妄想が始まる

@sc9

第1話 アホを見付けた。

 奇妙なブログを見付けた。

 奇妙過ぎて、管理人はアホだと思った。


 自室のパソコンの画面から、そのブログ、及びその管理人について考えてみる。

 異常というか滑稽な点が、ぱっと三点浮かんだ。思わず笑いが込み上げてくる。

 

 まず一点目、自己紹介に当たる部分が、訳がわからない。自己紹介である以上、管理人がどういった人物なのかを示す筈なのに、そこがずれている。

 どうも管理人が過去に作ったブログを持ち出す形で、自己を紹介しているようだが、そんなことをされても呆れるだけだ。

 管理人が勝手に作った、非常に狭い世界の一個でしかないものを、さも「これこそが自分の身分を何よりも誇らしく輝かせてくれるものだ」と言い放ってきているようで、苦笑しか出てこない。

 逆にいえば、他に何も持たない人物だと公言している訳で、だからこそ笑えてくる。


 笑いにも三つの種類があると聞いたことがある。多分、三つは三点と重なりそうだ。

 一つ目の笑いは、「物事の通常の流れに、ふと異なる流れが混ざり込んできたときに起こる、ずれを楽しいと感じる笑い」だ。

 意外性が楽しい、新鮮さが楽しい、といった感じの笑いで、それがぴたりと当て嵌まっている。このブログの管理人はずれていて面白い。


 次に、二点目、ブログの記事の内容だ。ぱっと読んでみて理解したが、身を曝け出していくタイプらしい。適正な環境で精一杯の努力をしてきた人たちの芸や技術とは違い、いわゆる客の反応に大きく左右される、捨て身、どんどん過激化していくアレに近いと思う。恥、異常性、などで目立とうとする方針で、ネット上でも頻繁に見られるやつだ。

 ただ、だからこそ一種の安心感がある。危険性を感じないレベルでの珍しさと一応の人間臭さだ。そんなところに、ほっとした落ち着きの笑みも浮かんでくる。


 そして、それは最後の三つ目の笑いにも繋がってくる。安心というのは、たとえば、獲物を見付けたときの肉食動物の漏らす感覚の中にもあるらしく、平たくすれば、優越感や嘲笑に類するものだ。

 アホを見付けた、という思いは、この辺りが一番大きいかもしれない。

 ずれていて、恥を曝す存在。エンターテインメイトにはなっている。

 エンターテインメントだから、楽しませてもらおう。たっぷり笑わせてもらおう。

 批評しよう。応援もしよう。粗も探そう。


「……文章が、まず読みにくい……行間をもっと」


 などと考えていた間に、そろそろバイトの時間になりつつあった。

 続きはまたにして、身支度をするために、そっとパソコンを閉じた。

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