第6話 盗聴と諜報
《ルビを入力…》 朝七時半。ペントハウスの部室で待機していると、
五分後、
『どうぞ』
『……おはようございます、部長』
『ごめんなさいね、こんな早くに呼び出して』
『いえ、大丈夫です。なにかあったのですか?』
『そうね。まだなにもないわ。でもすぐにありそう』
本多の表情が曇った(ような気がした)。真古賀は真剣な表情(見えないけど)で続けた。
『昨日ね、多田野さんが調理室を使ったそうなのだけど』
『乙女さんが……。大丈夫なのですか?』
『今回はとくには事件は起きていないわ』
『よかった』
多田野に一体どんな前科が……。食中毒とか食中毒とか、あとは食中毒か。あるいはガス爆発か。
『ただね、一緒にいた人たちの中に、ヘル部の人がいたらしいの』
『ヘル部……。大丈夫なのですか?』
『まだ、わからないわ。一年生の男子らしいのだけど』
オレのことだ。多田野の調理中に視線を感じたが、真古賀の手の者だったのか。いずれにしても、オレの存在が知られたのは、あまりいいニュースではないな。盗聴大成功というところか。
『どうするのですか?』
『そうね。とりあえずいくつか対策はしたわ』
『さすがはお姉様』
『命琴のためならそのぐらい当然よ』
『お姉様……』
ここで、しばらく声が途切れた。ガサガサと衣擦れの音だけが聞こえた。
うーん。これは全くフェアな戦いではないな。こいつら結託どころか、
『具体的にはどうなさるのですか?』
『あちらが外部を頼るのでしたら、こちらも同様にするだけです』
『と言いますと?』
『わたくしのお友達に〈サポセン〉の関係者がいます。放課後に相談してきます』
『お姉様、わたくしのためにそこまで……』
〈サポセン〉だと? それはちょっとまずいな。〈サポセン〉つまり「サポート専門部」は、各部活動のサポート活動を行うことを目的に発足した団体であるが、作業の方向性がちょっと過激というか乱暴というか雑なので、他の団体からは敬遠されている連中だ。評判が悪いので、構成員は秘匿されている。これは面倒なことになるな。
『命琴さんのためですもの。ひと肌もふた肌も脱ぐ覚悟はあるわ』
『お姉様ッ』
また衣擦れが始まった。朝からめんどくさいヤツらだな。と思ったところで、ガラッと部室のドアが開いて夏来部長が入ってきた。
「おはようビンタ。仕事?」
「おはようございます。仕事です」
ああそうなの。と部長は返事をして、いつもの席に着いた。夏来部長もレシーバーを取り出して、イヤホンを装着した。
「部長もお仕事ですか?」
「え? いや、あたしのは、趣味かな」
「そうっすか」
盗聴が趣味とは相変わらず高尚だな。と思ったが、まあ話半分に聞いておいた方がいいだろう。夏来部長は、だいたいいつも二、三の案件を抱えていて、そこで複数の案件をぶつけ合って解決するのが得意だ。あれだけの見事は絵図はオレにはまだ書けない。どれだけの場数を乗り越えたら、あの域に到達できるのだろうか。オブリビオンに頼り過ぎているオレには無理なのかもしれないが。
『命琴さん、材料のことだけど』
『はい、大丈夫です』
『レシピ通りだとだいぶ費用がかさんでしまうのよ』
『お気遣いありがとうございます。八百人分は確保いたしました。あと二百人分までは当日までに届きます』
『さすがは本多家ね。すごいものだわ』
再び和洋部での会話が始まった。バカな。千人分だと? どうやって作るつもりだ? しかしこれが本当なら数をこちらでコントロールするのは不可能だ。想定したプランが一つボツになった。チクショウ。こちらで同数以上用意できるだろうか? 入手ルートは? 資金は? それにこの二人の様子だと、例のプリンのレシピは秘密でもなんでもない可能性が高い。圧倒的に不利じゃないか。
「ううーむ」
思わず声が出てしまった。
「ん? ビンタ、ピンチ?」
「いえ、全然まだ大丈夫っす」
「ホウレンソウは早めにね」
「押忍」
こんな段階で部長の支援を要請するわけにはいかない。とにかく、多田野と会って対策を練らなければ。多田野の
和洋部の二人は、しばらく沈黙したあと、それぞれの教室へ向かった。もう少し情報を得たかったが、仕方がない。
しかし、ここで一つ問題が発生していることに気づいた。サポセンの介入があるということは、
本多の2年
真古賀の方は3年
とにかく二時間目の終了までにさらなる情報を収拾し、絵図を描いて回収の準備をしておかねばならない。あまり時間がないな。昼休みも潰れてしまいそうだから、多田野との面談は放課後にするしかない。
まずは本多が見学でないかを確認することだ。先ほどからのモニタリングでは真古賀と別れてから真っすぐ教室に向かった。クラスメイトと談笑をはじめていて、トイレに向かう様子がない。この行動パターンからすると見学の可能性は低い。このあと各授業の間の行動を監視すれば、最終的にどう動くか予想が立つだろう。仮に見学であった場合、女子トイレ前の廊下のリノリウムをはがして、
真古賀の選択授業を調べるために、職員室のサーバーに潜り込むのが手っ取り早い。昨夜入り込んだときにバックドアを仕掛けてあるので、侵入は容易だ。ただし、
ファイルから真古賀の名前を探す時間はないので、三年生の選択授業名簿をまるごと
さっさと後始末をして、撤収しようとしたところで、サーバー上に妙な気配を感じた。どうもオレの直前に同じように不正アクセスをしている人間がいるようだ。あからさまな痕跡自体はないのだが、あちこちの処理でこれからオレが変えようとしている値にすでになっていだのだ。3回連続で無処理で抜けられたときに、初めて違和感を感じた。7ヶ所で同じようになっていたとき、確信に至った。だが、正体を探っている時間はない。オレはそのまま急いでサーバーから抜け出した。4分30秒で全ての処理を終えることができた。
リストに真古賀レイの名前はすぐに見つかった。真古賀は茶道教室の受講生だった。オレは運がいい。
しかし、総数として32名が示されているのに対して、31名しか名前がなかった。おそらくは転校した生徒がいて名前は削除したが、総数は修正しなかったとか、そういうことだろう。
多田野には放課後のアポイントメントをメールしておいた。できれば昼休みにでもミーティングをしたかったのだが、
二時間目まで盗聴を続けたが、新たな情報は得られなかった。多田野の
『ビンタからエルボー、応答できますか』
『エルボー,応答可。なんだ』
『三ノ宮さん、1Cの教室見えますか?』
『見える。多田野ってのはなかなか可愛いな』
『え? 見えてるんですか?』
『見えてるぞ。視力は良いんだ』
『朝からいましたか?』
少し間があって、返事があった』
『朝会時はわからんが、一時間目のときは見たぞ』
『そうですか。ありがとうございます。通信終わり』
『ロージャー』
オレはメッセージコールを終了し、端末をポケットに仕舞った。
どういうことだ?
昨夜、三つのはずの
つづく
忘却のオブリビオン 波野發作 @hassac
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