エピローグ
戦いはまだ続く
テュランが死亡してから、一か月が過ぎた。それなりの時間が過ぎたものの、あの日の光景は今でもアーサーの記憶に鮮明に焼きついている。
あの日。サヤの手を振り払い、テュランは自ら身を投げた。アーサーが駆け寄るも、この手は届かずに。結局、テュランはそのまま地上八十メートルの高さから地面へ全身を打ち付け、骨が砕け、殆どの臓器が破裂するという惨い死に方を遂げた。その凄惨さは、思わずサヤの視界を手で覆い隠した程だった。
それから、衝撃的な事実もわかった。テュランがどうして凶行に走ったのか、それを探る為の死亡解剖。その結果、テュランのあらゆる臓器が凄まじく衰弱していたことが判明したのだ。
原因は、過度なストレスと無理な実験。恐らく、自覚症状もあったのだろう。何もしなくても、テュランは数か月の命だった。
テュランの凶行は、全て人間のせい。それを、アルジェント国民は痛い程に思い知らされたのだ。
「サヤ、居るか?」
あれから暫く、サヤは酷く
「どうしたの、アーサー」
自室を訪ねれば、サヤはすぐに顔を出した。珍しく私服姿だ。それは、アーサーにも言えることなのだが。
「いや、最後に挨拶をしておこうと思ってな」
「そう……早いわね」
サヤが感慨深く言った。この一か月間、アーサーはあらゆる情報を搔き集め、真祖カインの居場所を探した。ローランにも問い質した。しかし、結局有力な情報は何もなかった。それどころか、ジェズアルドの行方までわからなくなってしまった。
ならば、何をしてでもカインの居所を探し出してやる。テュランの最後の一撃である、終末作戦はまだ続いている。このままでは、国民全てが死に絶えてしまうだろう。
そんなことはさせない。テュランにこれ以上、殺戮を起こさせたりしない。だから、アーサーは大統領府から離れる決意をしたのだ。
「大丈夫? 貴方、普通の仕事なんてしたことがないでしょう?」
「それはお互い様だろう? まあ、貯金は十分にあるから……暫くは何とかなるだろう、と思う」
サヤの指摘は図星だった。アーサーは子供の頃からずっと大統領の庇護の下で生きてきた。今更、普通の生活が出来るかどうか、自分でさえ自信が持てない。
でも、自由を得るにはこうするしかない。
「……何だか、凄く心配なんだけど。アーサーって、たまに天然ボケみたいなことするから」
「そ、そんなことは」
「だから、私も一緒に付いて行って良いかしら?」
「…………は?」
よくよく見れば、サヤの背後に見える部屋の中がやけに片付いている。と言うより、備え付けの調度品以外が全て無くなってしまっている。
「なっ、ほ……本気か、サヤ?」
「ええ、もちろん。でも、私も貴方と似たようなものだから、どれだけ力になれるかわからないけれど」
にっこりと笑って。その笑顔は今までに見たことが無い、清々しいもので。
不覚にも、見惚れてしまって。
「さあ、そろそろ行きましょう? まずは住む所と、家具と食糧と……仕事も早めに何とかしないといけないわね」
既に仕度は済んでいたのだろう。サヤが鞄を一つだけ持って部屋から出ると、呆然とするアーサーの手を掴む。
自分の義手よりも小さな手が、とても力強く引っ張った。
「頼りにしてるわよ、アーサー」
「……ああ、頑張ろう」
テュランの復讐を、一日でも早く終わらせる為に。もう二度と、彼のような悲しい復讐者を生み出さない為に。
サヤとアーサー。生き残った二人は、いつ終えるともわからぬ地獄へと、自ら歩みを進めるのであった。
Tyrann 風嵐むげん @m_kazarashi
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