第3話 風呂は命の洗濯
何とかだんごとは、うち解けあうことは出来たが。姉の夕陽は、部屋にこもったまま出てくることはなかった。
「お姉ちゃん、ちゃんと話をしよ?」
「……」
だが、中から応答は一切無い。
よっぽど怒っているのだろう、と空は諦めて一階へと戻っていく。
彼にとって、夕陽と喧嘩することなどまずないイベントだ。普段なら、彼が折れるか夕陽が折れるかで話がつく。
だが、今回は話の白黒がはっきりと付く前に夕陽が自分の部屋へと逃げてしまった。
勿論、このまま夕陽に断りもなく続けることは可能だが。なるべくなら、納得した上でやりたいと空は考えていた。
一階へと降りるとあるドアが開く。
「はぁ~、さっぱりしました」
「あっ、だんごちゃん。お風呂あがっ!?」
頭から湯気を出し、頬をほんのりと赤く染めてだんごは風呂場から出てきたところだった。
ただ、彼女の格好はバスタオル一枚という刺激的な格好をしていた。
シャンプーの香りが、彼女に近づいたことで鼻腔をくすぐられ。頬がほんのりと染まっている為、どこか色っぽく見えてしまう。
ただある場所の膨らみはまだ自己主張が弱く、タオルへと姿を完全に隠した標高の低い山だった。
「むむっ、空君。今、失礼なこと思いませんでした?」
「なっ、お、お、思ってないよ!? ってか、しっかりと服を着て!」
「服……ですか。魔法少女の服は、流石に寝るときまで着たくないので。何か貸して下さい」
「服……う~ん、お姉ちゃんの服を借りるしかないけど。お姉ちゃんがあれだから」
人の物を勝手に貸すわけにはいかない。
だからと言って、だんごをこのままにするのは空の精神的には良くない。
彼が困っていると、ハンガーに掛けていた空のロングのYシャツをだんごは見つける。
「空君、これ借りますね」
「えっ、いやそれは!」
空の止める言葉も聞かずに、だんごは彼のYシャツをタオルの上から着込む。そして、じゃまになったタオルを彼女は、ストン、と床へと落としてしまう。
「ふわぁ!?」
空は、瞬間的に目を瞑る。
瞑る速さはまるで光のように早く、タオルが落ちて素肌を見る前に閉じられていた。
「むっ、背格好はそんなに変わらないのに。意外と大きいんですね、男性のって」
「そ、そ、それよりもそんな汗のかいた体でそんな服を着たらす、す、透けて!」
「透けて……? あ~……ふふっ空君、透けてどうなっちゃうんですか?」
彼女の足音が近づいてくる。
ふわり、と香っていたシャンプーは一層強くなり鼻から彼の体へと入っていく。
目を開けた先には、彼女がいる。
その格好を想像してしまい、彼の心臓は早鐘を打ち、顔が真っ赤に染まる。
「は、は、早くもっと完全武装してよ!」
「いやいや、武装とか戦う訳じゃないんですから。あと、空君。目を開けてください」
「いや、でも」
「大丈夫ですから。目、開けて?」
彼女の言葉に促されるまま、彼はゆっくりと目を開けた。
「えっ?」
「ほら、大丈夫でしょ?」
想像していた光景は、そこにはない。
彼女はしっかりと下着を身につけていた。
だが、それとは違う破壊力があった。
Yシャツからうっすらと透ける熊の絵柄がプリントされたスポーツブラ。下は、裾が股関節まで伸びており。見えそうで見えない、そんな想像力をかきたてられる格好をしていた。
「食い入る様に見て、空君はえっちぃですね」
「はっ! ご、ごめん」
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ? 魔法少女見習いになるんですから……トレーネが現れるたびに変身。つまり……私のパン」
「わわわわっ! だ、だ、だってそれは魔法少女になる為の変身アイテムだから!」
「でもそれを分かっていて、お姉さんにやりたいって言ったんですよね? 男らしかったですよ、色んな意味で」
ふふ、と彼女はイタズラな笑みを浮かべる。
それを分かって、恥ずかしがりながら彼は重く溜息をついた。
「それにしてもお姉ちゃん……何であんなに怒ったんだろう……」
「理由は、はっきりと言っていたと思いますよ? お姉さんは、空君を危険な目にあわせたくないって」
「でも……何かそれだけじゃないような……」
空は、姉である夕陽が自分を大事にしていることをはっきりと理解している。
だが、これまであのようにやりたいことに対してきっぱりと否定したことはなかった。
それは魔法少女が、よほど危険なことだということなのか。それとも別の理由があるのか、空は自分が知らない何かを姉は知っているような気がした。
「まぁまぁ、空君。とりあえず、お風呂に入ってさっぱりしてみてはどうですか? お風呂は命の洗濯だと偉い人も言ってましたし」
「そ、そうだね。そうするよ」
彼が、脱衣所のドアを開けようとした時。何かを思いついただんごは、あのイタズラな笑みを浮かべていた。
「あっ、空君。飲泉という文化をご存知ですか?」
「えっ、うん。知ってるけど?」
「私、結構。お湯にしっかりと浸かったので汗とかそういうものがお湯に混ざったと思うんです」
「あ、う、うん?」
「お湯、飲んじゃ駄目ですからね?」
「の、飲むわけないよ! 何言ってるんだよ、まったく!」
「ふふ、そうですか。残念」
彼は勢いよくドアを締めて、脱衣所へと入った。中には洗濯機と洗面所があり、その間にお風呂場へと続くドアがある。
まったく、と小さく文句を言いながら服を脱ぎ始める。彼の女性のような、傷一つない肌が露わになる。
風呂場へと入ると、湯気が立ちこめており、お湯がしっかりと沸いていることが分かる。
イスへと座り、彼が体を洗っているとドア越しに人の影が映りこむ。
それは、だんごの影ではない。
この家に住むもう一人の女性の影だった。
「空」
「お、お姉ちゃん? へ、部屋から出てきたんだね」
「うん。空とだんごちゃんが、楽し~く何だか不純な会話をしているのが聞こえて」
「はは……」
反論は出来なかった。
それは、事実なのだから。
「空、魔法少女。諦める気はない?」
「見習いだけどね。うん、僕はだんごちゃんの力になりたいんだ。だから、ごめん」
そう、と小さく声がドア越しから聞こえてくる。後には、ゴシゴシ、とタオルで体を洗っている音だけが残る。
「お姉ちゃんは、何で魔法少女に?」
「ん? それは……空と同じ理由かな。でも私は、全然子供で。魔法少女を甘く見すぎていた」
「甘く見ていた?」
「そう、漫画やアニメで語られる魔法少女はもう楽しそうで。憧れるけど……実際は魔法少女っていう人を守るヒーローっていう大事な職業なの」
その言葉は、ふざけて言っている訳ではない。ちゃんとした重みのあった言葉だった。
「人を守るヒーロー……」
「そう、ヒーロー。でも、フィクションとは違って必ず守れるなんて保障はない。現実は残酷でクソゲー、守れない命も出てくる。それに遭遇した時、空は耐えられる?」
「それは……」
素直に頷くことは出来なかった。
もし、目の前で大切な誰かを失ったら。
助けられる力は持っている筈なのに、その手から命がこぼれてしまったら。
想像するだけで、ゾッとする。
「私は、魔法少女の時。それを実感したの。守りきることは出来ない命は、必ずあるって。だから、漫画の中では必ずとんでもない力を使おうと私はキャラが死んでも蘇らせてる。でも魔法少女だろうと現実は、そうはいかない。必ずハッピーエンドとは限らないの」
「お姉ちゃん……。お姉ちゃんは……あのトレーネから救えない命があったの?」
夕陽は答えなかった。
だが、既にそれは答えだった。
そんな夕陽に向かって、彼の気持ちが爆発する。空は、ドアを勢いよく開けて彼女に言った。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんは、そういうけど僕は必ずみんなを守るよ! あんな奴が闊歩している世界なんて嫌だし。誰かをーー家族を守れる力があるなら、僕はその力が欲しい!! だから、お姉ちゃんお願い!」
彼の真っ直ぐな目と真っ直ぐな言葉に、夕陽はもう止めることを諦める。
きっと、どうやっても過去の自分と同じ魔法少女になる運命なのだと夕陽は仕方なく納得した。
「うん。空がそう思うなら、やってみなさい。私はもう止めない」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「はいはい、ほらもう一回お風呂に入りなさ……はっ!」
彼女の目は、ある部分へと目がいく。
サバンナ奥深く、まだ木々があまり生い茂っていない未開の地に小さな象が一匹おり、周りには大きな石があった。そんな不思議なイメージが彼女の頭の中で繰り広げられる。
ドロッと彼女の鼻から赤い血が流れ落ちていく。彼女は、まるでその光景を目に鮮明に焼けつかせるようにグッと閉じて、網膜に焼き付ける。
「お、お姉ちゃん!? ど、どうしたの?」
「大丈夫、お姉ちゃんは全然大丈夫。だからほら、お風呂入ってきなさい」
「あ、うん。寒くなってきたしそうするね」
「ま、待って! やっぱりお姉ちゃんも入るから!」
「えっ? いいよ、僕は一人で」
「駄目よ。小さな象が一匹じゃ、危険なサバンナは一人では生きてはいけないわ!?」
鼻血を流しながら、意味の分からないことを言う姉の姿に空は狂気を感じ。思わず頷いてしまった。
魔法少女見習いは、力を求めました @sakurabunchoo
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