第2話 歩きながら

天気は曇りだった。

一人で通い慣れた道を歩く。バイト先までは約三十分くらいだ。

バイク、自転車、徒歩など様々な選択肢がある中で、やはり徒歩が一番良い。

自身の体を「歩く」という最も単純で安全な状態にしたままで、いろいろな物事を考えたり、計画を立てたりできるからだ。

過去を思い出したりもできる。

数年前、数日前、つい先程のこと。

「…………」

今さっきネットで見付けたアホのせいで、思い出し笑いをしてしまう。

通行人もそこそこいる歩道なので、少し怪しい振る舞いになってしまった。

下唇を噛んで、落ち着いて歩き続ける。

俺までアホのせいで変になってしまう。

三つの笑いと、今もまたその中の一種の思い出し笑いまで提供してくれたアホに、溜め息を返す。


何か別のことを考えよう。たとえば今日の予定だ。

このままバイト先の店に着いて、いつものように仕事をし、深夜には帰宅する。

帰宅の途中に、気が向けば、どこかの開いている飲食店にでも……。

適当に周囲の店々に目を向ける。まだ今は開店している店が多い。

ふと一枚の看板が目に止まった。ただそれは、店名や商品名ではなく、単に「大特価333円」という値段だった。

三という数字の三列の並びに、面白い偶然性を感じた。

俺が先刻考えていた三つの笑いを、再び思い出させてくれるような、数字の助け。

「……お」

今度は別のサービス系の店でも、その看板に「3回まで半額でご利用できます」という文字があった。

数字に笑わされる。楽しくさせられる。

笑いが込み上げてくる。愉快な気持ちが、足の運びを、頭の振りを、目線を左右してくる。

次の看板を求める。

「次は……あ」

三だけでなく、「お客様の笑顔を求めてます」とも書かれた看板があった。

数字だけでなく、「私たちと一緒に笑いましょう」とも描かれた看板があった。

まるで俺の笑いを見越したような、先んじて用意してくれたような、そんな喜びを感じさせられる。

喜んでしまう。偶然なのに楽しんでしまう。

偶然なのに、どうしてだろうか……。


道端にゴミが三つ落ちている。空き缶と袋とレシートだ。

道の向こうで、おばさんたちが三人連れで歩きながら談笑している。

「また……」

まただ。不思議と続いている。

何なのだろうか、これは……。


三人、三個、三枚……、微笑、苦笑、大笑……。

そして三十分くらい経った頃に、バイト先に到着した。

そこには、昨日まではなかった新しい看板が立て掛けられていた。

巨大な、大型トラックくらいに大きな看板には、多分クールさかユニークさを追求したと思われる、邪悪な笑いを浮かべた黒い悪魔が記されていた。

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妄想が始まる @sc9

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