3-3「エレナについて」
じゃあ、次はエレナについてだが……。正直――。
〝いまから喋る情報はきっとお前さんの気を悪くするような内容だ〟
と、おっさんが前置いた通り。今思い出しても胸糞悪くなる。それでいて、フィリオ以上に希望のない暗澹たる話を俺は聞かされた。
【それはいったいどんな内容か】
今からそれを語られた順に少しずつまとめていこうと思う。
まず――。
〝エレナ・ジェンティーは、八年前の事件においては燃え盛る騎士学校の火の手と魔物の襲撃から運よく逃れ生き残った〟
とおっさんは最初に語った。そして次に――。
〝しかし、すぐに内戦が勃発する兆しが見えていた為。地方領主の娘であったエレナは失った友人の悲しみに暮れる暇もなく、故郷であり元来一族が治めてきたシュドウェスト領へと自身の父親によって呼び戻された。そして来る内戦時、父親であるクロード・ジェンティー伯爵が、『平民が主体となる新しい国家を創る』という大義のもと戦う反貴族派組織軍側に与したことで、ジェンティー家は貴族側としてじゃなく平民側として終戦までの二年間戦い、これを勝利した。その際、エレナ含むジェンティー家に戦死者は出ていない〟
おおよそ、エレナについて語られた話の前半部分はこういった内容だった。
ここまで聞く限り、特段心苦しいことはなにもない。
むしろ生きている事実が聞けて、この時までの俺は内心嬉しくホっとすらしていた。
内戦についても、弱い立場である平民に対し気を配っていたエレナやエレナの親父さんらしい選択だと思える。なんせ親父さんに至っては、以前から――俺がまだ騎士学校に入る十二年前の話だが――現行の君主主義による政治体制に疑問を投げかけてさえいたからな。内戦があったことを知ったのは本当につい最近だが、聞き及んだ以降も昔の発言からどことなくそんな気はしていた。
ただ、問題はこの後だ。
この後、語られた内容こそ胸糞悪くなる。それでいて如何に人間が醜悪かと悟っちまいそうになる出来事が、おっさんの口から告げられた。
【その出来事とはなにか】
早い話、裏切られた。
終戦後、ジェンティー家を筆頭に平民の苛酷な現状を打破するべく共に戦った地方領主達は。
【それは誰に】
当然、反貴族派組織軍に決まっている。
それと、身命賭してでも救おうとしたはずの平民にも、だ。
裏切って、根こそぎすべて奪っていった。
貴族の地位も、財産も、領地も、命も……なにより彼等の本当の貴族としての誇りでさえも。
まるで用済みだって言わねぇばかりに。
【裏切られた後、貴族達はどうなったか】
おっさんが言うには――終戦後の反貴族派組織軍が新しく掲げた『貴族の完全断滅』によって、敗戦側の貴族含め力のあった地方領主達は問答無用で極刑に処され、それ以外の貴族達の殆どは、農耕や炭鉱などいわゆる生産に関わる〝労働者〟として働かされているって話だ。
まぁ、濁さず言えば奴隷ってことだが。
中には年寄りやまだ労働者として使えない子どももいる。そういった連中は現在、ここ〝首都イデアルタの
【何故、そんなことになったのか】
結局のところ、同じ大義を掲げ協力しようが反貴族派組織軍からしてみれば〝憎き貴族〟でしかなかったってことだろう。
反貴族派組織軍という組織の起こり自体が〝かつて貴族に村や町を見捨てられたり、親兄弟身内を殺された者達の集い〟って話らしいしな。
『平民が主体となる新しい国家を創る』なんてもっともらしい大義を唱えておいて、反貴族派組織軍が本当にやりたかったことは、
〝自分達が味わった屈辱や苦痛を貴族にも思い知らせる〟
ただこれだけだったってことだ。
これまでのおっさんの話を聞いて俺はそう判断した。
まぁ、おっさんが言うには反貴族派組織軍自体も一枚岩ではなかったらしく。内戦終了時の貴族の扱いについて、『非道な仕打ちはせず、我々と変わらず新しい国家に迎える』とする穏健派と『貴族の完全断滅』とする強硬派で対立していたらしいが、なにやらややあって――このあたりの仔細は教えてはくれなかった――最終的に実権を握ったのは強硬派。
その結果が貴族の完全断滅なんていう、愚劣という言葉じゃまだ足りない愚行へと至らせたってわけだ。
真に『平民が主体となる新しい国家を創る』という大義を達成するために。
憎き貴族が再び実権を握り、繫栄しないために。
しかし、ここで俺は一つ思うことがある。
これじゃあ〝一部の貴族〟とやってることが変わらねぇなと。
だってそうだろ。
力を手に入れた途端、その力で弱者を弱者となった者達を支配しちまってるんだから。
まぁ、復讐心ありきの革命だったんだから当然と言えば当然の結果なんだろうが……。
にしてもだ。こんな結果で国の実権を得た反貴族派組織軍に正直、俺は心の底から失望した。
なんせ、この話を聞くまで俺は反貴族派組織軍ってのは割りかし良い奴らだと思ってたからな。
実際ガキの時に、無償で寒村近くの魔物狩りを行っていると人伝に聞いたし、税が苦しく明日の飯もままならない平民には食事を与えていたとも聞いたことがある。だからガキらしく漫然と〝良い奴ら〟って印象があったが、どうやらそうではなかったらしい。
人は見かけによらないという言葉があるが、これと同じく善行を行う者の心が必ずしも善意に富んでいるかと言えばそうじゃないってことだったんだろう。
といっても、だからといって反貴族派組織軍が起こした革命を咎める義理が俺にあるかと言えば、それは全くない。
なんせ俺も八年かけて身につけた力で復讐をしようとしているんだから。
それにだが、この街に着いた時に感じた平民。いや、国民の活気づいた様子を見る限り、今の現状が望まれているのは明らかだ。
今の現状ってのは、貴族を陥れ自分達が上位に立っているという意味だが。きっと、その皮肉にも気付いていない様子だ。
ならそれがこの国の正しい在り方なんだろう。
国とか戦争とか、既に関係の無い立場にある俺がとやかく言うべきことじゃない。
ただ同時に祝福もしない。出来るわけがない。
何故なら、今のこの国の現状はエレナのとこ含め善良であった貴族達も犠牲になった上で成り立っているのだから。
そう、エレナのとこ。
ついつい現実から逃れるように肝心なことをまとめてなかったが――そろそろ飯も食い終わる。いい加減、ここらで締めよう。
そう思うと、俺は残り少なくなったラポーム・オ・レを一息に飲み干し、自分を納得させるため分かりやすく事の顛末を頭でまとめた。
結果的に――エレナは八年前の事件こそ生き残った。だが内戦後、協力関係にあった反貴族派組織軍に裏切られ、地方領主であった両親は処刑された。しかしエレナ本人は捕まること無くその場の処刑を上手く逃げ遂せたが、最終的には反貴族派組織軍に追い込まれ、イデアルタとオルフェーデを跨ぐ急流激しいアンテッソ大河へと身を投じた。それ以降の行方は勿論わかっていない。
これがおっさんの知るエレナの最後であり、俺が聞かされた二人の行方についての全てだ。
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