3-4「ゴロツキ」



 絶品な料理の数々とまとまった思考。

 それらを腹におさめた俺は、満足感でいっぱいになった腹を両手で押さえつつ天を仰いでは「ふぅ……」と一息ついた。

 椅子の背もたれに体を預けて数秒、しばらく目を瞑る。

 すると、特に疲労感はないにせよあっという間に眠れそうな気がした。

 このまま本当に眠っちまおうか? とも思ったが。

 店に迷惑がかかると自制が働いた俺はスッと上体を戻し、だけどまたぼんやりと空いた皿を見つめた。

 だからといって別に思考を巡らすこともない。

 つうか、そうしないでいようとしている。

 思考に呑まれれば、また余計な感情に心が蝕まれそうになる気がしたからだ。

 そんな自分に「何をうじうじと、柄にもねぇ」と自身で髪を掻き毟って𠮟咤してやりたい気分だが、満員盛況な店中で独りそんなことをするのは流石に馬鹿らしい。

 いつもの俺ならこういった鬱屈とした感情は適当に体でも動かして気を晴らすんだがな。

 今ここで剣を振り回すわけにもいかない。

 だからこうして俺は、手持ち無沙汰に食事用のナイフを行儀悪く手元で転がしている。

 ところが――。


「お客さん、お店の物で勝手に遊ぶのはやめて頂けますか? ていうか、空いたお皿をお下げしてもよろしいですかね?」


 と、いつの間にか横にいた張り付いた笑顔の女給仕に言われてしまえばやめるしかない。

 いよいよやることがなくなった俺は気晴らしに、店横に走る石畳の道をここ露台バルコニーから眺めることにした。


 まぁ、眺めるといっても中通りに見てて面白いものなんてないんだがな。


 何故かって言えば、中通りってのは居住区にある道だからだ。旅芸人や店先並ぶ大通りと違って、あるのはこの地区に住む者の住居ばかり。あえて面白いものを挙げるならば、酔った職人同士の何言ってるか分からん喧嘩か、同じく酔って帰宅した職人が自分の妻に物凄い剣幕で叱られてる姿ぐらいなもんだろう。

 それでも何もないよりかはマシだ。


 気が紛れるなら、余計なことを考えないで済むならなんだっていい。


 ――そう思った矢先。

 視界の向こうでなにやら穏やかじゃない雰囲気の三人組が俺の目に映った。

 三人組のうち二人は男で、薄闇の中でも明らかにゴロツキだとわかる出で立ちをしている。

 もう一人は女だが、男達とは対照的に社交界にでも出てたのかと思わせるような真っ赤な礼服ドレスを身につけていた。

 そんな奴らが裏通りの方へと消えていった。しかも女の方はゴロツキ共に無理矢理引っ張られる形でだ。この様子を見て、なんでもないと考える奴はいないだろう。少なくとも俺はそうだ。

 さて、どうしたもんか。

 なんて考えていると、


「おい、見たかアレ?」


「あぁ、見た見た。女が連れ込まれていったな」


 後ろから声がした。

 気取られないよう肩越しから後ろを見れば、俺より少し年上ぐらいの男二人が酒で程よく顔を赤らめている。

 そして、その赤らめた表情は連れていかれた女の心配をしているわけでもなく。酷く下卑た薄ら笑いを浮かべていた。

 男二人はそのまま喋り続ける。


「あの女、恰好からしてたぶん元貴族だろ?」


「だろうな。しかし、馬鹿だよなぁ……あんな姿してたらゴロツキに目付けられて当然だろ? ってか、いつまで貴族気分でいるんだよ。てめぇらの時代はもうとっくに終わったっての」


「全くだな。しかし、あの女どうなるんだろうな?」


「あ? んなもん、アレされちまうに決まってんだろ。そんなことも考えられないほど酒が回ってんのか……って、なにニヤニヤしてんだよ、お前」


「いやな、最近ご無沙汰だからよ。ゴロツキ共に多少金掴ませれば、あわよくば交ぜてくれるかもって思ってな?」


「正気か? いや、イケるかも知れねぇな。なんせ……注文した酒飲みきったらあとで様子でも見に行くか?」


「ハハッ、お前もノリノリじゃねぇか」


 ――下衆が。

 男たちの会話に、俺は心の内で吐き捨てた。

 結局だ。貴族が何だと言ってはいるが、平民の中にもこういった連中はいる。立場とか身分とか関係ない。所詮、下衆は下衆でしかないってことだ。

 そして俺も善人ではない。

 だからほんの腕試し。いや、肩慣らしでゴロツキ共にちょっかいでも出してみるか。なんてことも考えたりする。それが妙案だと思ったりもする。

 山から下りた以降、魔物の相手はしてきたが肝心の対人戦はまだだからな。

 これから復讐をするってのに自身の現在の力量がどんなものか知らないのはまずい。

 そう、だから。


 ――剣を振るう理由付けとしてはこれで十分だろう。


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デクステラ大陸物語ー機構弓剣使いと精霊追いの魔導士ー 猫ろがる @NekoRogal

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