追記31 DAY DREAM〜アルムナイ〜

 アルムナイ。

 「卒業生」という意味の英単語である。

 近年では企業の退職者、すなわちOBOGを指すビジネス用語として定着している。

 終身雇用制度が崩壊して雇用が流動化したことで、複数回の転職を経験する社会人も珍しくなくなった。その経験やコネクションを有効に活用しよう、ということらしい。ググれば人材活用のハウトゥやクラウドサービスなんかがヒットし、SNSで検索をかければカタカナ多めの意識が高い呟きばかり目につく。


 風見組長が私をその名で呼んだ。

 意味が分からない。企業を退職どころか、家庭教師のバイトしかやったことが無い。まだ大学生で、卒業どころか留年中で、大学に行かずゲーム博打に明け暮れる不良学生である。

 風見組長は、困惑する私に構わず話を続けた。

「電子機器の助けもなく、プログラムやメモリにアクセスして改竄できる特殊能力の持ち主。誰が呼び始めたのかは分からんが、裏社会では『アルムナイ』と呼ばれてる。お前も、そうなんだろ」

 私が暫定的に異能アノマリーと呼んでいた力、その持ち主達のことか。


 2D対戦格闘ゲームの当たり判定を改竄できた碓氷精司。

 テクスチャを描きかえ、ギャンブルでイカサマを仕込んでいた名蜘蛛ムラサキ。

 確率を無視し、奇跡のような出来事を任意に起こせる依神維織。

 そして、ゲームで負けたときに限って時を巻き戻せる私。

 「卒業生」という呼び名は言い得て妙だ。確かにいずれも、人間の域を「卒業」した存在である。


 しかし私の『時間遡行』は、私以外の誰にも感知されないはずだ。どうして異能の持ち主だと気付けたのだろう。

「『ワイルドドッグ』で、プロゲーマーの碓氷精司をノーダメージで下したそうだな。明らかに人間業じゃねえ。どんな能力なのかは知らないが、米良からその報告を聞いて、お前がアルムナイだと確信した」

 そう言われて納得した。確かにあれはやり過ぎだった。

 私が普通のゲーマーで無いことを知っている――となれば、レースゲームが得意ではないと知りながら、あえて私を代打ちに起用せんとする理由にも察しがつく。

「つまり対戦相手も……」

「察しが良いな。西側が抱え込んだのも、アルムナイだ」

「西側?」

「こっから先はカタギには話せない。俺達『裏』の抗争の話だ。代打ちを引き受けると言うなら、詳細を話そう」

 依神を人質に取られている以上、私に断る選択肢はない。

 それにもはや、断る気も無かった。上手く運べば、『アルムナイ』の謎に近付けるかもしれない。

「……分かりました」

「腹は決まったようだな。続きを話そう」


 風見組長の指示で、組員の米良が先程通ってきた部屋から薄い冊子を持ってきた。「ちょっと読んでみてください」と言ってテーブルに置く。

 旅行代理店が発行するクルーズのパンフレットだ。表紙には白い大型の客船が写っていた。およそ100日間をかけて地球を一周し、30ヶ所以上に寄港するプランのようだ。

 ページを捲ると世界地図が乗っていて、そのルートと寄港地が矢印で記されていた。アジア、スエズ運河、地中海、西欧、北欧、大西洋を渡って北米東海岸、カリブ海、パナマ運河、北米西海岸、太平洋を経て、そして日本にも停泊する。

「船の名は『セプテントリオン号』。世界一周旅行の途中で、乗ってる客の殆どが金を持て余してる連中だ。この船が2週間後に横浜に到着して停泊するんだが、客を楽しませる余興として、夜にeスポーツ大会が開かれることになってる」

 パンフレットにも記載があった。「有名ゲームやハードを生み出したゲームの聖地、日本。そのトッププレイヤーたちを招き、eスポーツの最高峰をお楽しみ頂くイベントです」と。

 確かに日本のeスポーツが盛り上がっているのは確かだが、しかしアメリカや韓国に比べれば後進国にあたる。折角地球を一周してくるというのに、何故日本でこんなイベントをやるのか?それに、私がゲームでしか見たことのないような世界の景色を、今まさにリアルで見てきた富豪たちが、今更ゲームに熱狂するだろうか?

 いや、富豪だからこそ、熱中するもある。つまりは……。

「このゲーム大会が、『裏』なんですね」

「そういうことだ。勝ったプレイヤーに金が出るのは勿論、客たちも誰が勝つかに金を賭けてる。どいつもこいつもゲームになんか興味ないが、には興味津々って訳だ。当然違法賭博だが、海に出てしまえば問題ない」

 パンフレットにも「開催中は一旦港を離れますので、太平洋から日本の夜景をお楽しみください」とある。始まってしまえば、警察も踏み込んでこられないという訳だ。

「お前に動いて貰うのは、イベントの最後だ。国内のトッププレイヤーを招いてのエキシビションが開かれることになってる。客は知る由もないが、これが大会を仕切ってる二つの組……俺達『風見組』と、関西を根城とする『白沢組』の代打ち勝負。つまり、裏プロゲーマーの東西決戦という訳だ」

 そんな麻雀漫画みたいな世界に、自分が関わることになるとは。

「勝敗によってイベントの利益を分配を決めることになってるが、重要なのは金じゃ無い。より優れた代打ちを飼ってるということは、ゲーム博打を支配してるってことだ。血の流れない抗争と言っても過言じゃない」

「その西側の代打ちが……『アルムナイ』なんですね」

「ああ。元は風見組についてた代打ちだ。去年のセプテントリオン号ではそいつの力で随分儲けさせて貰ったよ。だが、今年の大会を目前にして裏切りやがった。『白沢組』の側に付きやがったんだ。高い報酬を約束したんだろうな。米良、写真を見せてやれ」

 米良がタブレットを操作して、私の前に置いた。

 どこにでもいる、ごく普通の青年が写っていた。私と同じ位の歳だろうか。

「そいつがお前の対戦相手だ。名を藤原ふじわら 茂光しげみつ。生粋の『裏』プロゲーマーだよ」

「どんな力の持ち主なんですか」

「レースゲームのプロフェッショナルだ。アルムナイであることは認めたが、具体的に能力を語ることは無かったし、分からなかった。イカサマの種を明かすギャンブラーは居ねえからな。だが、恐ろしく正確に操作するヤツだった」

 恐ろしく正確な操作。そう聞いて、ライバルの顔を思い出した。

「『エアリアル』シリーズも無印からのプレイヤーらしい。『V2』では国内最強の博霊新に匹敵、あるいはそれ以上かもな」

 冗談じゃねえ。そう思った。

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裏プロゲーマー放浪記『アルムナイ』 ~TASer vs チートバグ~ ベホイミProject @lyricalbehoimi

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