第2話 姉、現る


帰り道、色々なことを空は聞かされる。

だんごの住む世界は、女性しか存在しない魔法少女の国であるということ。それゆえに子孫が残らない為、魔法少女として認められた者は他の世界の英雄や豪傑を求めて旅をする者がいること。

彼女も旅をする上で、たまたまこの仕事を任された事をだんごは隠すことなく空に話した。



「大変なんだね、魔法少女の国も」

「そうですよ~。まったく、私としては旦那様探しで忙しいというのに……。あ~、もう本当に頭にきますね!」



その怒りを表すように彼女はブンブン、と木槌を振るう。その隣で、彼は苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

いつの間にか、二人は空の家へと着いてしまう。だが、なかなか中へと入らない。



「どうしたんですか? 入りましょうよ」

「いや……だって、だんごちゃんを連れて帰ったら」

「ん……? あぁ、大丈夫ですよ。私は、空君にナンパされて。ほいほい家まで付いてきちゃった純情な子ということにしましょう」

「そ、それじゃあ僕が怒られちゃうよ!」



だんごは、空の両肩に手を起き。顔を一瞬、伏せて彼の目をしっかりと見つめる。だんごの綺麗な目を見続けることが出来ず、彼は目を逸らす。

そして息を小さく吐きながら、彼女は重く言い放った。



「空君が犠牲になることで。面倒な説明を省けるんです。……じゃあ、行ってみましょうか!」



ピンポーン、と室内にインターホンが響き渡る。

ほんの数秒、静まり返った後。奥の方から、スリッパで駆けてくる音が聞こえ、そして勢いよくドアが開け放たれた。



「そ、空! 心配したんだ……ぞ?」



家から出てきたのは、スラッと長い手足をした二十歳ぐらいの女性だった。ぼさぼさの髪と目の下に若干のクマがあることから、健康的な生活をしていないことが伺える。

そんな彼女は、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしたまま固まっていた。

だんごは、そんな彼女の顔の前で笑顔で手を振り自己紹介を始める。



「初めまして~、月見だんごです。空君に拾われてきた子猫みたいなものなので、気にしないで下さい」

「……」



そんなだんごの自己紹介を聞いても、表情を変えないまま、彼女は止まっている。

彼女の時間が、やっと一般的な時間に追いついたのか。ゆっくりと体を動かし、ポケットからスマホを暗い面持ちで取り出した。

彼女が辿り着いたのは、ある知恵袋のサイトだった。



「弟が女の子をお持ち帰りしてきました。どうすればいいですか。しかもメイドさんみたいな格好をしています」



瞳孔に光が入らない真っ暗な瞳をしながら、姉である彼女はそう質問を書き込んでいく。



「お姉ちゃん、ストップ! ストップ!! だんごちゃんは、その……只の友達で!」

「ただの友達が、そんなファンシーな格好を好きでもない男に見せると思っているのか!」

「こ、これはだんごちゃんの趣味で」

「ムカッ。失礼ですね、空君。趣味じゃなくて、これは仕事です」



そんなだんごの返答を聞き、今度は姉が反応を返してくる。



「仕事!? そ、空……メイドさんが欲しかったのか? お姉ちゃんじゃ、物足りない……?」

「あ~、空君。お姉さんを泣かせちゃ駄目じゃないですか~」



涙目を浮かべる姉とそんな空にとって困った今の状況を見て、だんごはイタズラな笑みを浮かべている。

瞬間、彼の中で何かがブチリ、と切れて声を大にして真実を叫ぶ。



「あ~もう! だんごちゃんは、メイドさんじゃなくて魔法少女なの!」



シン、と静寂が場を包み込んだ。

言ってしまった、と彼の顔はゆっくりと青ざめていき。だんごも、あぁ言っちゃった、と言った顔で彼の顔を見つめている。

唯一、この中で真実を知らなかった彼女は顔を伏せて黙り込んでしまう。

数秒しかない沈黙に耐えきれず、空は姉を呼びかけてみる。



「お、お姉ちゃん。あのね、今のは」

「何だ、魔法少女か。良かった~。心配したじゃないか、ほらさっさと家に入れ。あっ、私は綿貫夕陽わたぬきゆうひ。よろしくね」



安堵な笑みを浮かべて、夕陽は一人。家へと入っていく。残された二人は、疑問そうな顔を浮かべて彼女の後を追うかのように家へと入っていった。

靴を脱ぎ、リビングへと入るとテレビで芸人が視聴者に笑いを届けている。一方、食卓には手作りの唐揚げやポテトサラダが並んでいた。

個人のおかずというよりは、自分の好きな分を取り分けられるスタイルの為か、どれも大皿に盛られていた。



「今、だんごちゃんの分も用意するから。少し待ってて」



キッチンで、鼻歌交じりに彼女はだんごの分の食器を探している。



「あの、空君。貴方のお姉さん、態度が変わりすぎじゃないですか?」

「う、うん。確かに……。というか、魔法少女って言ってもビックリしなかったし……」



そんな二人を気にすることなく、夕陽は食器を見つけ出すと。軽く洗って、それをテーブルへと置いた。



「さて、準備も出来たし。二人も席についてごはん食べましょうか」



二人は言われるがまま、席に着くと。どうしても気になる空は、夕陽へと尋ねる。



「お姉ちゃん……あのさ、だんごちゃん」

「魔法少女でしょ? 懐かしいわ~」

「えっ!? それってどういうこと!?」



顔色も変えずに、夕陽は自然とそう返答した。だが、そんな事は初耳の彼はイスから勢いよく立ち上がってしまう。



「どういうことって。だから、お姉ちゃんも昔。魔法少女だったのよ」

「えっ、そんな……えっ?」

「今でこそ、お姉ちゃんは漫画家としてこうなっているけど。空が10歳の時には、魔法少女として夜な夜な頑張っていたの」



ストン、と空は小さく口を開けたままイスへと腰掛ける。すると今度は、だんごが彼女へと質問した。



「お姉さんはどうやって魔法少女に?」

「ん? ん~……魔法少女の子がいたんだけど、怪我して動けないとこを助けて。彼女の代わりに、私が魔法少女代理として活動していたのよ」

「魔法少女代理……? もしかして、現女王が即位する前に出会った人間の少女って……」

「アリスは元気にしてる?」

「すみませんでした!」



だんごは、イスから飛び降りて、見事な土下座を見せた。それを夕陽は止めるように言うが、彼女は決して頭を上げることはない。



「ど、どうしたの? だんごちゃん?」

「どうしたもこうしたもないですよ! 空君のお姉さんは現女王のアリス様の命の恩人。つまり、国賓級の方なんです!」

「お姉ちゃんが、そんな凄い人だったなんて」



夕陽へと視線を向けると彼女はたゆん、と揺れる胸を張ってみせた。



「ふっふ~、どう? お姉ちゃんのこと尊敬する?」

「うん、僕。お姉ちゃんのこと尊敬するよ! 凄いよ、お姉ちゃん!」

「よしよし可愛いな~空は! あ~……弟にこんな尊敬される日が来るなんて……私、生きててよかった!」



小さくうめき声を上げながら、手の甲で流れ出てくる涙を彼女は拭う。

そこへ、ほっ、としたようにだんごがある言葉を漏らした。



「ふ~……。でもこれで、空君には立派な魔法少女見習いとして手助けしてもらえそうです」



瞬間、場の空気が一気に凍った。

夕陽から涙と笑みが消えていく。



「お、お姉ちゃん……?」



夕陽は、ゆっくりと席へと戻り。一人食事を再会した。二人は、どうしたのだろう、と気になり夕陽へと声を掛けるが。彼女は、二人の声をかき消すように、テレビの音量を上げて。こちらを見ようともしなかった。



「わ、私。何かまずいことでも言いましたかね? 空君」

「う、ううん。特に変な事は言ってないように思えたけど……」



二人には、原因が分からず。とりあえず目の前の食事に手を付けていると、夕陽も会話のない食卓に我慢できなかったのか。



「私は、認めないわ」

「えっ?」

「私はむぐ……みともぐもぐ……ないわ」

「お姉ちゃん。話すか食べるか、どっちかにしてくれないと聞き取りにくいよ」

「私は認めない……。どういうことですか、お姉さん?」



夕陽とだんごは、視線を合わせる。

茶碗の中に残っていた米をかき込み、しっかりと噛んで食べた後、夕陽は言葉を出した。



「空に、魔法少女をやらせることを私は認めないって言ったのよ」

「何故ですか? 貴方の弟、空君にはきっと貴方と同じくらい魔法少女の素質があります。それに見習いですから、私もいます」

「関係ないわ。空には、あんな怖い思いも痛い思いもさせたくないの」



夕陽は、目を閉じて。重い口調でそう言った。



「ですが、空君がいたら。鬼に金棒……いえ、魔法少女にステッキを持たせるぐらい助かります。だから」

「認めないって言ったら、認めないわ。これは元々、だんごちゃんの仕事。更に言うなら、だんごちゃんの世界で起きた事件。その事件の解決に、私の弟を労働力として使うのは止めてくれるかしら?」



だんごは、反論しようとしてその言葉を飲み込んだ。そのまま、顔を伏せて黙り込んでしまう。

それを見た空は、彼女の落ちこむ姿を見ていられずに口を出した。



「お姉ちゃん、僕は大丈夫だよ。だから、魔法少女見習いとしてやらせて」

「空が、大丈夫でも私は大丈夫じゃないわ。お願いだから止めて」

「お姉ちゃん……」

「大丈夫ですよ、空君。お姉さんの言ったことは正しいです。だからもう」

「だんごちゃん……」



悲しい顔を浮かべる彼女にどう言葉をかけていいか、空には分からなかった。

夕陽が言っていることは、きっと正論で自分が良くても夕陽に心配をかけてしまう。

巻き込まれて、なし崩しに魔法少女見習いを任命された空だったが、彼の中で何か決意が固まってきている。



「お姉ちゃん、僕! 魔法少女見習いになりたいんだ」

「空……。それはつまり、可愛い格好をしたいってこと?」



女性二人から、ジト目で見つめられるが。彼は、顔を真っ赤にして即否定する。



「そ、そうじゃなくて! 僕は、お姉ちゃんみたいに魔法少女見習いとしてだんごちゃんを助けてあげたいんだ!」

「空……でも」

「お姉ちゃんだって、誰に断るわけでもなく魔法少女をやっていたんでしょ? だから、僕もお姉ちゃんの意思に関係なくやるよ!」



その目には、灯がともっていた。

それは、決意ある炎が目に灯っていたのだ。



「うぐ……。うぅ~……空の馬鹿~!」



夕陽は、食器をそのままにして。リビングから涙を浮かべながら出て行く。空は、夕陽にそれ以上言葉を掛けることが出来ず、彼女が去るのを見送った。

部屋に残された二人。

楽しそうに笑い合っているのは、テレビの中だけで、リビングには何とも悲しい空気が流れていた。

ゆっくりと座った空にだんごが、ほんの少し肩に頭を乗せて、彼を見上げる。



「空君、ありがとう」

「ぼ、僕は伝えたいことを伝えただけよ?」

「空君。ううん、女の子みたいな感じですけど……しっかりと男の子なんですね」



彼女から甘い香りが鼻に入ってくる。

その香りは、どこか固くなりそうな心をほぐすと共に、体中の血液を熱くしていく。



「空君、顔真っ赤ですよ?」

「うぇ!? そ、そうかな?」

「そうですよ、ドキドキしちゃいました?」



しました、と空は心の中で頷く。



「そ、そ、そんなことないよ?」

「嘘が下手ですね、空君は」



ふふ、と彼女は笑う。

その笑顔にでさえ、彼の血液はまた温度を上げていった。



「空君は、本当に可愛くていい人ですね。だから言っておきます……。ごめんなさい、私。本当は、空君のことをいい駒を手に入れた程度にしか思ってませんでした」

「えぇ!? 駒!?」

「だから私は、何の考えもなく空君を魔法少女見習いに任命したんですけど……。でも空君には、空君の生活があります。それを壊す気持ちはありますか?」



彼女の質問に空は、首をかしげる。



「だんごちゃんは、壊すは間違いだよ。守る覚悟はありますか、だよ」



今度はだんごが、きょとん、とした顔を浮かべてしまう。

そして、彼女はひとりでに笑い出す。

それは、馬鹿にして出た笑いではない。

彼とならやっていける、彼なら大丈夫だという安堵の笑いだった。



「ど、どうしたの? 何か変だった?」

「ううん、空君は何というかいい意味でお馬鹿さんなんですね」

「えっ、ちょ!? 僕、馬鹿にされてる!?」



二人が打ち解け合っている姿をリビングの影から覗いている影があった。それは勿論、夕陽の姿だった。



「うぅ~……。何か私を悪者にして、仲良くなっている。お姉ちゃんも混ざりたい……」



一人で嘆いている彼女の姿に、二人は気づくことは無かった。

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