呼ばれる上級騎士たちだ。具体的には、将軍たちドゥーチェスに一歩及ばなかったエリート騎士といったところか。それも「攻め」ではなく「守り」に徹した能力を持ち合わせていると聞く。恐らくはサー・マクスロクのような、結界術に通じた神殿騎士の手合いだろう。


「ええーッ、でも、騎士たちラウンズ団長のルベルアン卿は、そういう方ではなかったような……どちらかというと騎士のお手本のような方でしたよ?」


 と、ここでブリジットが話題に混ざってくる。ちなみにケイはというと、さっきから完全に蚊帳の外で、そこから飛び立ったブリジットを横目に、悲痛な顔を晒している。


「知っているのか?」

「知っているというか、あたしの剣の師匠ですよ? ルベルアン・ピュセル・ガングランさんは」


白き手の妖精ブランシュマン。ルベルアンに冠せられた字名の一つですね。彼女は氷剣の使い手として名高い騎士でした。僕も何度か手合わせしていますが、汚職や腐敗とは程遠い人物でしたね」


「えッ? アンフェールさんもルベルアン師匠の事をご存知なんですか?」

「い、いや……そんなに詳しい訳ではないので……今のは聞かなかった事に」


 講釈を垂れたアンフェールだったが、踏み込み過ぎるとヤブヘビと踏んだのか、僕の方に手を置いて、背後に隠れるような仕草をする。どうやら人物像についてはブリジットに聞くほうがよさそうだ。


「リジィ。ルベルアン卿について知っている事を聞かせて欲しい。ソルビアンカ姫に会う前に、顔を通す可能性が高い人物だ。人となりを知っておきたい」


「はいッ! そう、あれは……あたしがまだグルメハンターをしていた頃の話……」


 えっ、グルメハンターって何。そういうツッコミを入れたい所ではあったが、僕はとりあえず彼女の話を最後まで聞くことにした。ちなみにケイは、諦めたのか寝た。




*          *



「――とまあ、鉄の処女アイアンメイデンことフランチェスカさんと双璧を成す存在として、白き手の妖精ブランシュマンと、ルベルアンさんは称えられていたという訳です、えっへん」


 しばらくのやたら長く聞こえる話の末、そう胸を張るブリジット。いやほんとやばいほど張ってるな……胸。それはそれとして、彼女の話を要約しよう。


 白き手の妖精ブランシュマンことルベルアン・ピュセル・ガングランは、アンフェールと双璧を成す逸材だった。


 身長は低く、齢は三十を過ぎているというが、見た目は十代の前半にしか見えないらしい。銀髪で蒼眼、髪型はボブカット。胸はブリジットよりは小さいと。


 白き手の妖精ブランシュマンの異名は、徒手空拳から生み出される氷結の刃から取られているとのこと。ちなみに彼女の最大出力から放たれる「ウォール・オブ・ブリッグズ」は、レオハルトの一撃すら凌ぐらしい。


 と、ここまで聞くと、こんな僻地に押し込めるには有望すぎる人材である事がわかってくる。是非とも姫君と一緒に中央に来て欲しい所ではあるのだが、さてどう出たものか。


 これで割れた騎士たちラウンズの面子としては、ルドミラの姉、聖騎士のシャルロット・トーシャ・シャムロックと、白き手の妖精ブランシュマンこと、ルベルアン・ピュセル・ガングランの二名だ。まあルドミラから名簿自体は預かっているのだが、実際に人となりを知る人物から話を聞けるのとでは情報の質に雲泥の差がある。


「ありがとうリジィ。ソルスティアに着くまでは暫くかかるから、ケイと一緒に休んでいてくれ。アンフェールは疲れているところすまない、もう少し話を聞かせて欲しい」


「わっかりましたッ! お休みなさい、先輩ッ!!」

「僕は構いません。御望みの分、いくらでも」


 そうしてブリジットとアンフェールが寝息を立てる中、僕とアンフェールの雑話はほんの少しだけ続いたのだった。一行がソルスティアの門に辿り着くまでの間。

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殲撃のヴェンデッタ - 全てを奪われた俺は、勇者ヲ否定シ王ト為ル - 糾縄カフク @238undieu

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