第11話 My life my love
新年の朝を迎えて数日が経った。
いつまでもおとそ気分じゃいられない、と私は仕事初めすることになった。
スーツにネクタイ、ヒゲ剃りをして髪をとかす。
今日のブリーフはライトグリーン。朝の情報番組の占いコーナーでさそり座生まれのラッキーカラーはライトグリーンってことでこの色にしたのさ。
私の名はジョニー。ジョニー・ヤングマン。
「いきなりで悪いけど、この会社つぶれるからよろしく」
「ええーー!!」
ジム社長の言葉に私たち社員は絶句した。
ミッチは泣きそうな顔で社長にたずねた。
「なんでこんないい会社がつぶれちまうッスか!?納得のいく説明をおねがいしますよ!」
「いや、大赤字だらけなんで、ね」
キャサリンはコルトパイソンに実弾をこめていた。ジムに銃口をむけるところを私が間に入ってさえぎった。
「どきなさいジョニー、そこのクソヤロウを撃たなきゃ私の気がすまないの」
「撃ってもかまわないが、きみが逮捕されるのは心苦しいぜ」
ジムはキャサリンに土下座して詫びを乞うている。
「退職金は払うんで許してちょ!」
アメリカからはるばる日本に来たのに、こんな形で私のサラリーマン人生が終わるとは。人生とはつくづく無情なものさ。
駐車場でキャサリンの後ろ姿をみかけた。私はコルトパイソンから煙を吹いているキャサリンの肩を叩いた。
「おいおい撃つなっていったろ?」
「気晴らしにカラスを撃ってたのよ、これなら問題ないでしょう?」
「日本じゃ発砲しただけで重罪なんだぜ」
「まあ、なんて融通のきかない国でしょう」
キャサリンは指でコルトパイソンをくるくるっと2回転させてからポケットにしまった。
「ジョニー、飲みにいきましょう」
寂しい裏路地の赤ちょうちんの屋台で私とキャサリンは焼酎で乾杯した。
屋台のおやじは赤ら顔でおでんを煮込んでいる。
「サラリーマン卒業に乾杯!」
「OL卒業に乾杯!」
ちん、とコップを鳴らせて私とキャサリンは焼酎をあおった。
「しかしこんないきなりサラリーマンやめることになるとは青天の霹靂ってやつだぜ」
「世界中どこも不況でいつどの会社がつぶれてもおかしくないみたいね」
キャサリンはちくわぶとこんにゃくを注文して、むしゃむしゃと食べた。
私はおやじに訊いた。
「お勧めはあるかい?」
「そうだねえ、牛すじなんかおいしいでっせ」
「じゃあそいつを頼む、2本な」
「あいよっ。けつあごの外人さん、そっちのパツキンちゃんは恋人かい?」
唐突な問いに私は焼酎を鼻から吹いた。
「おいおい、カップルに見えるってのかい?」
「いやぁ、お似合いでっせ」
キャサリンはまんざらでもないといった風にこんにゃくを音をたてて食べていた。
「そうだなぁ、私とキャサリンは、恋人なんていう甘っちょろい関係じゃないんだ。魂の結びつき、ソウルメイトってやつさ」
「おっ、外人さんてばスピリチュアルですなあ」
おやじは牛すじを2本、皿にのせて出してくれた。1本キャサリンにあげると私は竹串ごと食った。
「なぁ……キャサリン。これからどうする?」
キャサリンは牛すじをクッチャクッチャ噛みながら焼酎を喉に流し込んだ。
「さすらいのフーテンにでもやってやろうかしら?もしくはSMクラブの女王蜂でもいいわね」
「うん、キャサリン。きみには女王蜂がよく似合う、いいと思うぜ」
「ジョニー、あなたはどうするの?」
私は夜空を見上げた。満月が出ている。アメリカ合衆国にいた頃でも、日本にいる今でも、月というのは変わらないものだ。
「そうだな……私はさすらいのバーテンダーにでもなってやろうかな」
「まぁ!それじゃこれからジョニー・ザ・バーテンダーになっちゃうのね」
「おかしいかい?」
キャサリンは困り顔でふふっと鼻で笑った。
「いいえ、お似合いよ」
さすらいのバーテンダー。悪くない響きだ。私はキャサリンにグッドバイ、と言葉を交わして別れた。
あの女とはいつかどこかで、また会えそうな気がする。予感じゃなく、運命さ。
もしかしたら再会の場所はどこかのバーかもしれないし、どこかの留置所かもしれない。神様のサイコロに期待するしかないさ。
アパートへ帰ろうとすると、のぶ子がいた。ボディコンファッションだった。
「あらジョニーさん」
「のぶ子、今夜はずいぶん大胆だな」
「うふふ、なんとなく若い頃着てた服を着たくなっちゃって」
そう言ってのぶ子は顔を赤らめた。
「のぶ子、いきなりだけど言わなきゃいけないことがある」
「え、どうしたのジョニーさん」
「私の勤め先が倒産した。ジョニー・ザ・サラリーマンはおしまいさ」
のぶ子は素っ頓狂な声を上げて白目をむき、口から泡を吹いた。
「あらら……ジョニーさんそれって大変!」
「心配しないでいい、私はこれからさすらいのバーテンダーになるんだぜ」
「そっか、それなら安心ね」
のぶ子はすっかり元に戻った。立ち直りが早い女性だ。
翌朝。
アパートの荷物をまとめて風呂敷に詰めた私は、風呂敷を担いで歩き出した。
「ジョニーさん……」
早起きなのぶ子が歯磨きをしながらパジャマ姿で家から出てきた。
「行ってしまうの?」
「ああ……」
「どこへ……」
私はけつあごをボリボリと掻いて、はにかんでみせた。
「――未来へ!」
―THE END―
ご愛読ありがとうございました
ジョニー・ザ・サラリーマン(改訂版) マツダ草介 @soosuke
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