一章 ギルド〈妖精の憩いの場〉

出会い 1ー1

「ゲギャギャ」


ゴブリンは声を上げて目の前の少女へと飛び掛った。


「ーークッ!」

「ゲギャ!?」


少女は何とか反応し、ゴブリンの攻撃を盾で受け止める。

受け止められると思っていなかったのだろう、ゴブリンは驚き声を上げた。ゴブリンは力を込め盾を弾こうとするが盾はピクリとも動かない。

少女はゴブリンを弾き返し、その無防備な体躯へと斬りかかろうとするがその攻撃は未然に防がれた。


「「ゲギャ!」」


二匹のゴブリンが少女へと飛び掛ったのだ。

その連繫は連繫とも言えない何とも稚拙なものだったが少女がゴブリンへの攻撃を中断するには充分なものだった。


「ーーチッ」


少女は追撃するのを諦め、その場から退がった瞬間にゴブリンが持つナイフが地面へと突き刺さる。


(危なかった)


少女はそう思うと同時にゴブリンへと斬りかかった。

それは、僅かな隙だったが少女と言えど冒険者が見逃す隙ではない。


「ゲギャ!」


しかし、その攻撃も防がれてしまう。後方へと弾き飛ばされたゴブリンが刃こぼれしたナイフで防いだのだ。


「このやろうっ!」


少女は腕に力を込め無理矢理振りきる。するとキィィンと言う甲高い音とグギギャと言うゴブリンの苦しむ声が聞こえた。

無理矢理振り切った為、崩れた体制を整え前を見ると二匹のゴブリンが斬り飛ばされたゴブリンを支えるように立っていた。支えられているゴブリンの右肩から血がドクドクと流れていた。


(ーーっ、浅かった)


出来れば今の攻撃で仕留めておきたかった。三匹相手だと強行に出れないが二匹だと強行に出ても何とかなると少女は思っていたからだ。


ゴブリンを見ると苦しそうに肩を上下に動かして息をしている。


(いけるかーーいや、いくしかない)


そう思い足を前に出したその時だった。少女は少し大きめの小石を踏み、バランスを崩しそのまま倒れたのだ。不意な事だったので少女は受け身を取ることも出来ず左半身を地面へと叩きつけた。その拍子に少女の手から剣が離れてしまう。


「クッーー、ッーーー!?」


少女は慌てて立ち上がろうとするが手足から鈍い痛みが伝わってきた用で、顔を顰めている。

足に力を入れて立とうとするが痛みの所為で立つ事が叶わない。


その様子を見ていたゴブリン達は自分達が優位にたったと悟ったのだろう。傷を負っているゴブリンを支えるのを止め、二匹のゴブリンが少女へと近づいていく。


「「ギギャ」」

「ゲギギャ」


二匹のゴブリンは後ろにいるゴブリンへと声をかけた。すると、ゴブリンは肩を上下にしながらゆっくりと少女へと近づいた。

ゴブリンは二匹のゴブリンの片方からナイフを渡されるとニヤリと薄汚い笑みを浮かべた。


(ああ、こんなところで私は死ぬんだ)


ゴブリンが近づいてくる中、少女はそう思った。


(走馬灯とか景色がゆっくりに見えるって本当なんだ)


さっきから周りの景色がゆっくりに見える。それに、昔の出来事が次々に思い返されていく。


(死にたくないんだけどなぁ)

(でも、左手は動かないから盾で防げないし、剣は少し離れた場所にあるしなぁ)


ゆっくりと、けれど確実に自分の死が近づいてきている。


(どうせなら楽に・・・)


そんな事を考えた時だった。

分厚い肉を刃物で力強く刺したような低く重い音がその場に響いた。


「ギ・・ギャ・・・」


少女へと近づいていたゴブリンはそう呟いた後、霧となり霧散した。ゴブリンが消えた後、魔石と黒いナイフがその場に落ちてきた。


(な、何が・・・)


少女は何が起きたのか分からなかった。ゴブリン達も同様のようで目を点にしていた。


何処からともなく地を蹴る音が聞こえてくる。


少女は音が聞こえる方を見ると、そこには黒く艶やかな髪をたなびかせ、腰に差している細剣レイピアに手をかけている人物がいた。


「「グギャグギャ」」


ゴブリン達もその人物に気付いたようで、武器を構えた。

片方のゴブリンは地面に落ちていた黒いナイフを素早く拾い上げて構えた。


「ギギャャ」


ゴブリンは声を上げると黒髪の人物へと立ち向かって行った。そのすぐ後ろから黒いナイフを持ったゴブリンが追いかける。


「・・・いくよ」


黒髪の人物は小さく呟いた。それは本当に小さく細いものだった。けれど、少女には確かに聞き取れた。

その声は透き通った鈴のようで、この様な場で無ければ少女はその声に酔いしれていた事だろう。


黒髪の人物はレイピアを抜き取ると、地を蹴る速さを上げた。黒髪の人物は自らゴブリン達との距離を縮めていく。


「「ギギャ!」」


ゴブリン達は近づいて来る黒髪の人物に向けて攻撃を放った。けれど、黒髪の人物はその攻撃を最小限の動きで躱し、ゴブリン達と交差した瞬間にレイピアを振るい傷を与える。


(す、すごい)


少女はその光景を見て、素直にそう思った。たった二匹からの攻撃と言えばそれまでだ。しかし、その攻撃を最小限の動きで躱してゴブリン達とのすれ違いざまににレイピアで斬りつける動きに少女は目が釘づけになっていた。


「おわり」


黒髪の人物はそう呟くと、ゴブリン達の頭をレイピアで貫いた。


黒髪の人物はゴブリン達が落とした魔石と黒いナイフを回収すると少女の方へと近づいた。


「大丈夫?」

「えっ、あっ、はい」


少女は急に声をかけられた事に驚き、焦って答えてしまった。

その時、少女は黒髪の人物に見惚れてしまったのだ。少し目が切れ長で線が細く中性的な顔立ちに。


「・・・立てる?」

「は、はい、ーーッ!」


少女は立ち上がろうとした瞬間に鈍い痛みが脳に伝わった。


「・・・どこ?」

「えーと、何がですか?」

「痛いの、どこ?」


そう言われて少女は何を言われているのか理解した。


「左脚です」

「・・・見せて」


黒髪の人物はそう言うとしゃがんで、少女の左脚へと手を伸ばした。


「脱がす」

「は、はい」


靴を脱がすと、黒髪の人物は自分がつけているポーチへと手を伸ばし何かを取り出した。


「腫れてる、痛い、我慢」

「えっ、ーーッ!!」


少女は何がと聞こうとした瞬間、脚から鈍い痛みがジンジンと襲ってきた。脚に何かを巻きつけられていくのを感じる。


「あと少し・・・、おわり」


その声を聞き脚の方を見ると、ガッチリと脚がテーピングされていた。


「あ、ありがとうございます」

「ん」


黒髪の人物は少女に靴を履かせ直すと、おもむろに立ち上がった。


「これで、立てる?」

「ーーはい」


脚からの痛みが和らぎ何とか立ち上がることが出来たが、左腕からは相も変わらず鈍い痛みが伝わってくる。


「コレ」


黒髪の人物はそう言うと、ポーチから緑色の液体が入った瓶ポーションを取り出して、それを少女に向けた。


「えっと・・・」

「あげる」


黒髪の人物は少女にポーションを押し付けるように渡すと


「気をつけて」


そう言ってダンジョンの奥へと走り去って行った。





「ーーってことがあったんだよ!」

「もう、分かったから。そもそも、その話三回目なんだけど」

「そうだっけ?」

「ハァーー、おかしいと思ったんだよ。クリスが私にご飯に付き合ってって言ったのが。

あっ、エールお代わり」

「いいでしょ別に、これくらい付き合ってくれたって」


クリスと呼ばれた少女はそう言って言葉を返す。


「いや、まぁ、いいんだけどさ」


まぁ、奢ってくれてるしいいかと思った女性ーーシルッカは運ばれてきたエールを受け取るや否や、一気にそれを飲み干した。


「ーーッ、プハァァァ!いやー、タダ飯サイコー。何時も美味しいエールが何時も以上に美味しいんだからね。

エールお代わり!あと、何かつまみになる物もお願い!」

「はーい、わかりましたー」


近くにいた店員は急いで厨房の中へと向かっていった。


「それでね、その人の顔がね凄く綺麗なの。線が細くてさ、顔も中性的でね、ああ言う人が同性にモテるって言うんだろうねーー」

「いや、だからそれもさっき聞いたって。言いたいことはそれだけじゃないでしょ?」

「いや、その、そーなんだけどさー」


シルッカに自分が言いたいことを見抜かれていて、途端に顔を赤くしていくクリス。

シルッカはニヤニヤしながらクリスを見ている。


「それにしても、クリスも簡単よね。命を助けられて好きになるって」

「しょ、しょうがないじゃん!だって、カッコ良かったんだもん」

「はいはい、分かりましたよ。それで?」

「そ、その変じゃない?女の子同士って」

「うん?いや、私はどうでもいいと思うよ。ーーって言うか私的には私を養ってくれる人なら誰でもいいけど」


さっき迄、顔を赤くしていたクリスはシルッカの発言を聞くと途端に冷めた目になり肌の紅潮もおさまっていくのを感じた。


「・・・毎度毎度思うけど、シルッカって中々のくーー、駄目人間よね?」

「あーー、いま屑って言おうとしたでしょ。そもそも、屑も駄目人間も大差ないんですけど!」


二人は周りのことも考えず騒ぐ。その二人を見て、相変わらずだなぁとも言いたげな顔をした店員が料理を運んできた。


「はーい、お待たせしました。エールと鶏のタタキです」

「待ってましたー!」


シルッカはエールと鳥のタタキがテーブルに置かれると、鶏のタタキを食べにかかった。フォークで乱雑に刺し、少し多めにとれたそれを頬張る。


「んぐんぐ」


新鮮な鶏肉からしか感じられないコリコリとした感触、噛めば噛むだけ鶏肉から溢れてくる旨味を堪能した後、エールを口に含んで一気に飲み込む。


「ッーーー、サイッコーーーー!!」

「そんなに美味しいの?」


クリスの問いにシルッカはコクコクと首を縦に振った。


「じゃあ、もらうね」

「・・・えっ?」


クリスはシルッカが答えるのを待つこともなく、鶏のタタキへと手をつけた。


「・・・あっ、美味しい」

「・・・」


シルッカはクリスを無言で見つめる。


「何?」

「食べた、クリスが私が頼んだやつを食べたーー!」

「なっ、それくらいいいでしょ!?」

「駄目ですー!これは、私が頼んだんですーー!」

「子供かっ!?それくらい我慢しなさいよ、シルッカの方が歳上でしょ!?」

「あっ、そー言うのいけないんだ。歳上が何時も我慢しなきゃいけないとか不公平だし、そもそも私の精神はそこまで大人になれてないからね!」


シルッカは情けないことを、堂々と胸を張りながら答える。それがシルッカクオリティなのだ!

それに加え、何時も強調されている胸がより強調されて扇情的になっている。


「そんなことを堂々と言うな、この駄目人間!」

「煩い、この百合俎板まないた!」

「ゆ、百合ちゃうわ!それに俎板言うな!」

「やーい、俎板ー、絶壁ー」

「ふ、ふふふ、いいのかなそんな事を言って」


よほど俎板や絶壁と言われたことに腹を立てたのか、声のトーンが低くなるクリス。


「な、何さ」


シルッカはそのことを感じ取り、思わず唾を飲む。


「それだけ料理を頼んでお金足りるの?」


クリスに言われたことに思わず嫌な汗が体から溢れでてくる。


「えっ!?だ、だってクリスが私にご飯に付き合ってって言ったからーー」


シルッカの言葉を遮るクリス。


「うん、言ったね。でもーー」


少し間を溜めてこう言った。


「ーー奢りとは言ってないよね?」

「えっ、えっ?嘘だよね、ねぇ、嘘だよね?何時も、奢ってくれてるもんね?ねっ、ねぇってば!?」

「シルッカ、足りない分は働いて返さないとね?」

「すいませんでしたーーーー!!少し酔っていて、調子に乗ってました。お願いします、どうか許してください!」


クリスが本気で言っていると見ると、シルッカは椅子から飛び降り地べたに頭を擦りつけた。俗に言う土下座である。

プライドなどど言うちんけなモノはシルッカに存在しない。シルッカに在るのは如何に楽をして生きていこうかと言う思惑だけである。故に土下座でタダ飯が食べれるのなら、そんな事はどうでも良いのだ。


「どうしよっかなー?別に払わなくても私は困らないしなー?」

「お願いします、どうか平にご容赦を!」


シルッカはクリスを揺さぶりながら言う。


「うーん、やっぱり払わなくてもーー」

(ヤバイヤバイヤバイ、このままだと私が払う羽目に。どうにかしないと、どうにかしないと)


シルッカは必死に頭を働かす、自分が払わなくて済むように。どうにかしてクリスに全額払わせようと、普段動かさない頭を酷使する。


(ーーうん?もしかして、もしかしたら、いけるかもしれない)


シルッカは一途の望みをかけてクリスへと言葉をかける。


「クリス!」

「ーーなに?」

「今、思い出したんだけどさ、もしかしたらそのクリスが言っている人に心当たりがあるかもしれない」

「・・・本当?嘘だったらーー」

「いや、こればっかりは分からないんだけどさ、もしかするとその人ここに来るかもしれない」

「ーーなんで?」

「今、思い返すと今朝一人私達のギルドに入ってくれた人がいたんだよね」

「・・・えっ!?私達のギルドに!?」

「うん、私達のギルドに。で、その人の特徴がクリスが話した人に似てるんだよね」

「な、何でそんな大事な事忘れてたのよ!」

「だ、だって、クリスが私をご飯に付き合ってって誘うから」

「そんな事関係ーー」

「シルッカ」


クリスの言葉を遮って、聞いた事のある透き通った鈴のような綺麗な声がクリスとシルッカの耳に入ってきた。


「探した」


その声の主はそう言うと、クリス達のテーブルに座った。


「えっ・・・」

「た、助かった・・・」


クリスは今まで話していて、今現在好意を抱いている相手がシルッカの言う通りに来たことに驚き、シルッカはクリスの様子を見てお金を払わずに済みそうなことに安堵の息を吐いた。


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されど僕らはダンジョンで躍る リーあん @ri_an

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