第1話 魔法少女見習い
彼女は言った。
魔法少女見習いにならないかと。
突然のことで、彼女が何を言っているのか。正直、空には分かっていなかったが。彼女の言った、その言葉が彼の口から漏れた。
「ぼ、僕が魔法少女に……?」
「見習いですけど。いやぁ~、正直。人様に見られたら記憶を消すのがルールなんですけど。今は、人手が足りないですから。力、貸してくれませんか?」
笑顔でそう問いかけてくる彼女に、空は素直な疑問をぶつける。
「いや、でも……僕、男だよ?」
彼女の顔が凍りつく。
どうやら、 その返答は彼女にとって予期せぬ言葉だったらしい。
一度、空から離れた彼女は彼を品定めするように上から下までじっくりと見つめた。
「あの……本当に男の方……?」
「ぼ、僕は男だよ!」
「いや……でも、えっ……本当に?」
「本当に本当なの! 僕は、男!! 男って言ったら、男!!」
空が息を荒くして、彼女にそう訴える。
彼女は、また驚いた顔をして、何かを悩むように考え込むと。答えが出たのか、彼の脇に手を差し込んで立たせた。
「ん~……こんな男の方がいるなんて、人の世界は不思議ですね。我々の世界より、全然不思議です」
パンパン、と丁寧に空の制服に付いた土埃を払うと彼女は言った。
「この際、ねこの手でも借りたい気分なので。魔法少女見習いになってくれませんか? くれますよね? くれなかったら、イタズラしますよ?」
「ハ、ハロウィンじゃないんだから……そんな脅し……」
彼女は、近くの壁に勢いよく拳を突き立てた。それは、先程よりも大きな亀裂を生み出し。逆らったら、どうなるのかを表していた。
「分かりますよね? 痛い思いしたくなかったら、魔法少女見習いになっちゃいましょう?」
「は……はい」
空は、頷くことしか出来なかった。
ふふ、と小さく笑うと彼女は彼から離れて。メイド服のようなその衣服の下。スカートの中に手を忍ばせた。
「な、なにをして!?」
「魔法少女見習いになるためのアイテムです」
空は、そんな彼女の姿を直視出来ず。顔を両手で覆い隠した。だが、布と肌が擦れる音は防ぐことが出来ず、むしろ見えないからこそ。ドキドキ、と胸の鼓動が加速していってしまう。
顔を真っ赤にしている空を見て、彼女はいたずらな笑みを浮かべて脱ぐ。
「はい、目を開けてください」
「こ、これって……」
目を開けて、彼女が差し出してきたのはうっすらとした桃色の布だった。
可愛らしいリボンとレースで飾られ、ただの桃色の布なはずが。可愛らしさと女性らしさを演出している。
そう、これは女性用のパンツだった。
手に取ると先程まで、彼女が身に付けていたことを証明するように、ほんわか、と温かい。
「履いてください、そうすれば完了です」
「そんなこと出来るわけ……は、はい!! 今すぐ」
断ろうとした空だったが、横の壁に拳をぴたり、と張り付けたのを見て。ついつい頷いてしまった。
「あっ、直接じゃなくても。貴方の……えっと、そういえば名前、聞いてなかったですね」
「僕は、空。君は……?」
「いい名前ですね、全てを包み込んでくれそうです。私の名前は――」
「えっ、何て?」
彼女の名前だけが、まるでノイズを入れたように聞こえない。彼は聞き返すが、何度もノイズのようなものが入り、名前をかき消してしまう。
まるで、世界が彼女の言葉を受け入れないように、ノイズを入れているようだ。
「ん~、人には聞きにくい名前なんですかね? 分かりました……えっと、確か人は月を見ながらお団子を食べるんですよね?」
「まぁ、そうだよ。団子を食べる」
「なら、私の名前は/
「そんな簡単に名前を決めて……大丈夫? もう少し、捻った方が」
「いいんですよ~、どうせこちらの世界に長居するわけではないので。それに、覚えやすい名前だと私も覚えやすいですから」
じゃあ、スパッと履いちゃってください、とだんごは言った。彼は促されるまま、ゆっくりとズボンを下ろしていく。
出てきたのは、男性らしい無骨な彼女から渡された物より大きな布。
恥ずかしながらも、するすると動いていた彼だったが、急に手を止める。
「あ、あの……だ、だんごちゃん……? 本当に履くの……?」
「直接じゃなくても大丈夫ですから。でも何でしょう……こう、可愛らしい男の方が私のを履こうとして、助けを求めるように……涙目を浮かべるなんて……。なかなかこう、背徳的で胸が高鳴ります!!」
だんごは、息を荒くして。彼が履くのを今か、今かと待ちわびている。
普通は逆なんじゃないか、と空は心の中で呟きながら。 足を差し込める二つの穴にゆっくりと足を差し込んで、彼は一気に布を上まで上げた。
「ひ、ひぃう!!」
瞬間、空の全身に微弱な電気が走る。
電気は、全身へと流れると心地よさをもたらし。彼の体を作り替え、魔法少女見習いへと変身させた。
服装は、彼女と同じメイド服のような少女らしいヒラヒラとした服装に変わり、体つきが女性へと変わってしまった。
つまりあるべきものが無くなり、出ないはずの場所が膨らみを増しているのだ。
「こ、これって……」
「はい、契約完了です。良かった、魔法少女の歴史が始まって以来のことだと思うので……失敗するかと不安だったんですよね~」
「えっ!! も、もし、失敗していたら」
「それは……まぁ、聞かない方がいいですよ」
ははっ、と彼女は目線を逸らして、乾いた笑いを見せた。その彼女の様子から、本当に成功して良かった、と心の中で心底思う。
「あの……他の方法って無かったの?」
「無いですね、私達はまず師匠である魔法少女からパンツを頂いて。魔法少女見習いから、魔法少女になる時、それを返上して。このウサ耳を着けられるんです」
「た、大変なんだね。ただのウサ耳かと思ってたけど」
「そうですよ、このウサ耳を着けるのに何年かかったか……あぁ、目蓋を閉じればあの日々をすぐに思い出せます」
だんごは、染々とそう言った。
そんな彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「あっ、あと。変なことに使って汚さないでくださいね、私のパンツ。返す時に、汚れていたら。空君の可愛い頭をぺったんしますから」
「し、しないから!! だから、ぺったんはやめてー!」
彼が、そう強く懇願するとだんごは、ふっ、と真剣な顔をした。
瞬間、場の空気が変わり、重く体にのしかかってくる。
「それでは、空君。私とさっきのトレーネを倒しましょう」
「ト、トレーネ? さっきのってトレーネって言うの?」
「はい。本当は人の世界には、あまり現れない筈なんですけど。誰かが、面倒なことに人の世界へと流れこませたみたいで。私の世界の女王が、狩りをするように命令されたんです。全く、犯人が分かったら必ずぺったんぺったんにしてやります!!」
ブンブン、と彼女は壁に立て掛けておいた木槌をバットのようにスイングさせる。
先程の戦闘を見て、もっと酷いことになるのだろうな、と空は思い、合掌した。
「さて、空君という弟子も出来たことですしお家に帰ってご飯でも食べましょう」
「えっ……? ちょっと待って、もしかしてだんごちゃん。僕についてくる気?」
だんごは、首を横に傾げながら、 何当然なことを言っているんだ、という顔をする。
「だ、駄目だよ!! こんな姿で帰れる訳ないし!! それに……こんな夜遅くに女の子を連れて帰るだなんて」
「大丈夫、大丈夫ですよ。変身は、脱げば解けますし。私のことなら任せてください、では帰りましょう」
本当に大丈夫だろうか、と不安が残るが。空は彼女に促されるまま、家へと帰っていくのだった。
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