十三章18:戦線は、息災にて異常なし

 廊下に出た僕の耳に、早速のように聞き慣れた声が響く。それは一陣の風のように駆け抜ける如し。――まあ実際に駆け抜けてるからね。


「もーうっ! ブリっちが寝てるから、ボクまで寝坊しちゃったじゃないかっ!」

「ひどいですッ! あたしだって何回か起きてって言いました〜! ……夢の中でですけど」

「それだったらボクだってとっくに起きてたもん! えっと、夢の中では……」


 とどのつまり、互いに責任をなすりつけ合いつつの食事会場への徒競走である。昨晩大食らいの末に爆睡をかましたケイとブリジットは、職員の手によって同室へと運び込まれたのだ。そうしてさらに朝までの惰眠を貪った二人は、こうして怠惰への応報を受けているという訳だ。


「それにっ! あ、やばっ! それにボクはセンパイのこと起こさなきゃだったんだ……どうしよう!? てかなんでボク、センパイの隣で寝てない訳???」


「ずーるーいーでーすー! 先輩の隣で寝る時はあたしだって駆けつけますからねッ!!! 最近ほんと凄いんですからあたしの性欲ッ!!!」


 陛下だろう陛下。公衆の面前では先輩センパイじゃないぞ僕は。まあ他に誰もいないからいいけどここ。――あと後者、みだりに淫らな事を言うもんじゃない。


「何を慌てているんだ? 二人とも」

「あああああああっセンパイ陛下すみませんっ!!!!」

「おっはようございますッ先輩陛下!!!!」


 どっちだよ。ていうか何だよその先輩センパイ陛下ってのは。こちとらもう数時間前から起きてるっての。


「廊下は走らない! それから走りながら寝ぼけない! おはよう!」

「あっあっ陛下……おはようございます……」

「うわっしまった陛下……おはようございます朝ごはんいきましょう」


 とまあ、そんなこんなで騒がしい二人を抱えつつ、僕は食堂へ赴く。既に準備は出来ているようで、ファンタズマとユリ、それにミグラント商会の面々も席についている。


「おっ、遅かったじゃねえか。すぐ飯持ってくるからよ。早く席に座ンな」


 めいめいに朝の挨拶を投げかけられる中、エプロン姿のリザが朝食を運んでくる。配膳係の顔を見ると、ハルの姿もあった。げっそりとしたその表情は、先刻の訓練でこってり絞られたであろう事実を物語って憚らない。


「ありがとう。しかし本当にリザは家庭的だな。イントッカービレの頭目じゃなきゃ、毎日城に来て料理を作ってもらいたいくらいだよ」


「なっ……朝っぱらから面と向かって恥ずかしいこと……言わないでくれよ。調子が狂うじゃねえか……」


 急にしおらしくなったリザは、ハルに後を任せると、そそくさと出て行ってしまった。


「いじわるっスよ。陛下」


 言いながらハルは、ケイとブリジットの前に大盛りのご飯をよそう。よく見れば彼女の背後には、カートに乗せられたお櫃が大量に並べられている。察するにブリジットの大食らい対策といったところだろう。


「遅れてすまなかった。皆、さっそく朝食を頂こう。食べ終わって落ち着いたらミーティング。お昼頃にソルスティアに着いていればいいだろう」


「いただきます!!」

「いっただっきまーす!」


 ひときわ大きい声でご飯を掻っ込むケイとブリジットが先陣を切り、賑やかな朝餉が始まる。川魚や旬の野菜を盛り込んだ色鮮やかなおかずの数々に、シンプルなTKG……だけでは胃袋に足りないと思われてたのか、中央には鍋が用意してある。旅館の朝ごはんとしては申し分なく豪華だ。


「ところで陛下、アンフェールの奴はどうしたんです? まだ姿が見えねえようですが」


「ああ、あいつにはソルスティアに先行してもらった。万が一という事もあるからな」


 するとアンフェールがいない事を訝しがるファンタズマから質問が飛ぶ。そういえばこの二人には、変更されたプランについて話してはいなかったのだった。一応は朝食後のミーティングで情報を共有しようとは思っていたから、最終的に問題はないのだが。


「なるほど。隠密って意味では、俺たちより一日の長があるって訳ですかい。任せてくだせえ。俺たちも昨晩、ついに新たな技を会得したんで」


「フフ……それがしと兄者の絆が生んだ奇跡のツープラトン攻撃、弐刄刃降ににんばおり、とくとご照覧あれ」


「ああ、頼りにしている。プランの変更点については、ミーティングの際に触れるつもりだ。よろしく頼む」


「うっす」

「は、承知」


 その後も朝餉の時間は滞りなく過ぎ、相変わらずたらふく食って腹を膨らませたブリジットを除くと、皆が皆、平素通りといった様子だった。かくてフェイズはミーティングに移る。




*          *




 ミーティングルームは、食事会場の隣に既に準備してあった。元々宴会で使うようなエリアを、パーテーションで区切っていただけらしい。改めてリザの手際の良さを褒めたい所ではあったのだが、またハルに諌められそうだったので諦めた。壇上には僕、そして隣にミズホと護衛のケイといった面子で、残りは椅子に座ってこちらを見ている。


「さて、では昨日の魔族によるオーレリア襲撃事件を受け、本日の任務に変更点が生じた為、まずはそれについて周知を図る」


 ミーティングには、いつの間に集まったのか、オーレリア防衛隊から血闘士ブラッディエーターと思しき顔ぶれまで揃っている。どうやら事実上の作戦会議の様相を呈しそうだと判断した僕は、ソルビアンカ姫救出作戦については、伏せたまま話を進める。


「さしあたり、皆の協力でワームの群れは撃退できたものの、後続による襲撃がないとも限らない。そこで部隊の一部は、オーレリアに残す方針を採る。ファンタズマ、ユリ、レイヴンズの面々は、無限蒸軌道ストラトフォード一台と共に市街の警戒、修繕、防衛に当たられたし」


「はっ」

「承知」


「さて、目的地へ向かう我々の部隊だが、ベルカからはケイ、ブリジット、ミグラントからはミズホとミナミ、さらに移動用の無限蒸軌道ストラトフォードを三台徴用する。晩までには戻ってくるが、その間の万が一に備え、ミグラントからの増援を手配している。――詳細は、ミズホ」


「おおきに。ほなうちから説明させてもらいます。うちからはを出します。すぺっくはの数倍、級の猛者やさかい、あんじょうよろしおす。日が昇りきる頃には来る思いますわあ」


 コキュートス級の一言に、オーレリアの面々がざわつく。コキュートス級というのは、一般的に「勇者エイセスでしか倒せない」化け物なのだ。もしこれを単騎で屠れるとするなら、それこそ正しく「人の世の」英雄であるだろう。


「ありがとうミズホ。――エスベルカ、およびミグラントからは以上だ。オーレリア側からは何かあるか?」


「ならそこは、代表してオレが答えよう」


 そこでずいと前に出たのは、リザ・ヴァラヒア。イントッカービレ頭目にして、オーレリアを取り仕切る影の支配者兼、同街の最高戦力でもある女帝だ。最近は僕との夜の営みでキャラ崩壊を余儀なくされているが、彼女は本来はそういう役どころである。


「ワームの群れを殲滅した以上、同じタイプの魔物がやってくる可能性は限りなく低い。つまり次に襲来があるとしても、それは地下からではなく、空か陸路になる筈だ。ゆえに最高戦力を東西南北の外壁ごとに分散させつつ、防衛隊で市街の復興作業に当たる」


「なるほど。となると一つ目はファンタズマとユリ、二つ目はアンネームド、三つ目をレイヴンズ、そして四つ目は血闘士ブラッディエーターと言う割り振りといったところかな?」


「そうなるな。オレは曲がりなりにも指揮官だ。オーレリア全域を見渡せるレッドラムに居座る必要がある。配置としては東側のソルスティア方面をレイヴンズに、西側のエスベルカ方面を、ミグラントの増援アンネームドに。南側のオーランドシー方面を血闘士ブラッディエーター隊に、北側のエルジア方面をファンタズマ隊に任せようと思っている」


「戦力配分としては妥当だな。あとは適宜、レッドラムに座すお前が、戦況を判断しつつ、手薄な隊のサポートに回ればいい、か」


「応。そこは任せとけ。オレだってコキュートス級程度にゃあ負けねえよ」


「知っている。頼りにしているぞ、リザ・ヴァラヒア」


「へへ……頑張るぜ」


 こうして大雑把ではあるがミーティングは終わり、オーレリア残留組は各々の持ち場へと散っていった。一方で、ソルスティアへと向かう僕たちも、東門側へと移動したのだった。




*          *




「ほな、行ってくるさかい、ウチのおらん間も、しゃんとせえよ」

「はっ!」


 レイヴンズを率いるミナミの檄に、居残る面々が敬礼で以って応える。一見幼そうに見える彼女がではあるが、調整型モデュレイテッドアーティファクトで身を固めた特殊部隊の、一応は長であるのだ。平素とは打って変わった凛とした表情も、踵を返す頃にはおちゃらけた少女の顔に戻っている。そうしてミナミは、ミズホの待つ最後尾の車両へ、二両目は運転手のみが座し、一両目に僕たちが乗って、一行はソルスティア――、すなわち、ソルビアンカ姫の待つ最果ての塔を目指したのだった。

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