3-2「フィリオについて」



 おっさんの話によるとだ。

 まずフィリオについてだが、結論から言ってしまえば〝行方不明〟という扱いになっているらしい。

 ただこれは、八年前の事件を生き延びた以降に行方が分からなくなったということじゃなく。


〝オルドル騎士学校から遺体が出てこなかった〟


 こういった意味での行方不明という扱いだった。

 それはフィリオだけじゃない。教官含めオルドル騎士学校に在籍していた仲間達、並びにあの場にいた他の関係者全員の内、事件の犠牲になった者の八割方が同じく行方不明という扱いになっているとおっさんは語っていた。

 この話を聞いて俺は、何故か? とはならなかった。

 あの場にいて生き残った奴なら誰だってわかる。

 あれだけ轟々と燃え盛る火の中で命尽きれば、遺体は灰となり誰が誰かと判別が出来るほどの形を残せるわけがないのだから。

 言ってしまえば要するに、死亡扱いと何ら変わりない事実だ。

 じゃあいっそのこと死亡扱いにすればいいものの、そうしなかったことには当時の帝国貴族軍の立場から来るどうしようもない事情があった。


 帝国貴族軍があまり平民からの支持を受けられていなかったとは、おっさんの話でも語られていたが。

 何故かと言えば、貴族の怠慢によるものとしか言いようがない。

 そもそも貴族ってのはだ。ガキの時に親父に叩き込まれたことをつらつらと並べると――。


〝最高権力者である皇帝の下、選ばれし血筋の人間に数々の特権を与えさせた最高身分者たちのことを呼ぶ。そして、それを用いて国や地方、国民の行く末を指導又は管理し、いざ他国が攻めてきた魔物が出たとなれば命をなげうってでも迎え撃つことを義務とされた者達でもある〟


 いわゆるこれが貴族の本質だった。


 これだけを聞けば、そしてちゃんと実行されてさえいれば誰もが諸手を挙げて称賛するべき存在なんだが、ようは当時のの貴族にはこれが出来ていなかった。

 貴族主義による悪質な平民への圧政と苛税の他に、軍の務めである国と民の守護もずぼらもいいとこで、元から貴族であった騎士階級の殆どは見回りもせず昼から酒を飲み歩いてた。当然、平民に対しての態度も横柄なものばかり。領主階級に位置する貴族も、自身の領内にある余り価値のない村には一切兵を割くことはなく、嫌がらせのごとく村人達を常に魔物の恐怖に晒していた。ただ、村人からどうしてもと懇願されれば傭兵斡旋組合ギルドを介して傭兵を送ることもあったが、その報酬金は村人のなけなしの懐から支払われていた。


 おまけにだ。


 デクステラ条約によって、当年から考えてみても残り五十八年は戦争が起こらないことは平民も勿論知っていたので、余計に彼らは鼻持ちならない気分だったのは間違いない。

 戦争も起こらない。魔物の襲撃から守ってくれない。なのに何故、貴族は私たちから無駄に税をむしり取っていくのか。これが平民の声であり、貴族と同義である帝国貴族軍が支持されない一番の理由だった。

 しかしそれは一部の貴族であり、全員がそうだったわけじゃない。


 真っ当な貴族も存在した。


 俺が知っている奴でも、エレナの家系、そしてあの高慢ちきなマルルのとこだって――本人の性格はともかく――まともな貴族と言える家系だ。

 実際、あいつらの親父さん達が持つ領内に住んでいる平民は、貴族に対してあまり不満を言うことはなかった。言っても税の厳しさに苦言を洩らす程度。それも国の施策な為、あいつらの親父さん達がどうこうできる問題じゃないこともちゃんと理解を示していた。何よりなるべく平民の負担が減るよう努力をしていたことが一部の貴族とは違うところ。

 帝国貴族軍にしてみたって、貴族が主体であったことは変わらないが、兵の大部分は平民上がりの騎士。元々平民で苦しみを知る者が自ずと平民を苦しめることはしない。あったとしても、それは一部の貴族に指示されてのこと。多くの騎士は抗うことも出来ず、歯がゆい思いをしていた。

 結局のところ、全て一部の貴族による悪辣な行いのせいで帝国貴族軍全体の評価を下げてしまってたというわけだ。


 そうして積もりに積もった憎悪はあの男が起こした八年前の事件により、オルドルの住人と次期皇帝が犠牲となったことで爆発した。

 その後の貴族と平民の対立と、両者それぞれ一方に属する帝国貴族軍と反貴族派組織軍の当時の思いについてはおっさんが既に語っているとおり。


 つまり――。


 帝国貴族軍が、オルドル騎士学校の犠牲者を行方不明という扱いにした真の理由はだ。これだけ込み合った事情の中で、むやみに真実を犠牲者の親族に話してしまえば、たちどころに貴族と平民の関係がさらに悪くなるのが目に見えていたからということ。

 そうなればすぐさま内戦となりかねない。それを回避したい帝国貴族軍の中でも真っ当だった連中は、事件の原因を見つけるまでの時間稼ぎとして、行方不明というていのいい言葉でなんとか誤魔化そうとした。まさに苦肉の策。だがそれも上手くいかず、内戦という最悪の形に変貌した。

 それっきり犠牲者は行方不明という扱いのまま内戦は進み、国の支配者が変わる頃にはすっかり風化して、誰も騎士学校で死んでいった者を探すものはいなくなったってオチだ。

 まぁ、ぐだぐだと貴族のこと含め俺なりにまとめてみたが――。


 なんにせよ、行方不明者であるフィリオが八年前の事件で死亡した可能性が高いって事実は揺るがない。


 おっさんから話を受けて、これだけは間違いないと俺は悟った。

 だが、ほぼ限りなくという往生際の悪い希望を抱いているのも確かだ。

 自分でもそんなもの唾棄すべきだとは思う。思うんだが――。



「これはこの前、仲間と情報を交換したときに聞いた噂だけどよ。傭兵斡旋組合ギルドに所属する組織の中には、魔物狩りを専門とした旅団がいくつかあるんだが。そのどれかの旅団の中に、ここ最近で名を上げている薄い青髪と端正な顔立ちをした凄腕の若い剣士がいるらしいって話だ。で、その剣士、どうやら昔の記憶が抜け落ちているらしくってな? 自分の本当の名前も分からなければ、出身も、親の名すら全く憶えてない状態らしい。憶えていた事といえば、手になじんだ剣技の数々ぐらいって話だ。まぁ、だから何だって話だが……仮にだ。仮にもしもその剣士が青年の友人で、八年前の事件を生き延びたが記憶を失ったと考えるとだ。ひょっとしたらひょっとするかもしれないと思えないか? 身体的特徴も一致してるしな。まぁ、でも仮の話だ。話しておいてなんだが、あまり期待はしない方がいいかもな」



 長々とこんなことを聞かされれば、僅かな可能性ってやつを捨てるに捨てれなくなっちまう。

 だから俺は依頼として、おっさんに青髪の剣士について調べてもらうよう頼んだ。

 おっさんの方も「かー、青年もなかなか骨が折れそうな依頼を出してくるねぇ」なんて難色を示したが、次には「まぁ、その代わり報酬金の方はたっぷりと頂くけどな」と言っては快く引き受けてくれた。


 いやいや待て、噂だが青髪の剣士が傭兵斡旋組合ギルドにいるという情報は手に入ったんだからあとは自分でどうにでもなるだろう。


 と、どこかの誰かが俺の事情を知れば思われるかもしれないが、そうは簡単にいかない理由がある。

 傭兵斡旋組合ギルドという組織が、デクステラ大陸を支配する三国のいずれにも属さず中立的な立場で各地に点在しているってのは俺自身が語った言葉だが。

 各国家を相手にしているだけあって組織の規模も巨大だ。巨大がゆえに、情報統制も徹底されている。

 まず、各地に点在する〝ギルド会館〟に足を運び、在籍する傭兵について聞いたところで名前すら教えては貰えない。理由は傭兵の身を保全するためとされちゃいるが――本当のところは、国に戦力の規模を悟られないためだろう。の時ってことを考慮してるわけだ。

 あとは引き抜きの防止。傭兵斡旋組合ギルドに所属する奴らの中には、武術や魔法において、各国家の最高実力者と肩を並べるほどの強者がいるって話を昔に聞いたことがある。そんな奴らがいると聞けば、どこの国も自国の兵として迎え入れたいと考えるのは当然だ。国だけじゃない、ちょっとした商会から魔物の恐怖に晒される村ですら用心棒として居着いて欲しいだろう。

 実際、そういった事例があったらしい。

 それじゃあ傭兵斡旋組合ギルドの方はたまったもんじゃない。

 なんせ傭兵がいての傭兵斡旋組合ギルドだからな。

 そういうわけで傭兵斡旋組合ギルドは傭兵の情報は一切喋らないし、傭兵にも外で自身のこと及び仲間のことすら口に出すのを禁止とさせているって話だ。

 なんとなく〈時勢の使徒〉と似かよった所があるが、まぁ巨大な組織ほど情報は隠すもんだから特に珍しいわけでもない。ただ〈時勢の使徒〉の方が異常だとは思う。

 とにかくこういう理由で、青髪の剣士を個人の力で調べるのは難しいと判断した俺は、〈時勢の使徒〉の力を借りることにした。

 もちろん俺も、ただ情報がやって来るのを指をくわえて待つつもりはない。件の男を探しながら、もし傭兵と出会うようなら適宜探りを入れるつもりだ。

 最終的な手段として傭兵斡旋組合ギルドの傭兵となってもいい。

 と思ったが、それだと時間が掛かり過ぎる。傭兵になるには傭兵斡旋組合ギルドの本拠地がある〝エグリムの地〟で一年間の試験を受けなければなれないからだ。

 それならおっさんからの情報を待ちつつ件の男を探す方が効率がいいってもんだ。


 青髪の剣士そいつが生きている限りはいつでも探せるからな。


 フィリオについてはこれで以上だ。

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